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薬剤耐性菌、次のパンデミックの恐れも コロナで懸念

ナショナル ジオグラフィック

新型コロナ禍での抗菌薬(抗生物質)の誤用や過剰使用が、別の危機を悪化させるのではないかと公衆衛生の専門家が懸念している。薬剤耐性菌だ。細菌や真菌などの病原体が進化して、薬剤への耐性を獲得してしまうものだ。

世界では毎年75万人以上が薬剤耐性菌感染症で死亡しており、2050年までには年間1000万人に達し、がんを上回るという報告もある。米国だけでも、年間280万人以上が薬剤耐性菌に感染し、3万5000人以上が死亡している。

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)下で抗菌薬が過剰に使用されてきたことが、耐性菌の問題をさらに悪化させている可能性がある。パンデミック以後、初めて開催されたG7コーンウォール・サミットでも、新型コロナに加えて将来のパンデミックへの備えとして薬剤耐性菌が課題に挙げられていた。

新型コロナの感染が広がり始めた当初、咳、発熱、息切れを訴える患者の胸部X線写真に白い斑点が見つかると、細菌性肺炎に似た特徴であるため、抗菌薬が処方される場合が多かった。例えば米国では、2020年2〜7月に入院した約5000人の患者の半数以上が、入院後48時間以内に少なくとも1種類の抗菌薬を処方された。

「不確実性がある場合、必ずしも正しいとは言えなくても、(抗菌薬を)処方しないよりはすることを選びがちです」と、米メリーランド大学医療センターの感染症専門医ジャクリーン・ボーク氏は話す。

抗菌薬は細菌を殺すだけであり、ウイルスには効果がない。しかし、肺炎の原因は真菌、細菌、ウイルスと多様で、どの病原体が原因かを突き止めるには少なくとも48時間かかる。時には感染の原因を確認するために、体に傷や負担を与える処置が必要になることもある。

また、検査をしても原因が特定できないこともある。「多くの医師が、抗菌薬を過剰に処方していたと思います。しかし、何が原因か分からないなかで、その時できる最善を尽くしたということです」とボーク氏は語る。

また、インフルエンザをはじめとする他のウイルス性疾患に見られるように、新型コロナ感染症の場合も、罹患(りかん)中や回復後に真菌や細菌への感染が起こることを心配する医師もいた。「当初は肺炎の患者が非常に多かったので、ウイルス感染か細菌感染かの検査もできませんでした」とボーク氏は言う。

新型コロナ患者における細菌や真菌との重複感染が20%未満であることを知った世界中の医師たちは、抗菌薬や抗真菌薬の使用を控えるようになった。ただし、重症で入院が長期化する患者の場合、気管チューブやカテーテルを介して細菌に感染し、敗血症を引き起こす可能性があるため、抗菌薬が必要だった。

それでも、世界の多くの地域で、新型コロナ患者に対する抗菌薬の処方は続いた。医師にかかることのできない患者が自己判断で、あるいは予防目的で服用するケースもあった。細菌感染の有無を確認する検査に費用がかかることや、そもそも検査を受けられないこと、「念のために」という考え方、場合によっては最新科学の知見を知らないことが、抗菌薬の過剰使用や誤用につながった可能性がある。

耐性菌はどのようにして発生するか

自然界では、土壌に生息する真菌や細菌が抗生物質と呼ばれる化学物質を産生し、限られた資源をめぐって争う他の細菌を殺したり、その増殖を抑えたりしている。

だが標的となる側は、時間とともに抗生物質に対する耐性を進化させていく。抗生物質の侵入を阻止する、あるいは抗生物質を不活性化する、自分の細胞から抗生物質を排出する、抗生物質の効果を回避するなどの役割を果たすたんぱく質を作るようになるのだ。

また、抗生物質の本来の標的ではなかった他の細菌も、周囲の耐性菌から遺伝子を獲得することで防御力を高めることがある。遺伝子の「水平伝播」と呼ばれるプロセスだ。

科学者たちは、天然の抗生物質をもとに、ヒトや動物の細菌感染を防ぐ抗菌薬を開発してきた。しかし、感染症の原因となる、水中や土中に由来する細菌の中には、耐性を持っているものがある可能性がある。

このような耐性菌は、当初は宿主の体内にいる細菌のごく一部に過ぎない。だが、抗菌薬の使用が増えるにつれて状況は変わる。薬剤は耐性を持たない細菌を破壊するため、残った耐性菌が急速に増殖するようになるのだ。また、抗菌薬の投与量を間違えたり、間違った病気に使ったりすると、体内の有益な菌までもが破壊され、多くの薬剤に耐性を持ついわゆる「スーパー(超多剤)耐性菌」を生む恐れがある。

これらの耐性菌は、下水、汚染された水や物体表面、食品等を通じて、あるいは直接接触することによって、病院、地域社会、畜産農家などに広がる可能性がある。スーパー耐性菌を保有する人が増え、現在の薬剤がますます効かなくなれば、入院期間の延長、医療費の増加、死亡者数の増加が起こりかねない。特に、清潔な水や衛生設備、質の高い医療へのアクセスが限られており、医師の処方なしに安価なジェネリック(後発)抗菌薬が薬局で買える中低所得国にとっては深刻だ。

新型コロナが多剤耐性菌問題を悪化させる?

2020年末に世界保健機関(WHO)が実施した国際調査では、56カ国中35カ国が、新型コロナ禍で抗菌薬の処方が増加したと報告した。なかには、新型コロナのほぼ全症例で抗菌薬が処方されていた国や、抗菌薬の自主的な服用が横行していると報告した国もあった。

医師たちは、入院中の新型コロナ患者にアジスロマイシン、ドキシサイクリン、フルオロキノロン、セファロスポリン、カルバペネムといった抗菌薬を処方してきた。多くの場合、有益なものを含む複数種の細菌を破壊する様々な抗菌薬が使用されてきたが、いくつかの研究では、細菌や真菌との共感染や二次感染を起こす新型コロナ患者の割合は20%未満であることが示唆されている。症状が軽いことの多い外来の新型コロナ患者も、アジスロマイシンやドキシサイクリンなどの抗菌薬を予防的に処方されてきた。

パンデミックの初期には、アジスロマイシンとドキシサイクリンの使用を推奨する研究がいくつかあった。これらには抗ウイルス作用や、免疫系が暴走して自らの細胞を破壊するのを抑えるような抗炎症作用がある可能性が指摘されたからだ。しかし、より新しい研究では、使用しても実質的なメリットがないことが示唆されている。

「多くの新型コロナ患者がセカンドオピニオンを求めて来院しますが、今でもアジスロマイシンと書かれた処方箋を持ってくる人がいます」とインド、ムンバイのP・D・ヒンドゥジャ病院の呼吸器内科医ランスロット・ピント氏は言う。「細菌感染の可能性があるからということかもしれませんが、(インドの)医師の多くは抗菌薬を処方する際にウイルス感染かどうかを気にしているとは思えません」

他のケースでは、例えば肺炎かどうかを確認するX線診断が利用できず、ましてや原因が細菌か真菌かウイルスかを特定する検査もできない農村部では、医師たちはアジスロマイシンを処方する義務があると感じていたようだ。

「人は確信を持てない場合、念のために投与しておいた方がよい、(細菌感染を見逃す)リスクを取る必要はない、という考え方になります」とパキスタン、カラチにあるアガ・カーン大学の病理学者ルミナ・ハサン氏は述べる。

氏はまた、抗菌薬の不適切な過剰使用は、医師が新型コロナの最新情報についていけなかったことに起因する場合もあると指摘する。「一度、(この病気にはこの薬を使うという)傾向ができてしまうと、それを変えるのは本当に難しいのです」

抗菌薬は適切に使用されれば命を救うことができる。しかし、新型コロナ禍で広範囲かつ無差別に使用されたことが、耐性菌の進化にとって最適な状況を作り出してしまったのではないかと保健専門家は考えている。

今後の耐性菌対策は

スーパー耐性菌の台頭とその影響は、現時点ではまだ見えにくいかもしれないが、「すでに被害は出ています」と、汎米保健機構(PAHO)の薬剤耐性に関する地域アドバイザー、ピラール・ラモン・パルド氏は言う。

WHOが2015年に立ち上げた「グローバル薬剤耐性・使用サーベイランスシステム」は、新型コロナによって打撃を受けた。世界中の医療従事者が、薬剤耐性微生物についてサンプルを収集し、報告するための労力を割けなくなってしまったからだ。

すべてのリソースが新型コロナ対策に振り向けられるうえ、財政難や精神的な疲弊といった問題もある。「人々は、またしても公衆衛生上の危機が起こったという話には興味がありません」と、米ボストン大学の生体医工学教授ムハンマド・ザマン氏は指摘する。「何かを変えなければいけないのです」

しかし、もしコロナ後の世界で薬剤耐性菌感染症が増加するならば、それに対抗する新しい抗菌薬の登場を期待できないのだろうか?

おそらくそれほど多くの新薬は期待できないだろう、とザマン氏は言う。抗菌薬の投与期間が14日を超えることはまれであり、がんや糖尿病などの慢性疾患の治療薬とは違い、製薬会社が潤沢な利益を得られないからだ。また、新薬に対する耐性菌がすぐに出現する可能性が高いため、投資へのリターンがあまり期待できない。

しかし2013年、米国立衛生研究所(NIH)は、新薬や新しい検査方法の試験、および既存の抗菌薬の使用法の最適化を目的とした研究の実施と資金提供を行う薬剤耐性菌対策プログラムを立ち上げた。国際医療の専門家は、感染症の予防と制御を改善することが解決策になると考えている。耐性菌に対する現在開発中のワクチンも有望かもしれない。

「ただし、これが純粋に科学の問題であるという考え方は不完全であり、不正確です」とザマン氏は言う。「経済や、利用可能性、そして人間の行動についても考えなければなりません」

文=PRIYANKA RUNWAL/訳=桜木敬子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2022年2月1日公開)

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