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続々登場? 新型コロナの飲み薬、今わかっていること

ナショナル ジオグラフィック

11月4日、英医薬品・医療製品規制庁(MHRA)は米製薬大手メルクなどが開発した新型コロナウイルスの飲み薬「モルヌピラビル」を承認した。

11月5日、米製薬大手ファイザー社が同じくコロナ飲み薬候補である「パクスロビド」の第2/3相治験の中間解析結果を発表し、発症から5日以内の投与で、重症化リスクのある人の入院または死亡のリスクを89%減らしたと報告した。この結果を受けてファイザーは追加の治験を中止し、米食品医薬品局(FDA)にパクスロビドの緊急承認を申請する予定だ。

抗ウイルス薬の研究開発には困難がつきまとうものだが、相次ぐニュースや米政府による多額の投資など、その見通しは明るくなりつつある。そこで、新型コロナの抗ウイルス薬について、今わかっていることを紹介しよう。

抗ウイルス薬を取り巻く現状

感染も防げるワクチンと異なり、抗ウイルス薬は感染後に病気の進行を遅らせ、最終的には止める役割を担う第2の防御策だ。エイズウイルス(HIV)やC型肝炎、ヘルペスのような、有効なワクチンがないウイルス性疾患に対してはとりわけ重要だ。

しかし、抗ウイルス薬の開発には多額の費用がかかる。急性呼吸器疾患の場合は、薬を使う期間が短く、開発費を回収できる見込みが薄いせいで特に難しい。そこで新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の場合、研究者たちは既存の薬や、他の病気の治療薬候補として臨床試験(治験)が実施されていた物質を転用した。

「よくあることです」と話すのは、米メリーランド大学ボルチモアカウンティー校の創薬化学者キャサリン・シーリー・ラドケ氏だ。「新しいウイルスが出現したり、古いウイルスが再出現したりするたびに、薬棚にあるものを取り出して、何が効くかを調べるのです」

今のところ、FDAが新型コロナ治療薬として承認している抗ウイルス薬は、米バイオ製薬ギリアド・サイエンシズがC型肝炎やエボラ熱のために開発した「レムデシビル」だけだ。点滴で投与する必要があるが、新型コロナの治療効果についてはまだ意見が一致していない。

専門家はモルヌピラビルのような経口薬について、ワクチンと並び、新型コロナのパンデミック(世界的大流行)に対抗する最も有望な手段になると考えている。手頃な価格でさえあれば、個人の選択や物理的・経済的制約のためにワクチンを接種していない人にとって、特に重要なものとなるかもしれない。

「人々は飲み薬には抵抗がありません」とシーリー・ラドケ氏は言う。「飲み薬は蓄えておけますし、特別な保管条件も必要ありません。また、世界中に輸送することもできます」

バイデン米大統領は2021年6月、新型コロナ向けの抗ウイルス薬の開発に10億ドル(約1130億円)以上を投資すると発表した。また、同計画の一環として、新型コロナウイルスだけでなく新たなパンデミックを引き起こしうる他の新興ウイルスにも対応できる物質を発見すべく、さらに12億ドルの資金提供を約束した。

抗ウイルス薬の開発について、「ようやく政府や助成機関が真剣に取り組んでくれるようになりました」とシーリー・ラドケ氏は語る。「私たちは、次のパンデミックが起こるのをじっと待っているわけにはいきません。積極的に行動しなければなりません。備えておかなければならないのです」

抗ウイルス薬の種類が多いほどいい理由

ウイルスは細菌と異なり、自力では繁殖できない。そのため、宿主細胞の仕組みを乗っ取って自分のコピーを大量に作る必要がある。こうして増えた「子孫」が体内に広がり、最終的には別の宿主に感染する。

抗ウイルス薬の多くは、ウイルスが宿主細胞に付着したり侵入したりするのを防ぐか、あるいは宿主細胞に侵入したウイルスの複製を妨害することで効果を発揮する。

例えばレムデシビルは、新型コロナウイルスのゲノムに取り込まれて、ポリメラーゼという酵素の邪魔をする。 ポリメラーゼはゲノムをコピーする酵素で、これが働かなければウイルスは複製できない。米バイオ製薬リッジバック・バイオセラピューティクスとメルクが共同開発したモルヌピラビルも、やはり似たような仕組みでポリメラーゼのエラーを誘発する。

「エラーが多すぎて、ウイルスが複製できない状態にするのです」と米ノースカロライナ大学チャペルヒル校の救命救急ウイルス学者ウィリアム・フィッシャー氏は説明する。

ファイザーの「パクスロビド」は、約20年前にSARSの治療薬として開発された「PF-07321332」と、その効果を高める抗HIV薬「リトナビル」を組み合わせた抗ウイルス薬だ。やはりウイルスの複製を標的にしているが、仕組みは少し違う。

PF-07321332が阻害する酵素は、ポリメラーゼではなく3CLプロテアーゼだ。3CLプロテアーゼはたんぱく質を必要なサイズに切り分ける酵素で、新型コロナやHIVなどのウイルスの複製に欠かせない。

ところで、多くの専門家は、乗っ取られた細胞の働きを標的にすることで高い効果が得られると考えている。しかし、このような仕組みの抗ウイルス薬は、健康な細胞を傷つけ、さまざまな副作用を引き起こしかねないという懸念がある。

また、ウイルスのたんぱく質(酵素もその一種)をターゲットにするだけでは恒久的な解決にならない。「特定のウイルスたんぱく質を標的とした抗ウイルス薬を開発しようとすると、ウイルスにはすぐに進化の圧力がかかり、変異が起きて耐性ができてしまいます」と米カリフォルニア大学サンフランシスコ校の薬理学者ティア・タミノ氏は話す。

戦略としてより効果的なのは、これらの抗ウイルス薬を2〜4種類組み合わせて使用し、異なるウイルスたんぱく質や、複製における異なる段階を同時に標的にすることだ。HIVやC型肝炎感染症の治療では標準的な手法である。「そうすることで、ウイルスが逃れにくくなります」とタミノ氏は言う。

抗ウイルス薬開発の複雑な道のり

安全で効果的な抗ウイルス薬の開発は容易ではない。1963年に最初の抗ウイルス薬であるイドクスウリジンが目のヘルペスの治療薬として承認されて以来、FDAに承認された抗ウイルス薬は100種類余り。そのうち3分の1以上は抗HIV薬だ。

これまでの抗ウイルス薬開発では、特定のウイルスグループに共通するたんぱく質を標的とした「1グループ1薬」のアプローチが中心だった。このような抗ウイルス薬は非常に効果的だが、ウイルスは独自のたんぱく質をほとんど作らず、製薬会社が標的にできるたんぱく質の種類は限られている。

また、抗ウイルス薬がヒトの細胞にダメージを与える危険性もある。ウイルスのたんぱく質のうちヒトが産生していない種類のものは、抗ウイルス薬の理想的な標的となる。しかし、標的となるたんぱく質がヒトも産生しているものだったり、ヒトの細胞と同じ働きをしていたりすると、ヒトが巻き添えを食らって副作用が出る可能性がある。

もう一つの課題は、ヒトに重篤な疾患をもたらすウイルスが多様化しているため、抗ウイルス薬のほうも多様な病原体に効くものが必要とされているということだ。レムデシビルが標的とするポリメラーゼの遺伝子の構造は、コロナウイルスの種類によらず類似している。しかし、このように対象範囲が広い抗ウイルス薬は、複雑な設計が必要だったり、予期しない副作用が発生する可能性があったりするため、わずかしか存在しない。

ひとたび製薬会社が標的を決めれば、薬の候補となる物質は長い試験段階を経なければならない。まず、シャーレ上で感染した細胞に物質が作用することを確認し、次に動物実験で安全性と有効性を評価し、最後にヒトでの治験を実施する。

新しいウイルスの場合、試験に適した細胞や動物モデルを見つけることが難しい場合がある。例えば、C型肝炎の研究が始まったばかりの頃、実験動物としてウイルスに感染させることができたのはチンパンジーだけだったが、これには倫理的な問題があった。数年後、遺伝子組み換えマウスが開発され、C型肝炎ウイルスを感染させられるようになった。

したがって、プロセス全体では多額の資金が必要となる。C型肝炎やHIVは慢性疾患であり、世界中に何百万人もの感染者がいるため、営利組織である製薬会社は関心を寄せ続けている。「しかし、急性呼吸器疾患に使用できる薬は、片手で数えられるほどしかありません」。米ノースカロライナ大学チャペルヒル校のウイルス学者、ティモシー・シーハン氏はそう言う。「治療介入できる時間が本当に短い」ため、多くの人が感染しない限り、利益になりにくいのだ。

2002年から2004年にかけて世界で約8000人が重症急性呼吸器症候群(SARS)にかかり、774人が死亡するまで、コロナウイルスが人に深刻な病気を引き起こすことは知られていなかった。その数年後には中東呼吸器症候群(MERS)のコロナウイルスに2000人以上が感染し、900人近くが死亡した。

SARSやMERSの発生を受け、ウイルス学者たちは抗コロナウイルス薬の研究を始めたが、そうこうしているうちに新型コロナのパンデミックがやってきた。

新型コロナウイルス薬の開発競争

通常、新しいウイルスの抗ウイルス薬の開発には、少なくとも10年かかると言われている。そこで、新型コロナに素早く対応するためには、転用できる既存の薬を探さなければならなかった。

「研究が進んでいない病気や、新しいウイルスによる感染症においては、転用はよくあることです」とタミノ氏は述べる。「新薬を発見してから人の手に渡るまでにかかる時間を短縮することができます」

研究者たちは、米カリフォルニア生物医学研究所(Calibr)の「ReFRAME」をはじめとする分子コレクションをスクリーニングし、新型コロナウイルスに有効なFDA承認薬や治験薬があるかどうかを調べた。

カリフォルニア州のサンフォード・バーナム・プレビス医学研究所に所属していた計算生物学者ローラ・リバ氏も、そうしたスクリーニングを共同研究者と実施したところ、動物やヒトの細胞で新型コロナウイルスの複製を阻止したレムデシビルなど10数種類の物質を特定し、2020年7月24日付けで学術誌「Nature」に発表した。

2020年6月9日付けで同誌に発表されたサルを使った研究でも、新型コロナウイルスに対してレムデシビルが抗ウイルス性をもつ可能性は示されていた。また、米国立衛生研究所(NIH)が実施した、入院中の新型コロナ患者を対象とした初期の治験の1つでは、回復時間の短縮に役立つとされた。そしてレムデシビルは2020年10月、他の治験では明確な効果が示されなかったにもかかわらず、FDAが初めて承認した新型コロナ治療薬となった。

しかし、抗ウイルス薬候補を特定するにも、その物質がウイルスの生物学的特性のどの側面を標的にするのかを知らないままでは困難だ。また、同じ仕組みで作用すると思われた物質の効果が、実際には薄いことが後から判明する場合もある。例えば、ヒドロキシクロロキンを含む33種類の転用薬はどれも、実験室レベルでは細胞に脂肪のような物質を蓄積し、新型コロナウイルスの複製を何らかの形で減少させた。だが300件以上の治験で検証したところ、それほどの効果はなかった。

「だから、私は薬の転用に批判的なのです」。スペインのイルシカイシャ・エイズ研究所の臨床ウイルス学者ミゲル・アンヘル・マルティネス氏は語る。「抗ウイルス薬の開発に近道はありません」

しかし、当初はインフルエンザ用として開発されたモルヌピラビルのような実験的な抗ウイルス薬が、新型コロナに対抗できる可能性があると考えている専門家もいる。

臨床試験の結果に期待

静脈注射で投与されるレムデシビルとは異なり、モルヌピラビルは錠剤として飲むことができる。軽度から中等度の患者が対象で、発症から5日以内に服用する。メルク社とリッジバック・バイオセラピューティクス社は10月1日のプレスリリースで、1日2回、5日間服用することで感染者の入院や死亡が半減するという第3相治験の結果を発表した。

この結果はまだ査読を受けていない暫定的なものだが、両社は共同で10月11日にFDAに緊急使用の許可を申請。英国では11月4日に使用が承認されたことはすでに述べた。

モルヌピラビルとパクスロビド以外にも、コロナの経口抗ウイルス薬候補はある。日本で抗インフルエンザ薬として開発された「ファビピラビル(商品名アビガン)」は、現在、感染初期の新型コロナに使用できるかどうかを評価するために治験が行われている。これまでの治験は小規模ではあるが、軽度から中等度の入院中の新型コロナ患者において、鼻やのどから新型コロナウイルスを除去する効果が示唆されている。今のところ、ロシアとインドなどで、新型コロナ治療薬として使用が認められている。

現在のところ、治験の初期段階にある抗ウイルス薬は他にも数種類あり、治験が行われる可能性のあるものがいくつかある。

「これまでにないほど急性呼吸器疾患に対する抗ウイルス薬をテストする機会が得られています」とシーハン氏は語る。「抗ウイルス薬が承認されるのは喜ぶべきことです。1つの病気に複数の抗ウイルス薬が承認されれば、さらに素晴らしいことです」

文=PRIYANKA RUNWAL/訳=桜木敬子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2021年11月9日公開)

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