/

戦没画学生人名録の決定版 無言館25周年で刊行

第2次世界大戦で亡くなった画学生の作品を展示する美術館、無言館(長野県上田市)は開館25周年を記念し、「戦没画学生人名録」の決定版を皓星社(東京・千代田)から刊行した。2000年刊行の第1版、09年刊行の第2版に続くもので、収録した画学生の数は第2版より21人増え、510人となった。無言館に寄せられた情報や無言館と皓星社の調査・研究によってさらに画学生の経歴や人柄を示すエピソードを追加するなど大幅に増補改訂した。無言館寄託作品を中心に図版のカラー化も進めた。

例えば、油彩画「風景」が無言館に寄託されている曽宮俊一。東京美術学校(現・東京芸術大学)建築科を1943年に繰り上げ卒業して入営、45年に中国湖北省の老河口飛行場付近の渡河作戦に参加中に爆撃を受け、24歳で戦死したという略歴が決定版では加わった。さらに画家の父、曽宮一念らに宛てた軍事郵便、一念は晩年になるまで息子のことを話さず、90歳をこえた頃に一度だけ悔しいと漏らしたというエピソードなどが収められている。

28年に東京美術学校彫刻科を卒業し、フランス留学を経て、44年にフィリピン・レイテ島で戦死した平松豊彦。父は弁護士の平松福三郎、次女は(舞台「上海バンスキング」などで知られる)女優の吉田日出子である、といった略歴が加わった。40年に東京美術学校油画科を卒業、45年に海軍に勤務した本居宣文の父は「七つの子」「赤い靴」などの作曲家、本居長世だ。宣文は46年、前年に没した父の後を追うように亡くなったことがわかる。東京芸術大学が所蔵する「自画像」の図版も掲載されている。

「決定版といっても、これからも明らかになる戦没画学生の情報は増えていく。ただ、データベース化に取り組む一方で、記念の年に紙の本としても残したいと考えた。そこで協力をお願いしたのが『ハンセン病文学全集』で知られる皓星社。おかげで充実した内容の一冊になった」と無言館館主の窪島誠一郎氏。皓星社社長の晴山生菜氏は「画学生一人ひとりの人生に思いをはせてもらえれば」と話す。

(中野稔)

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

セレクション

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン