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将棋王座戦、永瀬4連覇か豊島無冠返上か 31日開幕

永瀬拓矢王座(29)に豊島将之九段(32)が挑む第70期将棋王座戦(日本経済新聞社主催、東海東京証券特別協賛)五番勝負が31日に開幕する。王座が4連覇を果たし、5連覇で資格を得られる名誉王座に王手をかけるのか。新型コロナウイルス感染から復帰を遂げた挑戦者が約1年ぶりに無冠を返上するのか。藤井聡太五冠(20)を中心とする棋界の勢力図が塗り替わるかもしれない注目のシリーズだ。

永瀬拓矢王座 不調からはい上がる

――豊島九段の印象は。

「最近少しモデルチェンジされた印象です。粘りに重点を置いてというか、難しい局面で簡単に押し切られないようにしている気がします。もともと攻め将棋だと思いますが、今は粘り強さが持ち味でどんな展開でも引き離されずついていって、よくなったら(挑戦者決定戦の)大橋貴洸六段戦のように切れ味鋭く勝ちに持って行く印象があります」

――豊島九段とのタイトル戦は、2持将棋1千日手で異例の「十番勝負」となった2年前の叡王戦以来です。

「今回はそういうことはないと思います。あの時は両者実戦不足。(コロナ禍で)公式戦が止まっていた中でいきなりのタイトル戦だった。詰めの段階が甘かった。それで持将棋になったんだと、今は客観的に思っています」

――現在の自身の状態は。

「去年もでしたが、今年も7月は最悪。防衛戦の時に最悪にならなくてよかったとは言えますが。藤井さん(聡太五冠)と(棋聖戦を戦っていたことで練習将棋を)指せなくなり勉強の質が下がってしまったのが要因の一つです」

――今年30歳を迎える自身の体力をどう見ていますか。

「変わっていないと思っています。"将棋体力"は、普通の体力とは別の特殊なもの。毎日5時間しか将棋をしていないのに、10時間の公式戦を戦うのはきついと思う。公式戦が10時間なら普段から10時間やっていないと。(漫画やアニメなど)趣味の時間を削って健康(管理)に回す手はあるが、今はまだ心が健康なら体はついてくる」

――負けた方が無冠となる番勝負です。危機感は。

「危機感はあるが、盤上に集中しないと仕方ない。前期の(順位戦)A級とか、危うい思いは経験している。(自分の棋士人生が)順風満帆だとは全然思えない。トップ層の中で波にのまれて、はい上がることを繰り返している。ただ、これまではい上がれなかったことは一度もない。防衛戦までに上り調子に、一番いい状態にして挑みたい」

豊島将之九段 良さを出して熱戦に

――本戦を振り返って。

「1回戦の近藤誠也七段戦、2回戦の丸山忠久九段戦、どちらもはっきり苦しい局面があったので印象に残っている。そこで勝ち上がっていけたのは幸運だった」

――無冠となってから考え方を変えたそうですね。

「一人で研究して、外からの刺激もコントロールしてベストパフォーマンスを出す、という意識でやっていたが、昨年の王位戦、叡王戦、竜王戦と藤井さん(聡太五冠)との対戦で、ベストを尽くしたつもりだったが結果につながらず差を感じた。外からの刺激をもっと取り入れる方向がいいのかなと。自分でこれがいい、悪いを判断しすぎないように。その辺の意識が変わりました。多くはないですが研究会もやっています」

「前に無冠だった時は色々試していく中で(2014年の)電王戦に出ることになってソフト(AI=人工知能)と戦って、ソフトをどう使っていくか散々悩んで、ようやくこれかというものが見つかって、という感じ。今も、もう一回色々なところに手を出して、これならいけるというものを探していかないといけない時期かと思っています」

――最近始めたことは。

「ジムに行くようになりました。(ABEMAトーナメントでチームを組んだ筋トレに詳しい)丸山先生と雑談する中で行ってみたくなって。色々教えてもらいました」

――永瀬王座の印象は。

「デビュー後しばらくは受け主体で粘り強さが持ち味でしたが、近年は序盤から主導権を握りに行って攻撃的に指して有利を拡大して勝つことが多いイメージ。もともとの受けの強さで粘る展開も苦にしない。序盤研究も幅広くて深い。居飛車の最先端の将棋にはなると思う。対抗できるように準備していきたい」

――五番勝負の抱負は。

「永瀬さんとの対戦は久しぶり。充実していて王座戦も連覇している強敵なので、熱戦にできたらうれしい。自分の良さを出して、精いっぱい戦って行けたら」

大橋六段が台風の目に

今春の叡王戦で挑戦者となった出口若武六段、昨年度勝率3位の服部慎一郎四段ら、若手が多く名を連ねた挑戦者決定トーナメント(本戦)は、今年も波乱の展開となった。挑戦者争い最右翼とみられた藤井聡太五冠が初戦で敗退。もう一人のタイトルホルダーである渡辺明二冠も2回戦で姿を消した。

そんな中で台風の目となったのが、藤井五冠を破った関西の気鋭、大橋貴洸六段。プロ入り同期の若きスターとの対戦成績はこれで4勝2敗。五冠王を相手に勝ち越している数少ない棋士だ。波に乗った大橋六段は自身初の挑戦者決定戦まで進出。そこで豊島九段に敗れてタイトル初挑戦は逃した。

大橋六段に準決勝で敗れた石井健太郎六段も、昨年に続くベスト4進出の見事な活躍。渡辺二冠を破る金星を2年連続であげた。

展望を聞く 序中盤の精度増した永瀬、深い研究の豊島

五番勝負の展望を、屋敷伸之九段(50)と糸谷哲郎八段(33)に聞いた。

――豊島が挑戦者に名乗りを上げました。

屋敷 印象に残ったのは木村九段との準決勝。受けの強い木村に粘りを許さず、圧倒した。豊島の充実ぶりを感じる内容だった。大橋六段との挑戦者決定戦も中盤での指し方が難しいとみていたが、うまくまとめてしっかり勝ち切った。トーナメントを通して攻めの強さが際立っていた。

糸谷 豊島の最近の将棋は、以前より深く研究が行き届いている感がある。最近の斎藤慎太郎八段とのA級順位戦で、未知の局面からさらに進んだ局面で先手の豊島がわずか3分で1七角を指したのが印象的だった。短時間で指せる手ではなく、研究の深さを感じずにはいられなかった。

――最近の永瀬の調子をどう見ますか。

屋敷 序中盤の精度が増して、どの対局でも準備万全に臨んでいる。藤井棋聖との棋聖戦五番勝負の第1局は千日手2局の後の指し直し局で、終盤、うまく残して勝ち切ったのが永瀬らしい勝ち方。充実している印象がある。

糸谷 今年度前半は非常に好調だったが、7月以降、やや調子を落としている感がある。棋風も、これまでの受け重視からバランス型へ少し変化している気がする。

――戦型予想は。

糸谷 相居飛車で、先手がどのような戦型を用いるかが注目点。角換わりか相掛かりが主軸になる。

屋敷 豊島先手なら角換わり中心。永瀬先手なら相掛かり中心か。どちらも後手番で堂々と受けて立つので、最新の定跡形が2人によって作られる可能性もある。リズムが合えば、一気に60~70手進む展開も考えられる。

――どんな将棋になりそうですか。

糸谷 永瀬は対人の将棋での研究が中心で、豊島はパソコン中心の研究という違いはあるが、ともに研究熱心な棋士として知られる。いわゆる「研究勝負」になるのは間違いない。どちらがよく研究しているか、研究している局面に持っていけるかが勝負のポイントになる。

屋敷 確かに2人とも準備力がすごい。どちらが自分の土俵に引っ張り込めるかで勝負が決まるだろう。中終盤の地力、粘りも共通するが、攻めでも受けでも切れ味のある強い手を指すのが豊島で、それに永瀬がどう柔軟に対応できるか、という勝負になると思う。ともに読みの深さにも定評があり、ねじり合いにも注目している。

――2年前の叡王戦七番勝負は持将棋2回、千日手1回の「十番勝負」になりました。

屋敷 永瀬は将棋の作りや残り時間などを考えて千日手にすることはありうるし、豊島も後手番のときは千日手にする選択もありそう。もちろん持将棋も含め展開次第だが、両者ともスタミナには自信を持っており、息の長い勝負にはなると思う。豊島は小柄で細身だが、深夜に及ぶ対局でもあまり疲れを見せず、"将棋体力"はありそうだ。

――勝敗予想を。

糸谷 豊島はトーナメントの勝ち上がりでずっと調子を上げてきた。現在の調子を比較すると、豊島の方がわずかに有利な気がする。フルセットで豊島の奪取と予想する。

屋敷 ともに充実しているので見どころの多い五番勝負になるのは間違いないが、王座防衛を重ねて経験値を高めている永瀬に一日の長がありそう。3勝1敗か3勝2敗で永瀬防衛とみている。

=文中敬称略

70期記念で対談・特集

将棋と囲碁の王座戦が70期を迎えたことを記念して、将棋の羽生善治九段と囲碁の井山裕太王座が8月1日、東京・大手町の日経カンファレンスルームで対談しました。「AI(人工知能)と囲碁将棋の深遠な世界」と題し、棋士たちがAIとどう向き合ってきたか、AIが与える現実社会への影響などについて、深い議論がかわされました。

日経電子版では70期を記念して、将棋・囲碁それぞれの王座戦の70年を振り返る写真特集、過去の名勝負をAI解析で振り返る記事などを掲載しています。31日の五番勝負第1局の模様は、渡辺明二冠(名人・棋王)と伊藤沙恵女流名人の大盤解説つきで、午後5時からNIKKEI LIVEで生配信します。このLIVEは動画配信サービス「Paravi(パラビ)」(https://www.paravi.jp/title/99183)との同時配信です。第2局以降の大盤解説はParaviでご視聴いただけます。

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王座戦70年

囲碁と将棋のタイトル戦「王座戦」(日本経済新聞社主催)が2022年で創設から70年を迎えました。対局結果などの最新ニュースと特集・解説をまとめました。

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