東京の臨海地下鉄「約5000億円」 莫大な建設費の理由
鉄道の達人 鉄道ジャーナリスト 梅原淳

東京メトロ、都営を合わせて13の地下鉄が走る東京都に新たな路線が建設される。都心部・臨海地域地下鉄、通称・臨海地下鉄新線で、東京駅と有明・東京ビッグサイト駅との間をほぼ最短距離で結ぶ構想だ(駅名は仮称、以下同)。
新たな地下鉄には途中、5駅が開設される。

新銀座駅はJRや東京メトロ有楽町線の有楽町駅や有楽町線の銀座一丁目駅、東京メトロ銀座・丸ノ内・日比谷各線の銀座駅の近く、新築地駅は都営大江戸線築地市場駅付近、勝どき駅は大江戸線の勝どき駅付近、晴海駅は東京都中央区晴海3・4丁目付近、豊洲市場駅はゆりかもめの市場前駅付近を想定している。
東京駅は言うまでもなく、JR各線や丸ノ内線が発着するターミナルだ。有明・東京ビッグサイト駅は臨海地域の中心の一つで、ゆりかもめの有明駅、東京臨海高速鉄道りんかい線の国際展示場駅にほど近い。

有明・東京ビッグサイト駅が開設される臨海地域ではゆりかもめ、りんかい線が既に開業して、都心との間を結んでいる。しかし、どちらも大回りになるうえ、乗り換えが必要。アクセスの便がよいとはいえなかった。

臨海地下鉄新線は東京駅の次の新銀座駅で向きをそれまでの南西方向から南東方向へと変えた後はほぼ一直線に進む。東京―有明・東京ビッグサイト間の距離は約6.1キロだ。JR・ゆりかもめでの東京―有明間の13.9キロ(新橋駅で乗り換え)や、JR・りんかい線での東京―国際展示場間の10.9キロ(新木場駅で乗り換え)と比べて大きく短縮される。
新線のルート近辺には東京駅丸の内南口―豊海水産埠頭間の都04系統や東京駅丸の内南口―晴海埠頭間の都05系統といった都営バスが運行され、多くの利用者でにぎわう。都の調査によると2019年度の1日平均の利用者数は都04系統が7265人、都05系統が1万2170人で、合わせて1万9435人だったという。
都内の地下鉄で1日平均の利用者数が最も少ない東京メトロ南北線でも58万4353人を記録した(19年度)。そうなると、いま挙げた都営バスの利用者全員が臨海地下鉄新線に移行したとしてももの足りない。しかし距離が6.1キロの臨海地下鉄新線と21.3キロの南北線とを比較する意味は薄い。営業キロ1キロ当たりの利用者数を意味する旅客輸送密度で比べてみよう。
どれくらい利用されるか予測すると
交通政策審議会陸上交通分科会鉄道部会が16年7月に公表した検討結果によると、新銀座―有明・東京ビッグサイト間4.8キロの開業で、旅客輸送密度は4万6400~4万7200人と予測される。この地下鉄がJRや東京メトロ日比谷線、つくばエクスプレス(TX)の秋葉原駅まで延伸され、TXと相互乗り入れを始めた場合、9万8900~10万2100人になるそうだ。
都内の地下鉄で旅客輸送密度が最も少ないのは都営大江戸線の14万1356人で、臨海地下鉄新線の予測値はもの足りないかもしれない。しかし、10万人前後の旅客輸送密度も立派なものだ。19年度の統計から数値の近い首都圏の通勤路線を挙げると、JR高崎線や武蔵野線、横浜市営地下鉄ブルーライン、東急電鉄池上線などに匹敵する。
今回、臨海地下鉄新線が話題となっているのは首都東京の最新の地下鉄である点はもちろん、その建設費が大変高額に上っているからだ。都の発表では約4200億~約5100億円。1キロ当たりの建設費は689億~836億円に達する。
総務省によると、全国各地にある公営の地下鉄の建設費は1966年度以降、5年ごとの区切りでまとめられており、歴代で最も建設費が高額だったのは96年度~2000年度開業分の1キロ当たり293億円だ。その金額の2.4倍から2.9倍に達するのだから、驚くなと言うほうが無理だろう。
都心部で用地代がかさむ
とはいえ、臨海地下鉄新線の建設費が無駄に高いのではない。建設費が莫大になるのにはいくつか理由がある。
まず都心部を通るためには用地代がかさむ。公共用地である道路の下に掘られた地下鉄のどこに用地が必要なのかと思う向きも多いだろう。けれども、地上に駅への出入り口を設けるとしたら、例えばビルにあれば建物の所有者と交渉して土地を購入するなり、借りるなりしなければならない。
新銀座―新築地間のルートで示されたカーブも考慮しなければならない。地下鉄が道路の範囲から離れないように曲がるのは難しい。誰かの土地の下を通る可能性が高く、地上権を設定するなど、用地を確保しておく必要がある。
東京メトロが副都心線池袋―渋谷間8.9キロを建設する際に購入した土地の面積は5180平方メートルだった。金額は都心部だけあって高額に上り、東京メトロは関係する84人の土地所有者に合わせて105億円を支払ったという。1平方メートル当たりの用地購入費は203万円になる。

都心部に林立するさまざまな建築物が傾いたりしないように、基礎部分を工事の間支えておく必要もある。東京メトロ半蔵門線三越前―水天宮前間の建設工事ではビル3棟の基礎を仮支えする作業で11億4000万円を費やした。1棟当たり3億8000万円となる。
2層構造のトンネルに
さらに道幅の狭い道路に構築する2層構造のトンネルの建設費の高さもある。臨海地下鉄新線は新銀座―新築地間で、具体的な道幅はわからないところもあるが、14メートル程度と予想される銀座みゆき通りの下あたりを走る。
14メートルの道幅は地下鉄にとっては狭い。2本の線路を横に並べ、最も幅を取らない箱形のトンネルを置いたとしても、左右幅は10メートルほど必要だ。しかし、いまどきの地下鉄では駅を除いて箱形のトンネルは採用されない。大都市東京の地下にはさまざまな構造物が通っている。地上から穴を掘って箱形のトンネルを埋める開削工法ではそうしたものを壊す恐れがあるからだ。水平方向に円形のトンネルを掘るシールド工法が一般的となった。
東京の地下鉄で最新の副都心線を例に挙げると、円形のトンネルの直径は複線用で9メートルで、14メートルの道幅に収まる。だが、高さは箱形トンネルなら5.3メートルで済むところ、円形なので9メートルとなり、さまざまな構造物を避けながら掘り進むには問題が多い。単線用の円形トンネル2本ならば直径5.96メートルなので高さの問題は解消されやすいが、横に2本並べるとトンネル同士の間隔を少なくとも1.44メートルは取っておくので、幅は13.36メートルと道幅ぎりぎりとなる。こうなると道幅14メートルの道路に地下鉄を通すのは難しい。
同じように銀座一丁目駅周辺で、筆者の実見で銀座みゆき通りと道幅がほぼ同じ銀座柳通りの下を行く有楽町線ではトンネルを上下2段重ねとする方法が採用された。臨海地下鉄新線も同様の方法を選ぶのが現実的であろう。なお、銀座一丁目駅の建設費は工事が完了した1976年当時で41億9000万円であった。
地下鉄駅の建設費、過去には
有楽町線で線路が横に2組並んだ一般的な構造の駅の建設費の一例を挙げよう。75年竣工の池袋駅が16億円、74年竣工の飯田橋駅が16億3000万円、4本の線路に2面のホームと最も線路の数が多く、83年に竣工した小竹向原駅でさえ37億9000万円で済んだ。縦方向に広い上下2層のトンネルを建設するにはより深く掘る必要があり、いかに費用を要するかがわかる。
建設費は確かに膨大になるものの、臨海地下鉄新線自体は完成すれば大変便利で、沿線の晴海などの開発も急ピッチで進められるだろう。東京―秋葉原間も開通し、つくばエクスプレスの列車が直通するようになれば、さらに利便性は高まるはずだ。臨海地下鉄新線は2040年までの実現を目指す。今から待ち遠しい。

※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。
この投稿は現在非表示に設定されています
(更新)
関連企業・業界