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名古屋の伝統工芸×デザイン 欧州に溶け込むもの作り

NIKKEI The STYLE

日本の伝統産業は生活様式の変化などで縮小傾向が続き、新型コロナウイルス禍で消費の減少に拍車がかかった。国内だけの需要では行く末が案じられるなか、2022年秋、名古屋に根差す染め、七宝、仏壇制作など伝統産業5社による展示会が、同市主催の下、パリで行われた。海外の経験豊富なデザイナーとの協業で、工芸のブランド力を引き出そうという試みだ。

伝統産業が海外で展示会を開くのは珍しいことではない。だが「みな同じところでつまずく」。そう話すのは、ドイツを拠点とするファッションブランド、「suzusan(スズサン)」のクリエーティブディレクターで、今回、統括コーディネーターを務めた村瀬弘行さんだ。「技術の披露に終始しがちで、『日本の伝統はすごい』とほめられるがマーケットの開拓につながらない。助成金で海外に行けて楽しかった、で終わる例を多く見てきました」

手厳しく思える言葉は危機感の表れで、自身の体験とも深くかかわっている。村瀬さんは名古屋の伝統産業「有松鳴海絞(ありまつなるみしぼり)」の工房の5代目だ。03年に渡欧、08年にドイツの友人とスズサンを立ちあげた。絞りの技術を取り入れた現代的なデザインのニットやインテリア製品は高く評価され、売り上げの9割が海外だという。

だが、ブランド創設当初は苦労があった。商品を売り込むために欧州各地のセレクトショップを回るなかで、「絞りの技術は素晴らしい。でも何のためにあるの?」と聞かれた。手仕事は時間がかかる分、価格も高い。「値段が妥当と思えるようニーズに合うものを作らなければならない」。学びと実践の積み重ねがスズサンの成功につながった。

異文化とどう向き合うか。そのヒントを探るため、今回はまず、経験豊かなブランド作りの先駆者を招き、出展希望社に向けて5回講座を開いた。たとえばオンラインで参加したシャネル日本元副社長のハンスピーター・カペラーさんは、「黒が忌避される日本で、ブランドカラーの黒をどう受容してもらったか」を、ヨウジヤマモトの欧州社元最高経営責任者(CEO)の斎藤統(おさむ)さんは、「南北で体形が違うヨーロッパの人に向けたサイズ展開の重要性」などについて話した。貴重なエピソードが次々披露され、活発に意見が交わされた。

加えて村瀬さんが力を入れたのはデザインだ。欧州で活躍するデザイナー2人をプロジェクトに迎え入れた。伊ボッテガヴェネタなどでハンドバッグのデザインに携わってきた古川紗和子さんと、ヴァンクリーフ&アーぺルやグラフなどハイジュエリーブランドでの経験をもつ名和光道さんだ。「職人さんには本気で取り組んでほしい」との村瀬さんの思いから、通常は助成金で賄われる試作品の制作料や渡航・滞在費は出展社が負担し、2人のデザイナーと丸1年かけて作品を練り上げた。

木組みや漆の技術でバニティーケースを作り好評だったのは、名古屋仏壇を手がける「千代田屋」の櫛田信明さんだ。死者に心を寄せる仏壇と、自分と向き合う化粧の時間に「祈り」という共通の思いがあると古川さんが提案した。デザイナーと組んでワインセラーなどを作った経験はあるが、「バニティーケースなど妻も使っていない」と櫛田さんは最初戸惑った。だが対話を重ねる中で、「同じ技術で別なものを作るのではなく、コンテクストそのものを見直すことで、自分が思いもつかないものが作れた」と語る。

漆塗りの「マルスエ佛壇」と「安藤七宝店」にデザインを提供したのは名和さんだ。マルスエには色漆を使った燭台(しょくだい)などを提案し、もえぎ色や空色をヨーロッパの感覚で組み合わせた。「一歩間違えると下品になりそうな色や形がポップな作品になっているのを見て、デザインの力はすごいな」とマルスエ4代目の伊藤大輔さんは驚いた。古川さんも名和さんもブランドの哲学を製品にどう落とし込むかを考え抜いてきたプロ。その知見が、職人の個性と技術を生かすデザインに生きた。

村瀬さんが会場に選んだのは、故・高田賢三さんが1970年に「ジャングル・ジャップ」というブティックを作ったアーケード街だ。日本人として初めてモードの聖地パリに乗り込んだ記念すべき場所への験担ぎ、そしてリレーの気持ちもあるそうだ。

会場にはインテリアとライフスタイルの国際展示会「メゾン・エ・オブジェ」のオーガナイザーや、有名セレクトショップ「レクレルール」のマネジャーら名うてのプロも訪れ、買い付けが決まったものもある。ロンドンから訪れたという個人客は、古川さんがデザインを提供し名古屋黒紋付染の「山勝染工」が制作した約40万円のコートを購入した。「じっくり説明を聞いて、工芸品がなぜ高価なのか理解できた」という声も聞かれた。

このプロジェクトの名前は「Creation as DIALOGUE(対話しながら創造する)」という。3年計画だが、「事業者の自走を後押しできるような支援を考えていきたい」と名古屋市経済局労働企画室長の黒田徹生さんは話す。手仕事への関心は世界でも増しており、LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンが15年に立ちあげた職人支援「Metiers d'Art」が22年11月に日本部門を開設して話題となった。

「産地の下請けを脱し、技術の力をブランドに高める。販路ができるまで伴走したい」と村瀬さんの決意は固い。次回のパリでの展示会は9月。対話を重ねながら歩みは続いている。

吉田知弘、太田亜矢子

武田正彦撮影

【NIKKEI The STYLE 2023年2月5日掲載】

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