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がん・コロナ・結核…においで病気を嗅ぎ分ける動物たち

ナショナルジオグラフィック

何度もキッチンに入り込んでくるアリにうんざりさせられたときには、いったん落ち着いて、彼らがもつ並外れた知覚力のことを思い浮かべてみてはどうだろうか。

あの小さなアリたちには、がんなどの病気の兆候を探知する能力がある。実はアリ以外にも、イヌ、ネズミ、ミツバチ、さらには小さな線虫まで、人間の病気のサインを嗅ぎ分けられる生き物は多い。

彼らの驚くべき能力を紹介しよう。

乳がんを探知するアリ

ヨーロッパ全土で一般的に見られるヤマアリ属のアリFormica fuscaは、尿に含まれる乳がんのにおいを訓練によって識別できるようになる。

2023年1月25日付けで学術誌「英国王立協会紀要B(Proceedings of the Royal Society B)」に掲載された仏ソルボンヌ・パリ・ノール大学の研究によると、アリはヒトの乳がん腫瘍をもつマウスの尿のにおいと、健康なマウスの尿のにおいを識別できるという。

アリなどの動物は、多様な揮発性有機化合物(VOC)を知覚することで病気の兆候に気づく。VOCは、呼気や汗、尿、血液などに含まれている。病気が原因で、排出されるVOCに変化が起こると、健康なときとは異なるにおいを発するようになる。研究では、がんのサンプルのそばに報酬として砂糖を置いて、アリにそのにおいを覚えさせた。これは「オペラント条件付け」と呼ばれるプロセスだ。

「アリの学習スピードには驚かされました。1匹のアリをわずか10分で訓練することができるのです」と、論文の筆頭著者で、現在はドイツ、マックス・プランク化学生態学研究所の博士研究員であるバティスト・ピケレ氏は言う。

訓練したアリを、腫瘍のあるマウスと健康なマウスそれぞれの尿サンプルと一緒にシャーレに入れた。するとアリたちは、腫瘍のあるマウスの尿の近くにいる時間の方が20%長かった。

アリは触角にある嗅覚受容体を使って、においのもとである化学物質を嗅ぎ取っている。においはアリにとって主要なコミュニケーションの手段だと、論文の共著者で、ソルボンヌ・パリ・ノール大学の動物行動学者パトリツィア・デットーレ氏は言う。

「アリは相手の体臭を探知することで同じグループの仲間を認識します」。また、フェロモン(たいていはごく少量)を使って、驚くほど多様で複雑なシグナルを伝える。

今回の研究に用いたアリは人間を刺さない。また、「入手や維持にお金がかかりません。ハチミツと死んだ昆虫がいれば、アリたちは満足なのですから」とピケレ氏は言う。そのおかげで彼らは、こうした仕事を任せられる優秀な候補となっている。

このアリが具体的にどのような化学物質を嗅ぎ分けているのかはわかっていないと、デットーレ氏は言う。これについては、がんを探知する他の動物においても不明である場合が多い。

多くの病気を嗅ぎ分けるイヌ

イヌは訓練によって、皮膚などにできる悪性黒色腫(メラノーマ)や乳がん、消化管がんを含む数種類のがんのほか、マラリアなどの感染症やパーキンソン病を嗅ぎ分けられるようになる。米国では、イヌが新型コロナウイルス感染症のスクリーニングを行っており、カリフォルニア州やマサチューセッツ州の数カ所のほか、プロバスケットボールチーム「マイアミ・ヒート」の試合会場などで活躍している。

イヌは人間だけでなく、他の動物がもつ感染症のにおいも探知することができる。その一例が、シカの脳を侵して死に至らしめる「シカ慢性消耗病(CWD)」だ。

「シカにとって重大な病であり、死後に解剖する以外に発見する方法がありません」と、米ペンシルべニア大学獣医学部のシンシア・オットー氏は言う。

だが、イヌを訓練すれば、シカのふんからCWDを探知できるようになると、2023年2月5日付けで学術誌「Prion」に報告された。オットー氏はこの論文に共著者として参加した。CWDなどの場合、イヌは病原体そのもののにおいを嗅ぎ分けているのではないかと、オットー氏らは考えている。

「私たちは細菌感染症について、いくつか予備的な研究を行いました。細菌そのものを使ってイヌを訓練すると、彼らは感染者から採られたサンプルに反応するようになります」。英慈善団体メディカル・ディテクション・ドッグズは、特定の細菌を含めた28種類もの病気を探知できるようイヌを訓練している。

細菌ではなく、がんを探知する場合には、イヌは免疫反応などに由来するにおいを含む「がん細胞への体の反応」を探知している可能性があるとオットー氏は推測する。「がんそのものを探知している可能性もありますが、明確にはわかっていません」

また、イヌが探知しているにおいが1つではなかったり、イヌによって違うにおいを嗅ぎ分けたりしている可能性もあり得る。オットー氏によると、ある卵巣がんの研究では、「イヌによって反応するにおいが異なっていた」という。

地雷と結核を探知するネズミ

爆発物の探知では、サバンナアフリカオニネズミが活躍している。

ベルギーの非営利団体APOPOは2004年、訓練済みのサバンナアフリカオニネズミをモザンビークに派遣した。同団体の訓練・イノベーション部門責任者のシンディ・ファスト氏によると、このときネズミが初めて「国際地雷対策基準(IMAS)の外部認証を取得」したという。それ以来、サバンナアフリカオニネズミは、7カ国で15万個以上の地雷の除去に貢献してきた。

APOPOの本部があるタンザニアには地雷は埋まっていないが、同国は結核の発生率が高い30カ国のうちのひとつに数えられている。

「APOPOの研究は、ネズミが結核菌に特有のにおいを探知することを示唆しています」と、同団体の広報担当者リリー・シャロム氏は言う。

アリの場合と同じく、訓練中のネズミは、結核菌が含まれるヒトの唾液のサンプルを突き止めると報酬の食べ物を与えられる。訓練を終えたネズミは、検査技師を支援する役割を果たす。

1匹のネズミは、「およそ20分間で100人以上の患者のサンプル」をスクリーニングできるという。人間であれば4日かかる作業だ。ネズミは、すでに陽性と判定されているサンプルを特定すると報酬をもらう。一方、すでに陰性と判定されているサンプルにネズミが反応した場合、そのサンプルはより高額な検査に回される。

APOPOによると、このプログラムの導入以降、地域の診療所で見落とされた2万3000件以上の症例をネズミたちが結核だと突き止めたという。

「おかげで、提携している診療所よりも患者の発見件数が約50%増えました」。ネズミたちのことが実に誇らしいと、ファスト氏は言う。

ミツバチで新型コロナを探知

オランダの研究者は、セイヨウミツバチが新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のにおいを嗅ぎ分ける能力に長けていると2022年5月に学術誌「Biology Open」に発表した。

アリと同様、触角を使ってにおいを嗅ぐミツバチは、嗅覚が非常に敏感だ。オランダ、ワーヘニンゲン生物獣医学研究所の科学者らは、地元に生息するミツバチを捕まえて、プラスチック製の特殊な「ミツバチホルダー」に入れた。この容器に入れられたミツバチは、翅と体は動かせるが、頭部だけが外に突き出す姿勢で固定される。科学者らはミツバチにさまざまなサンプルを嗅がせ、新型コロナ陽性のサンプルに反応して舌を出したときに報酬として糖分を与えた。やがて、ミツバチは報酬なしでも同じ動作を行うようになった。

アリと同じように、ミツバチの訓練にはわずか数分しかかからず、検査は数秒でこなせる。

ミツバチが、新型コロナウイルスが含まれるサンプルの何を嗅ぎ分けているのか、具体的にはまだわかっていない。研究者らは、このミツバチの能力は従来の検査が難しい遠隔地などで役立つと考えている。

賢い線虫

カエノラブディティス・エレガンス(Caenorhabditis elegans)という線虫は、砂粒ほどの大きさしかない。人間のものと非常によく似た疾患遺伝子をもっているため、貴重なモデル生物として科学研究に広く使われている。また、体が透明であるため、生物学的なプロセスを顕微鏡で容易に観察できる。

この線虫にも、がんを探知する能力がある。日本の研究グループは、彼らが膵臓がんを探知できることを示し、2019年9月に学術誌「Oncotarget」に発表した。またイタリアの研究グループは、乳がんを探知することを示し、2021年8月に学術誌「Scientific Reports」に報告した。

どちらのケースでも、C.エレガンスはいくつかの状況下で、健康なサンプルを避けて、がんにかかったマウスやヒトの尿サンプルに向かって移動した。日本のバイオテクノロジー企業は「N-Nose(エヌノーズ)」という早期発見検査を提供しており、利用者は自分の尿サンプルを郵送して線虫による検査を受けることができる。

文=LIZ LANGLEY/訳=北村京子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2023年3月3日公開)

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