山田詠美「恋愛は世間のルールではかれない」

有名人の不倫が激しくバッシングを受けるようになったのはいつからだろう。「恋愛のことは当事者にしか分からず、世間一般のルールは当てはめられない。倫理にあらず、なんて誰が決めるの?」かねて疑問に思ってきた作家は新作「血も涙もある」で、妻と夫、夫の恋人の3人の関係をユーモラスで残酷な恋愛小説に仕立てた。
物語は50歳の有名料理研究家の妻、10歳年下の夫、そして妻の助手でもある35歳の夫の恋人の3人の視点から交互に描かれる。「18世紀のフランスの作家ラクロの『危険な関係』は書簡形式で、複数の人の視点から1つの物語が進む。書き手が変わると物事の見方が多面的になる。そういう風に描いてみたかった」
三者三様の言い分を読んでいると、「不倫」の一言で片付けられてしまうような関係も、誰が加害者で誰が被害者とは一方的には決めつけられないと分かる。それぞれに違う事情や思いがあって、のっぴきならない関係にのめり込んでいく。「人間には体温があって、体液も流れている。ウエットな部分を見せ合った時に様々なドラマが生まれる。血も涙もある人生の方がよっぽど面白い」
現実世界では自分の物差しを他人に押し当てて、そこから外れる人がいると糾弾する人が多い。「自分が我慢しているんだから、おまえも我慢しろと神経を逆立てる。もちろん公衆道徳は守らなくちゃいけないけど、プライバシーは別。恋愛は楽しんでしまった方が勝ち」
理性では分かっていても、どうしてもルールから逸脱してしまう。合理的ではないから人は面白い。「無駄な物が味わいを生む。そうしたものを書いていきたい」。62歳。(やまだ・えいみ=作家)