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森絵都さん ベストセラー小説「カラフル」生んだ出会い

こころの玉手箱

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もり・えと 1968年東京都生まれ。作家。児童文学の執筆の傍ら、アニメーションのシナリオを手がける。2006年「風に舞いあがるビニールシート」で直木賞受賞。著書に「リズム」「カラフル」「ラン」など。

思い出の本と資料

二十余年も昔、「カラフル」という本を担当してくれた編集者のHは、当時まだ20代半ばだった。その若い感性を以てして、本のカバーは黄色一色にすると主張し、結果、その斬新な装丁で話題を集めた。以降も彼は次々と新しいことに挑み、児童書業界の常識を塗りかえていった。

ほんわかとした絵柄が主流だった児童書に、スタイリッシュなビジュアルを導入した。一般文芸の作家たちに原稿を依頼し、ヤングアダルトの層を厚くした。ただ本を作るだけではなく、積極的に売ろうとした。当時、Hが販促用にまとめた資料には、本の書評からインタビュー記事、読者ハガキ、舞台化等の告知に至るまで、あらゆる情報が収められている。20年前にそこまでしていた編集者を私はほかに知らない。

惜しむらくは、才気走った人物に多いように、人としてのHにはやんちゃな向きがあり、それが彼を落ちついた仕事環境から遠ざけたことだ。いろいろやらかし、多くの人が彼から離れていった。私もその一人だった。結局、彼との仕事は2冊目の「ショート・トリップ」が最後となった。

Hが癌で余命わずからしい。そんな話が伝わってきたのは、音信が途絶えて久しかった頃だ。まさかと思いつつ、Hの元同僚だった夫と一緒に、慌てて病院へ駆けつけた。

「わっ、久しぶりっすね」

約10年ぶりの対面。しかも、癌はもう骨まで転移していたのに、Hはそれを感じさせない快活さで、民間療法の失敗談やら、4度目の結婚が破綻した経緯やらをペラペラとよく喋った。そのケロッとした様子からは、これまで何があってもケロッとしてきた人の矜持すらも感じた。

以来、見舞いを重ね、放射線治療で一旦回復したHが退院してからは、パーティーをしたり、外食をしたりと旧交を温めた。その間、私は彼から命に関する弱音を聞いたことがない。代わりに口にした「また仕事ができたら」の一語は、Hが最後までぎらぎらした編集者だったこと、そして、生きる気力に満ちていたことを表していると思う。

奇しくも今日、6月6日は、42歳で逝ったHの9回目の命日に当たる。

性格上、あの世で大人しくはしていないだろう。もしも何かに生まれ変わっているのなら、今度はゆっくり生きようねと言いたい。...

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