WBC強豪国、ドミニカ共和国のパワー育むスープ
NIKKEI The STYLE

3月8日に開幕する野球の国・地域別対抗戦、第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。過去4回行われた大会の優勝を日本、米国と分け合うのが、カリブ海の島国、ドミニカ共和国だ。野球は「国技」ともいわれ、ペドロ・マルティネス、サミー・ソーサら多数の選手を米大リーグに送り出してきた。野球をこよなく愛するドミニカ人。そのパワーの源が、主食のプラタノと呼ばれる緑色の料理用バナナと米だ。
「どちらも絶対に欠かせない食材です。朝から食べていないと頭痛がすると言う人もいるくらい」。日系2世の高田ロバート・駐日ドミニカ共和国大使が教えてくれた。
甘みの少ない固めのプラタノは主食にも、付け合わせにもなる便利な食材だ。一口大に切って油で揚げ、ピロンというすり鉢のような調理用具に入れてつぶす。これに塩コショウ、ニンニク、チチャロン(揚げたブタの皮)などで味付けしたのがモフォンゴだ。揚げたプラタノをせんべいのように平たくして再び揚げるとトストーネスに。そのまま食べるほか、アボカドやエビなどをのせればカラフルな前菜にもなる。

大使が家族と暮らす東京都内の自宅を訪ねると、サンコーチョという料理で出迎えてくれた。鶏肉や豚肉、牛肉、ソーセージにプラタノ、ユカ(キャッサバ)、カボチャ、トウモロコシなど、肉と野菜をふんだんに使い、コリアンダーやオレガノといったスパイスとともにじっくり煮込んだスープだ。付け合わせはもちろん白飯。祝い事などの日に家族や親戚が集まって作り、分け合いながら食べるという。
大使は、1957年に9歳でドミニカ共和国に移住した日本人の父とドミニカ人の母のもと、77年に生まれた。鹿児島県出身の父、鉄哉さんは農場を所有し、畑仕事をする労働者を20〜40人ほど雇っていた。週末になると感謝の気持ちをこめて、彼らと家族を食事に招いた。
腕を振るうのは、料理自慢の母方の祖母だった。「農場で飼育していた豚や牛、野菜は、よそで買ったものはなく、すべてが新鮮でした。祖母は朝5時に起きて大鍋をいくつも並べ、丁寧に愛情を込めてサンコーチョを作りました」。大使と妹たちは、皆がうれしそうに祖母のサンコーチョをほおばるのを眺めて、幸せな気持ちになったという。
取材の日の料理に使ったプラタノはエクアドル産だった。ドミニカ共和国産は残念ながら日本では手に入らなかったが、健康志向のニーズが高い英国やオランダをはじめ欧州へさかんに輸出されているそうだ。「ドミニカ人は自分たちのプラタノにとても誇りを持っています」と大使は説明する。ドミニカ的である、ドミニカ化する、といった意味で使う「アプラタナード」という言葉も生まれた。
日本の九州と高知県を足したほどの大きさの同国は、ユネスコの無形文化遺産に登録されている音楽のメレンゲとバチャータ、特産のラム酒、葉巻などでも知られる。およそ5000キロメートルにおよぶ美しいビーチ、40以上のゴルフ場、高級ホテルを擁する屈指のリゾート地であり、米国の歌手マイケル・ジャクソンはエルビス・プレスリーの娘とこの地で結婚式をあげた。そして、米大リーグの30球団と日本の広島東洋カープが、選手発掘と育成のためのアカデミーを持つ「野球の国」だ。

「子供たちがペロータ(野球)を好きになる環境が整っている」と大使は母国を評する。物心がつくころには、石を包んで丸めた布のボールと棒きれのバットを使って、打って守るというシンプルな遊びに興じる。
スカウトの目にとまれば、食費や寮費が無料のアカデミーで野球や英語を学び、大リーグ入りのチャンスもつかめる。高額な年俸に憧れるだけでなく、大リーガーたちの振る舞いも見て育つという。病気をもつ子供のためのチャリティーイベントを開き、無料の野球教室を開く。ハリケーンなどの災害時に自家用ジェット機で救援物資を届けたり、義援金を送ったりする大リーガーもいる。
「ドミニカ人は助け合い、困った人のために力を貸します。その手本を見せる選手は、まさに子供たちのヒーローなのです」
「さあ、みんなでいただきましょう」。取材が終わると、大使は筆者やカメラマン、そのほかのスタッフや大使館関係者らを誘い、全員で食卓についた。一人ひとりに大盛りのサンコーチョが運ばれてくる。撮影に必要なだけの分量ではなく、大鍋いっぱいのスープがたっぷり用意されていた。野菜が煮崩れするほど長く煮込まれた滋味あふれるサンコーチョを口に含み、ドミニカ人の「分かち合いの心」をかみしめた。
窪田直子
高井潤撮影
[NIKKEI The STYLE 2023年3月5日付]
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