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巨大波は数学で予測可能か 穏やかな海で突如発生

ナショナルジオグラフィック

1826年、フランスの科学者で海軍士官でもあったジュール・デュモン・デュルビル船長は、アストロラーベ号でインド洋を横断中、激しい嵐に巻き込まれた。彼はこのとき、頭上に高さ30メートルの水の壁がそそり立つのを見たという。他にも高さ25メートル以上の波がいくつも発生し、乗組員の1人は海に投げ出されて行方不明になった。だが陸に戻ったデュモン・デュルビルがこの話をすると、他に3人の目撃者がいたのに誰にも信じてもらえず、幻を見たのだろうと言われてしまった。

19世紀の科学者たちは、どんなに高い波でも10メートル程度にしかならないと考えていたため、当時数件あった巨大波の報告は海の神話として片付けられてしまっていた。しかし、巨大波は実在していた。記録がほとんどなかったのは、巨大波に遭遇した船員の多くが生還できず、報告できなかったからだ。

20世紀に入って造船技術が進歩すると、生き延びて目撃証言をする人々が増えてきた。1966年4月にはイタリアのクルーズ船ミケランジェロ号が、嵐の中を航行中、周囲の荒波をはるかに超える高さ約25メートルの巨大波に遭遇した。船は大きく損傷し、3人が溺死したが、乗船者のほとんどが無事に岸に戻ることができた。

不運だったのはドイツのコンテナ船MSミュンヘン号の乗組員だ。1978年、この船はドイツから米国へ向かう途中の12月13日早朝、28人の乗組員全員とともに姿を消した。後日、この船の救命ボートが回収された。ボートは水面から20メートルの高さに取り付けられていたはずだったが、損傷から判断すると、少なくとも同じ高さの波によって支柱から引きちぎられたようだった。

科学者たちの間で巨大波の実在に対する疑問が完全に払拭されたのはもっと新しく、1995年にノルウェー沖の北海にある天然ガス採掘施設「ドラウプニル」に巨大波が襲いかかったときのことだった。施設の足場に設置されたレーザー探知機で計測された波の高さは、実に26メートル近くもあった。

巨大波の科学

今日では、周囲の平均的な波の高さ(有義波高)の2倍以上の波が「巨大波」と定義されている。巨大波は突然、どこからともなく現れる。嵐で海が荒れているときだけでなく、穏やかなときにも発生することがあって、予測が難しい。

巨大波は津波とは異なる。津波は地震や地滑りなどに伴う海水の急激な移動によって生じるが、巨大波は海を伝わる波が偶然重ね合わさることで生じる。

巨大波の発生機構として、「線形重ね合わせ」と「非線形集束」という2つの理論が登場した。線形重ね合わせ理論では、波はそれぞれ異なる速度で海を伝わると仮定され、これらが重ね合わさることで巨大波になるとされる。これに対して非線形集束理論では、波は集団で海を伝わり、互いにエネルギーを融通し合うため、ときに巨大波が発生するとされている。

巨大波についてあまり明確なことが言えないのは、発生頻度がまれだからだ。現在でも、質の高い追跡データは不足している。

「一般に、巨大波は海洋油田の掘削施設や海洋観測ブイで測定されます。これらの観測システムは、特定の時間と場所での海の状態を記録しますが、前後に何が起こったかという情報はありません」とオーストラリア、シドニー大学の波浪物理学者アミン・チャブチャブ氏は説明する。氏らは複数の巨大波の観測データとモデルを評価した結果、巨大波の発生メカニズムは、その時々の海の状態によって異なる可能性があると結論づけ、2019年9月に学術誌「Nature Reviews Physics」に発表している。

限られた観測データを補うため、科学者たちは波浪水槽を使って実験している。チャブチャブ氏は、「実験室で海面を再現することで、そこで発生する現象をほぼ忠実に再現できます」と言う。制御された環境なりの限界があるものの、波浪水槽の実験では海流や風まで考慮することができる。

水槽のような狭い水路に水を閉じ込めると、大きな波を発生させやすく、観測もしやすい。しかし、米ジョージア工科大学の海洋工学者フランチェスコ・フェデーレ氏は、こうした実験は「非現実的なシナリオ」を作り出していると指摘する。水槽中の波は、海の波のように四方八方に広がることができないからだ。

米海洋大気局(NOAA)は「WAVEWATCH III」というプログラムを使って、危険な波が発生するおそれのある海域を1時間おきに予測するシステムを開発中だ。2019年にリリースされた最新版では、フェデーレ氏が2012年に開発した数式を用いて、特定の場所と時間での海の状態を予測することができる。これは危険な海域を避けて航海するのには便利なツールだが、前触れもなく出現する巨大波から身を守るには十分ではないかもしれない。

カナダ、ビクトリア大学のヨバネス・ゲムリッヒ氏は、2020年にバンクーバー島付近で発生した巨大波を分析した。氏は、巨大波は異なる速度の波が重なり合うときに発生することが多いとして、線形重ね合わせ理論を支持している。ただし、波の非対称性(波の山が高かったり、谷が低かったりすること)も重要な役割を果たすと考えている。

「波の非対称性が高ければ、極端な巨大波が発生する確率は劇的に高くなります」とゲムリッヒ氏は言う。

統計で波を予測

発生機構によらず、巨大波の出現を予測できるという数学者もいる。「大偏差理論」という、まれにしか起こらない現象に関する統計学的な枠組みを用いる方法だ。

彼らの基本的な考え方は、最も効率よく巨大波を形成させる方法をモデル化し、そのモデルを使って特定の巨大波の発達経路を示すというものだ。この理論では、シナリオに応じて線形効果と非線形効果を考慮に入れられる。

「最も効率よく巨大波を形成させる方法を見れば、実際に観測された巨大波と非常によく一致していることがわかります」と、英ウォーリック大学の数学者トビアス・グラフケ氏は言う。

グラフケ氏のチームは、この理論を波浪水槽で検証し、リアルタイムで波を観測した結果とも比較したところ、どちらの環境でも驚くほどよく巨大波を予測できることがわかった。

この手法の欠点は、海の状態のあらゆる要素を短時間で考慮するのは非常に難しいことにある。もしあなたが船長なら、最も有用なのはリアルタイムの観測から導かれたものであるはずだ。グラフケ氏によると、氏のチームの数式は海の状態の特定要素を考慮することができるが、変数が増えるほど短時間で解くのは難しくなるという。

チャブチャブ氏は、「(数式が)複雑になれば、その分だけ予測精度は向上しますが、計算の労力と時間が増えます」と指摘する。「予測の精度と計算に要する時間はトレードオフの関係にあるのです」

リアルタイムの予測

科学者たちはリアルタイムで波を予測する技術を目指している。新しいアプローチは実際の環境で検証する必要があるが、巨大波がまれにしか発生しないことを考えると難しい。多くの場合、波の速度に間に合うように計算プロセスを加速させる必要がある。

巨大波は「荒れた海ではわずか10〜15秒で形成されます」とフェデーレ氏は言う。「これほど短い時間に高速で正確な予測を行うことは、現時点では不可能です」

巨大波を予測するためには、レーダーシステムを使って船の近くの波を継続的に測定する必要があり、測定データを数学モデルに入れることで、その瞬間の海面の状態を描くことができる。5分ごとに新たな海面を計算するモデルなら、数分後に波がどのように変化しているかを比較的正確に予測できるだろう。

しかし、このようなシステムはまだ現実的ではない。フェデーレ氏は、「技術はあります。問題は、どうやって高速化するかです」と話す。

観測される巨大波が増えれば、数学者は、死の波が出現する前にそれを予測できるようになるかもしれない。1826年のデュモン・デュルビル船長にとっては夢のような技術だろう。

文=ALLY HIRSCHLAG/訳=三枝小夜子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2022年6月6日公開)

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