沖縄黒糖の新時代 チョコレートやフランス料理に変身 - 日本経済新聞
/

沖縄黒糖の新時代 チョコレートやフランス料理に変身

NIKKEI The STYLE

沖縄で黒糖作りが始まって、今年は400年の節目となる。琉球王国が明へ使節を送り、1623年に福州(現在の福建省)からサトウキビによる黒糖作りが伝わったといわれる。現在、沖縄県の黒糖生産量は全国1位。サトウキビ栽培は県内の農家の7割が手がける基幹産業だ。袋入りの黒糖をおやつにかじるといった昔ながらの味わい方が減りつつある今、新しい使い方が提唱され、広がりを見せている。

「沖縄の黒糖を伝えるためのチョコレートを作っています」。そう話すのは、沖縄本島中部にある北谷町(ちゃたんちょう)でチョコレート専門店「タイムレスチョコレート」を営む林正幸さんだ。店には「インドネシア72%伊平屋(いへや)島純黒糖」や「コロンビア82%多良間島純黒糖」など、単一産地のカカオと黒糖を合わせたビーントゥバーやガトーショコラ、ホットチョコレートなどもある。店で使う砂糖は、沖縄県内のサトウキビから作られた黒糖や島ざらめと呼ばれる粗糖のみ。地元客のみならず全国からファンが訪れる人気店だ。

林さんは横浜市で生まれ、留学先の米国西海岸でコーヒーに目覚め、メルボルンでバリスタの経験をつんだ。コーヒーの風味を引き立てる砂糖の重要性に着目していたところ、旅で訪れた沖縄で黒糖を味わい「島やエリアごとに味が違い、コーヒーやワインのよう。こんな砂糖が日本にあったのか」と衝撃を受けた。

沖縄本島や離島の製糖所や生産者をたずね歩くうちに、カカオとの相性がひらめいた。機材をそろえてカカオ豆からのチョコレート作りを始め、2014年に店を開いた。バリスタとして培ったテイスティング技術を生かし、黒糖とカカオの個性と相性を見極める。近隣で菓子作りを仕事にする女性は「黒糖とチョコを合わせるのは難しいと思っていたけどおいしい」と、たびたび店を利用するそうだ。

林さんは地元の生産者や職人と交流を深め、サトウキビ栽培や伝統的な黒糖作りを学んでいる。その活動に影響され、異業種仲間がサトウキビに興味を持ち、畑の草むしりや収穫に参加するようになった。昨年12月半ばのサトウキビ収穫日の朝は、林さんと店のスタッフの宮﨑雄志さん、那覇市でバーを営むバーテンダーの中村智明さんが、沖縄本島北部、宜野座村にある畑に集まった。

「今日は茎を40キロ集めて5キロの黒糖にします」。そう声をかけるのは、林さんと宮﨑さんが「クラフトマンであり沖縄の宝」と尊敬する「師匠」。宜野座村在住の黒糖職人、渡久地克(とぐちすぐる)さんだ。

3メートルほどの高さに育ったサトウキビを鎌で手刈りして葉を切り落とし、集めた茎を車で10分ほどの黒糖小屋へ運ぶ。機械で圧をかけて絞ったジュースを鉄釜へ移し、薪の強い火力で煮詰めること約1時間半。すばやく台に広げ、柔らかいうちに小さな塊にざくざく切って出来上がる。完成した黒糖を前に、中村さんは「ぐつぐつと泡立つ釜の中の黒糖と薪の炎を間近でみて、情景を伝えるカクテルが思い浮かびました」と声を弾ませた。

「黒糖は、料理に使わないともったいないですよ」と話すのは、中頭郡北中城(きたなかぐすく)村の自宅兼アトリエを拠点に活動する、フランス料理人の由井恵一さん。「みりんなどと同じように調味料として黒糖を使うと料理にコクが出ておいしくなる」と強調する。

フランスで2年、帰国後は東京都内のジョエル・ロブションのレストランで約10年間経験を積んだ。都内のビストロのオーナーシェフを経て、19年に沖縄に移住。出張料理人としてケータリングをしたり、宮古島のホテルで料理を作ったりする。

アトリエを訪ね、ケータリングやイベントで好評だという料理を作ってもらった。「焦がし黒糖カレー」は、市販のルーで作ったカレーに「ガストリック」を隠し味に加えるシンプルな料理だ。「ガストリックは砂糖を焦がして酢を加える、フレンチの重要なソースです」と由井さん。フライパンに黒糖と少量の水を入れ、溶かしながら焦がし、さらに酢を注いで再度焦がす。「黒糖で作ると複雑な風味が加わって、老舗ホテルのカレーみたいになりますよね?」。確かに味に深い奥行きがある。

「イラブチャーのパイ包み焼き」は、事前に魚に塩と黒糖をふっておき、白身魚のうまみを引き出すのがポイントだそうだ。「手作りドレッシングに黒糖を加えると、風味が補われておいしくなるんです」「黒糖にはワインに共通するような、島、浜風、太陽のテロワールを感じる個性が現れます」。由井さんの声は明るく、琉球藍染めのブルーのジャケットに、みずみずしい野菜やフルーツの色が映えていた。

「時代にあう使い方を提案してくれる方は、産業を守る意味でもありがたい。黒糖はミネラルが豊富で長期保存できるので、防災食としても期待されています」と話すのは、沖縄県産黒糖の4分の1以上を製造するJAおきなわの栢野(かやの)英理子さん。沖縄では1〜4月ごろに「新糖」が出回り、初物の黒糖として爽やかな風味が親しまれているという。素材の原点に立ち戻ることからも、新しい時代にマッチする黒糖の価値は見つかっていく。

ライター 市川歩美

吉川秀樹撮影

[NIKKEI The STYLE 2023年1月22日付]

■NIKKEI The STYLEは日曜朝刊の特集面です。紙面ならではの美しいレイアウトもご覧ください。
■取材の裏話や未公開写真をご紹介するニューズレター「NIKKEI The STYLE 豊かな週末を探して」も配信しています。登録は次のURLからhttps://regist.nikkei.com/ds/setup/briefing.do?me=S004

春割ですべての記事が読み放題
有料会員が2カ月無料

日経独自の視点で、ファッション、グルメ、アート、カルチャー、旅など上質感のあるテーマをカバー。写真を大胆に使った美しいビジュアルで、読者の知的好奇心を刺激します。

関連企業・業界

業界:

セレクション

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン

権限不足のため、フォローできません