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長引くコロナの心臓後遺症、治療法は? 研究に進展

ナショナル ジオグラフィック

ダニエル・ハフさんが最初に胸の痛みに気づいたのは、ランニングマシンで走っているときだった。米イリノイ州で学校運営に携わる30代の彼女は、その2、3週間前に新型コロナウイルス感染症から回復したばかりだった。回復するまでは、喉の痛み、頭痛、鼻づまり、咳(せき)、嗅覚の消失、体の痛み、軽い結膜炎、胸にボウリングの玉がのしかかるような重さなど、新型コロナのあらゆる症状を経験した。

しかし、今回の胸の痛みはその時とは違った。鋭い痛みが突然襲ってきたのだ。毎日、ヨガやウォーキングをするなど、健康的な生活を心がけていたのに、恐ろしくなって全く運動ができなくなってしまったと話す。

「胸の痛みが何のせいなのかわからなかったので、怖かったのです」。主治医は最終的に、新型コロナからの回復後も心臓の症状が残る患者の治療を専門とする医師を紹介してくれた。

新型コロナは肺だけでなく、心臓や血管にも影響しているようだと、科学者たちはパンデミック(世界的大流行)の初期から考えていた。「非常に早い段階で、血液凝固が大きな役割を果たしていることに気づきました」と、米ニューヨーク大学ランゴーン医療センターの心血管疾患予防センターで所長を務めるジェフリー・バーガー氏は言う。

2020年3月の時点ですでに、血栓ができている患者が増え、心筋梗塞や脳卒中の増加につながっていた。また、解剖の結果、肝臓や腎臓など、通常はあまり血栓が発生しない場所に小さな血栓が見つかることが増えていた。

ハフさんは心臓に関する一連の検査を受けたが、なぜか結果は正常だった。しかし、ヨガのレッスンを中断したり、校舎内を歩くときも途中で座って休んだりするほど息切れがひどくなった。新型コロナから回復して約1カ月後には時折、動悸がするようになった。

謎をさらに深めているのは、軽症や無症状だった人の中にも、動悸や胸の痛み、息切れ、極度の疲労感などの症状が長く続く人がいることだ。何が原因なのかはまだ科学者たちにもわかっていない。

「実際に患者たちが症状に苦しんでいることは間違いありません」と語るのは、米テキサス大学サウスウェスタン・メディカルセンターの心臓専門医ジェームズ・デレモス氏だ。氏は、米国心臓協会(AHA)で、新型コロナによる心血管疾患の情報登録を促す運営委員会の共同委員長も務めている。「問題は、症状につながるような、私たちがまだ気づいていない心臓の損傷があるのかどうかです」

新型コロナウイルスが心血管系を「二重」攻撃

2020年のパンデミック初期には、血液が固まらないようにする抗凝固薬を使用することで、中等症の患者の生存率が向上することがわかっていた。しかし、バーガー氏によると、致命的な血栓症には、これらの抗凝固薬だけでは治療できないものがあることも明らかになっていた。

「4人に1人の患者が、死亡するか、(人工臓器による)臓器のサポートを必要としていました」と氏は語る。

この5〜10年の間に、HIV(エイズウイルス)感染症、乾癬(かんせん)、狼瘡(ろうそう)、関節リウマチなどの病気において、血小板が血栓や炎症を促進しうることが知られるようになった。血小板は、傷ついた血管に結合して血栓を形成し、出血を止める役割をもつ。そこでバーガー氏らの研究チームは、新型コロナにおいて血小板がどのような役割を果たしているのかを調査することにした。

「その結果、全く予想しなかったことが判明しました」とバーガー氏は話す。「何かが血小板の遺伝子構造を変えてしまったかのようでした」

研究の結果、血管内皮細胞(血液の内側を覆う細胞)での血液を凝固させる炎症に果たす血小板の役割が明らかになった。新型コロナウイルスは血小板の元になる巨核球に感染し、血小板の遺伝物質を変化させる。そのせいで活発になった血小板は、血管内皮細胞の粘着性を高めたり炎症を起こさせたりするタンパク質を作るようになる。こうして血管内に血栓ができやすくなり、全身に広がってゆく。この論文は9月8日付けで学術誌「Science Advances」に掲載された。

一方で、新型コロナウイルスは血管内皮の組織の結合を弱め、漏出しやすくすることもわかった。

このウイルスはどういうわけか、血管に「二重の、そして反対の方法で」影響を与えると言うのは、血管内皮を最も傷つける新型コロナウイルスのタンパク質を特定した論文を10月25日付けで学術誌「eLife」に発表したイスラエル、テルアビブ大学の生物医学エンジニアであるベン・マオズ氏だ。「火と氷の両方で攻撃できるようなものです」

血管が漏れやすくなるせいで、血液や体内の物質が、肺胞など本来入ってはいけない場所に入り込んでしまう。その結果、重症患者の多くに見られる肺水腫から、肝臓、腎臓、心臓の合併症に至るまで、さまざまな影響が連鎖的に現れる。

自律神経系の機能に影響か

しかし、この血管の損傷が、新型コロナからの回復後も残る心血管系の症状とどのように関連しているのか、正確にはわかっていない。

バーガー氏によれば、重度の炎症を引き起こすウイルスが回復後に後遺症を残すことは珍しくないという。中等症あるいは重症で入院を余儀なくされた患者であれば、特にそうだ。ただし新型コロナの場合、無症状、軽症、中等症だった患者(子どもを含む)の中にも、心臓への損傷が見られる点は気がかりだ。

しかし、新型コロナによる心筋炎は、当初考えられていたよりもまれなのだとデレモス氏は言う。9月に米疾病対策センター(CDC)が発表した調査結果によると、新型コロナ患者は、そうでない患者に比べて心筋炎のリスクが約16倍になる。それでも心筋炎はどちらの集団においてもまれであり、新型コロナによる心筋炎のリスクはわずか0.146%と結論づけられている。さらに、デレモス氏によると、こうした症状は数カ月で治癒するという。「大半の(患者の)心臓は、追跡調査の際にはおおむね正常であるように見えます」

一方で、前述のハフさんのような患者もいる。米ワシントン大学医学部の新型コロナ回復後患者専門クリニックでハフさんの治療に当たった心臓専門医のアマンダ・バーマ氏によると、胸の痛みを訴えて来院しても、運動負荷試験では異常がない患者や、動悸を訴えていても、心拍数モニターは正常に見える患者もいるという。しかし、これらの検査がすべてを物語っているわけではないと氏は語る。

「もう少し詳しく調べれば、心拍数のパターンが正常ではないことがわかります」。歩いているときに心拍数が上がるのは当たり前のことだ。しかし、ハフさんのように若くて運動能力の高い患者が、部屋を横切るだけで、あるいは睡眠中に、心拍数が60から120に跳ね上がるのは普通ではない。

この異常な心拍数の上昇は、新型コロナが自律神経系の機能障害を引き起こしたことを示唆しているとバーマ氏は言う。呼吸や心拍などの生命活動を自動的にコントロールするのが自律神経系だが、新型コロナの後遺症が長引く人では、この仕組みが正常に機能していないようだ。

「患者たちはよく、一日の終わりには疲れ切っていると訴えます。一日中あんなに心拍数が上がっていたら、そうならないはずがありません」と氏は言う。「一日中、走っているようなものです」

新型コロナがどのようにしてこうした機能障害を引き起こすのかはまだわかっていない。ウイルスに対する過剰な炎症反応の結果を疑う説もあれば、女性の方が男性より後遺症になりやすいことから、性ホルモンが関係しているのではという説もある。

いずれにしても、症候群に名前が付かないために、保険会社に治療費を補償してもらうことが難しい。また、症状を訴えてもまともに取り合ってもらえない患者たちは、大きないら立ちを覚えるはめになっている。

治療法が見つかり始めている

重症化を抑え、その後の心血管系への影響を改善させる治療法の研究は進んでいる。バーガー氏のチームは、血小板が活性化して血栓ができるのを防ぐために、血小板を標的とする薬剤を研究している。

一方、マオズ氏らのチームは、血管内皮に最も害を及ぼす5つのウイルスタンパク質を特定した。現在、体の他の部位に損傷を与えるタンパク質を特定できるモデルでテストも行っている。このような分子レベルでの理解は、特定のタンパク質が血管を攻撃して重篤な症状を引き起こすのを阻止する薬の開発に役立つ。

しかし、血小板が固まるのを防いだり、ウイルスのタンパク質が血管を攻撃するのを阻止したりする薬は、すでに後遺症に苦しんでいる人々を助けるものではないとバーガー氏も認める。後遺症の患者を助けるには、一連の症状の背後にあるものを解明する必要がある。

2021年初め、米国立衛生研究所(NIH)は、子どもと大人を対象とした新型コロナ後遺症の大規模研究を支援する共同研究「RECOVER」を立ち上げた。バーマ氏によると、新型コロナ後遺症を専門とする医師たちは、胸の痛みには抗炎症薬を、心拍数がコントロールできない時には血圧を下げ心臓の機能を抑えるベータ遮断薬を処方するなど、治療法を見つけ始めているという。

また、新型コロナ後遺症は、1年から1年半かかる可能性があるとはいえ、時間の経過とともに解消されるという事例も集まりつつある。バーマ氏によると、患者の中には投薬をやめられた人もいるほか、完全には回復していなくても治療後に気分が良くなる人も多いという。

「とはいえ大事なのは、10年後、15年後の患者の健康に影響があるかどうかです」と氏は言う。「目に見えない何かがあるのでしょうか」

ハフさんにとっても状況は良くなっている。高血圧と心拍数の上昇を抑える薬を服用したところ、動悸や息切れが治まった。興味深いことに、13歳の頃から頻繁に起こっていた偏頭痛も解消された。胸の痛みへの恐れから、まだ運動を再開できてはいないが、今後の研究には期待している。

「まだ解明すべきことはたくさんありますし、何が起こっているのかわからないことへのいら立ちも理解できます」と彼女は言う。「でも、現時点ですべての答えを得ることはできないということを、今の私は受け入れています」

文=AMY MCKEEVER/訳=桜木敬子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2021年12月7日公開)

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