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ノーベル文学賞に「アフリカ人作家」 選んだ本音は

2021年のノーベル文学賞はタンザニア出身、英国在住の作家、アブドゥルラザク・グルナ氏に決まった。スウェーデン・アカデミーは7日、「文化のはざま、大陸のはざまにおける植民地主義の影響と難民の運命への厳しくも共感あふれる洞察に対して」授賞すると発表した。アフリカ文学が専門の粟飯原文子・法政大学教授は「グルナ氏は植民地世代の記憶を大切にし、難民の痛みを美しい文体に昇華してきた作家。文化や大陸を越えて移動する人を見つめてきた作家の作品を世界文学として高く評価するというアカデミーのメッセージだろう」と話す。

グルナ氏は1948年、タンザニアの東に位置する島、ザンジバルに生まれた。ザンジバルは当時は英領だったが、64年に起きた革命を機に現在のタンザニアとなった。この混乱期にグルナ氏は英国に渡り、文学研究者となる。ウォレ・ショインカやサルマン・ラシュディなど旧植民地の文学を専門とし、ケント大学で長く教壇に立った。現代の世界文学の大きな潮流であるポストコロニアル文学の理論と実践を両立させてきた書き手だといえる。

小説は移民・難民の苦難を一貫したテーマとしている。87年に発表したデビュー作「出発の記憶」ではアフリカの小さな村を出ていく主人公の葛藤を、続く「巡礼の道」(88年)ではタンザニア出身のイスラム教徒が英国で人種差別に遭うさまを描き、望まずして故郷を出ることになった人々の苦しみと懊悩(おうのう)を代弁した。アフリカ東部における植民地支配を活写した「パラダイス」(94年)で英国の有力な文学賞、ブッカー賞の候補となり、現代の重要な作家の一人と見なされるようになった。邦訳はない。

グルナ氏の作品では登場人物がアイデンティティーの問題に直面するが、そこには自身の出自が色濃く反映している。グルナ氏はインド系タンザニア人だ。ザンジバル革命時には迫害された側とはいえ、インド系は歴史的には支配階級であり、アフリカ人を搾取してきた側だと見られている。故国にも、今いる場所にも安息できないコスモポリタンの悲傷がグルナ氏の作品には強くにじんでいる。

アフリカ出身作家のノーベル文学賞受賞は2003年のJ・M・クッツェー氏以来だ。久々の快挙の背景に見えてくるものもある。

近年のノーベル文学賞はジャーナリストのスベトラーナ・アレクシェービッチ氏(15年)やシンガーソングライターのボブ・ディラン氏(16年)、大衆的人気の高い作家のカズオ・イシグロ氏(17年)に授賞するなど、大胆な選考で話題を呼んだ。だが17年、スウェーデン・アカデミーで会員の夫の性的暴行疑惑というスキャンダルが持ち上がると、選考体制を一新。18年にはポーランドの作家オルガ・トカルチュク氏、19年にはオーストリア出身の作家ペーター・ハントケ氏を選ぶなど、ヨーロッパ文学の伝統的な価値観に基づく保守的な選考に回帰したといわれた。

今回スウェーデン・アカデミーは非西欧出身者を選んだが、グルナ氏は英語で執筆する作家だ。「近年、アフリカ出身作家への関心が高まっているが、その作家の言語選択の問題には意識を向ける必要がある。現地語で書くか、英語で書くかで、潜在的読者が変わり、作品の意味も変わってくるからだ」。スワヒリ語文学が専門の小野田風子・京都大学特別研究員はそう指摘する。

アフリカ出身のノーベル文学賞受賞者はグルナ氏を入れて5人いるが、うち4人が英語の書き手だ。88年に受賞したエジプトのナギーブ・マフフーズ氏はアラビア語で執筆したが、アフリカ諸語で書く作家の受賞はまだない。

長年ノーベル文学賞の候補と目されているケニアのグギ・ワ・ジオンゴ氏は「支配者の言語」である英語での執筆をやめ、今は現地語であるキクユ語で書いている。「ジオンゴ氏よりグルナ氏の受賞が先なのか、とは思った。アフリカ出身作家の翻訳は日本でも増えているが、それらを『アフリカ文学』ととらえていいのかという疑問はある。アフリカにとどまり、母語で作品を書いている作家の存在はほとんど知られておらず、そこに断絶があると感じる」と小野田氏はいう。

今回のグルナ氏への授賞で、スウェーデン・アカデミーは非西欧世界にも目配りしているというメッセージを出したのかもしれない。だが、最高の栄誉を英語の書き手に授けることに、文学の世界の強固な西洋中心主義も透けて見える。

タンザニアの新聞では「今年のノーベル文学賞はタンザニアではあまりなじみのない作家の受賞が決まった」と報じられているという。

(干場達矢、桂星子)

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ノーベル賞

2021年のノーベル賞発表は10月4日の生理学・医学賞からスタート。5日に物理学賞、6日に化学賞、7日に文学賞、8日に平和賞、11日に経済学賞と続きます。

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