森林火災のPM2.5で新型コロナの死者が大幅増、米研究
ナショナル ジオグラフィック

米カリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州で昨年起こった森林火災の煙が、これら3州において新型コロナの感染者と死者を大幅に増やしていたとの研究結果が発表された。
「森林火災はパンデミックを大いに悪化させました」。8月13日付けで学術誌「Science Advances」に発表された論文の著者で、米ハーバード大学の生物統計学者フランチェスカ・ドミニチ氏はそう述べている。論文によると、火災の煙がなければ、新型コロナの感染者は1万9742人、死者は748人少なかったと見積もられた。
森林火災の煙には数千種類もの物質が含まれているが、中でも一般的なのが、PM2.5と呼ばれる、直径2.5マイクロメートル以下の微小粒子状物質だ。健康に悪影響を及ぼすPM2.5は、米環境保護庁(EPA)の監視対象となっているため、人口への影響を調べるのに十分なデータが揃っている。
米国では近年、交通や産業から排出されるPM2.5が減り、森林火災の煙が主な排出源となりつつある。学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に1月12日付けで発表された研究によると、森林火災の最中、その煙は米国西部における粒子状物質汚染の半分近くを占め、また風で国内に広がれば、全国レベルでもその4分の1を占めることもあるという。
森林火災が人間の健康にとってどの程度の脅威となるのかについては、まだ完全にわかってはいない。それでも初期の研究は、煙はこれまで考えられていた以上に毒性が高い可能性を示唆している。
感染力の強いデルタ株によってパンデミックが再燃しつつある中、カリフォルニア、太平洋岸北西部、カナダで発生している今年の森林火災による煙が、新型コロナの感染率にどのような影響を与えるのかは未知数だ。2020年の森林火災は記録破りの規模となったが、今年の「ディキシーファイア」(カリフォルニア州で燃え続けている同州史上二番目に大きな火災)は、これまでに東京都の面積に匹敵する2000平方キロメートル以上を焼いている。歴史的な森林火災はまた、トルコやギリシャでも猛威を振るっている。
「PM2.5を吸い込むと、ウイルスと闘う力が損なわれます」とドミニチ氏は言う。「今ほんとうに恐ろしいのは、デルタ株がさらに広まりやすくなることです。ワクチンを接種していない人たちは、新型コロナに極めて感染しやすい状態になります」
PM2.5の危険性
PM2.5は体内に入ると、2つの面で問題を引き起こす。
1つ目は「PM2.5が上気道系の働きを阻害することです」。カナダ、ブリティッシュ・コロンビア州疾病対策センター環境衛生局の科学ディレクター、サラ・ヘンダーソン氏はそう語る。
体内には、まるでイモムシの脚のような小さな毛が生えている特定の細胞があり、これが粘液を介して侵入者を常に体外へ押し出す働きをしている。「だから人は鼻をかむ必要があるのです」とヘンダーソン氏は言う。
PM2.5は、そうした細胞を破壊したり、さえぎったりして、その排出プロセスを妨げ、コロナウイルスを体内に入りやすくしてしまう可能性がある。
2つ目の問題は、免疫系を混乱させることだ。
大きな粒子状物質とは異なり、微小なPM2.5は人間の肺の奥深くに入り込み、免疫の攻撃を促す。免疫系がこちらにかかりきりになると、新型コロナウイルスに対しておろそかになり、感染を起こしやすい状態が作られる。
個人にできる最善の防御策としては、ワクチンの接種、ウイルスとPM2.5の両方に対応したマスクの着用、家にエアフィルターを取り付け、煙の汚染がひどい場合には避難することなどが挙げられる。
煙を追って
今回の研究のために、ドミニチ氏らは、昨年の森林火災の大半が発生したカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州の92郡からデータを収集した。新型コロナの潜伏期間は数週間前後の場合もあるため、研究者らは、森林火災の煙が発生してから28日後までの陽性例を調べた。その結果、半分以上の郡(52郡)において、新型コロナ感染症の発生率が上昇していた。
調査対象となったすべての郡において、森林火災によって発生したPM2.5は、新型コロナ感染者数の11%の増加、死者数の8%の増加に関連していた。ただし、その程度は郡によって大きく異なる。たとえば、カリフォルニア州ビュート郡やワシントン州ウィットマン郡では、感染者数はそれぞれ17%、18%増えていた。
どんな種類の粒子状物質が森林火災の煙に由来し、またどんなものが車などのほかの発生源によるものなのかを見極めるために、ドミニチ氏は、ハーバード大学で汚染と気候変動を研究するロレッタ・ミックレー氏に協力をあおいだ。
ミックレー氏のチームは、衛星データを使って、森林火災の煙がどこから発生し、どこへ向かったのかを調査した。EPAの大気質モニターからは、そうした煙が地上の汚染をどのように増加させているかを確かめることができた。
衛星はどこを見るべきかを、大気質のセンサーはそこに何があるかを教えてくれたと、ミックレー氏は言う。
一般に公開されている健康データを用い、また森林火災がなかった場合のPM2.5レベルも推定して、研究者らは、新型コロナの患者数が増える割合を導き出すモデルの作成に成功した。ほかには、気温、火災発生前の地域の新型コロナ流行状況、郡の人口、Facebookのデータから得られた人口の流動性など、罹患率に影響を与えうる要因も計算に加えられた。
論文中の数値は過小評価の可能性
ドミニチ氏は、特定の新型コロナ感染例が、森林火災の煙にさらされたことによるものであるかどうかを断定することはできないと述べている。また、同研究が考慮に入れていない要素としては、個人のマスク着用の意志、陽性者を含む家族での集まりの有無、社会経済的な状況、陽性者の基礎疾患、過去のPM2.5発生源によって地域がすでに健康リスクを抱え、感染のリスクが高まっていたかどうかなどが挙げられる。
こうした要素が原因となった感染例があるとしても、全体としては、汚染された空気が一気に増えたことと、その後の新型コロナ感染率との間に強い関連性があることは否定できないと、ドミニチ氏は言う。
両者の関連性は、ほかの研究でも裏付けられている。米砂漠研究所のデータサイエンティスト、ダニエル・カイザー氏らの研究によると、ネバダ州リノでは、2020年に森林火災の煙にさらされたせいで、新型コロナの陽性例が18%増加したという。「森林火災の煙が発生している間の空気汚染は天文学的なレベルです」とカイザー氏は言う。論文は7月13日付けで学術誌「Journal of Exposure Science & Environmental Epidemiology」に発表されている。
ドミニチ氏は、自身の論文中の数値は過小評価の可能性があると述べている。なぜなら、研究チームは森林火災が実際に起こった郡のみを調査対象としたが、煙は何百キロも移動することがあるからだ。
文=SARAH GIBBENS/訳=北村京子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2021年8月18日公開)
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