/

米コロナ死者数、「スペインかぜ」上回る 過去に学ぶ

ナショナル ジオグラフィック

 2020年3月11日に、世界保健機関がパンデミック(感染症の世界的流行)を宣言してから1年半が経過した。2021年9月29日時点で、米国の新型コロナウイルス感染症による死者数は69万3000人に達している。

この数は、1918年のインフルエンザパンデミックによる米国の死者数をとうとう上回った。新型コロナウイルス感染症が、米国史上最も多くの死者を出した感染症となったのだ。

とはいえ、1918年のインフルエンザの被害は目を覆うものだった。3回の感染拡大の波で、実に米国民の4分の1以上が感染したとされている。その影響で、1918年の米国の平均寿命は12年短くなった。このウイルスは世界に広がり、各地で甚大な被害をもたらした。今、新たなパンデミックの中にある私たちが、100年前の人々から学ぶことはあるのだろうか?

100年前の第1波

1918年に大流行したインフルエンザは「スペインかぜ」の名でよく知られている。しかし、最初に感染爆発が報告されたのは、スペインではなく米国だった。

第一次世界大戦末期の1918年3月、米カンザス州フォートライリーの陸軍訓練基地で、ある兵士がインフルエンザのような症状を訴えて診療所を訪れた。ナショナル ジオグラフィック・ヒストリー・マガジンによると、それからわずか数時間で100人以上が同じような症状を訴えたという。

第一次世界大戦で多くの米国兵がヨーロッパの戦線へ派遣され、感染は瞬く間に全世界へと広がった。しかも、当時は報道規制がかけられ、欧米メディアは感染拡大について報道することを禁じられていた。ところが、中立国だったスペインではこうした報道規制がなかったので、新聞が盛んに感染拡大を報じたことから「スペインかぜ」と呼ばれるようになった。

 実は、最初の感染の波はそれほど深刻ではなかった。たいてい感染しても数日で回復し、医者の中には「インフルエンザなのか」を疑う声もあった。スペインのある通信社は、「エピデミックの特性を持つ奇妙な疾患がマドリードで発生。多くの場合症状は軽く、死亡例は報告されていない」と、ロンドンに書き送った記録も残る。

ところが事態は一変する。1918年9月、第1波よりもはるかに強力な第2波が襲ったからだ。このときは米マサチューセッツ州ボストン郊外にある陸軍訓練基地が発端になった。10月だけで、米国での死者数は、第一次世界大戦全体で死亡した米兵の数よりも多い19万5000人に達した。

歴史家のピート・デイビース氏は著書『The Devil's Flu』(悪魔のインフルエンザ)の中で、基地内の様子を次のように書いている。「肺の機能が停止し、酸素不足に陥った兵士たちの顔が、青、紫、そしてどす黒く変色していった。遺体安置室へと続く廊下には、遺体が丸太のように積み上げられていた」

第2波そして第3波へ

第2波の症状は、第1波とは異なっていた。第1波の時に見られた典型的なインフルエンザ様の症状に加え、鼻や腹部からの出血、麻痺と言った症状が報告された。さらに若者が多く犠牲となり、死者数が最も多かったのは20~40代だった。

全米で感染者数が増加するなか、感染拡大を防ぐための対応は自治体によって大きく異なっていた。セントルイスは、最初の感染例が報告されるとすぐに公共の集会を取りやめ、感染者を自宅に隔離した。

一方フィラデルフィアではパレードが開催され、およそ20万人の観客が集まった。パンデミックが終息する頃には、フィラデルフィアの人口10万人当たりの死者数は748人と、セントルイスの2倍以上を記録した。

1918年の年末までには、フィラデルフィアを含む多くの米国の都市が、ソーシャルディスタンス措置のおかげもあって、第2波の抑え込みに成功していた。ところが1919年1月、最後の波となる第3波が米国を襲った。

第2波ほどの勢いはなかったものの、今回も被害は深刻だった。人々は何カ月も続いた自宅待機にしびれを切らしていた。「再び制限を発令した都市は少なかった」と、歴史家のジョン・M・バリー氏は書いている。結局、1919年の春まで感染拡大と死者数の増加は続いた。

 第3波は、ちょうど第一次世界大戦終結の時期に重なり、パンデミックがその和平交渉に影響を与えたのではと考える歴史家もいる。1919年4月、講和条約の内容を協議するためパリを訪れていたウッドロウ・ウィルソン米大統領がインフルエンザに感染。大統領は緊張の緩和を望んでいたが、熱で弱っていたため、フランス首相の主張するより厳しい条件を受け入れてしまったという。

1918年9月から翌1919年6月までの間に、パンデミックは米国で実に67万5000人もの死者を出し、世界でも推定6000万~1億人がこの感染症で死亡したとされている(米国の数字は、人口サンプルが都市部の白人に大きく偏っていたため正確ではないという指摘もある)。

今の我々が学べること

あれから100年以上が経過し、世界はまた新たなパンデミックに揺れる。歴史家も科学者も、感染症と戦うには1918年のパンデミックから学ぶべきだと指摘する。特に、当時も採用されたソーシャルディスタンスやマスクと言った公衆衛生上の措置の重要性は、今も繰り返し語られる。

しかし、それも万能ではなく限界もある。米国立アレルギー感染症研究所所長のアンソニー・ファウチ氏と2人の高官は、2021年8月9日付で医学誌『American Journal of Public Health』に発表された論文で、次のように書いている。

「20世紀を振り返ってみると、『すべての戦争を終わらせるための戦争(第一次世界大戦のこと)』は、戦争を終わらせることができなかった。そして過去最悪のパンデミックも、パンデミックを終わらせることはできなかった。1世紀がたった今も、悲劇的な戦争は起こり、悲劇的なパンデミックが発生し、世界はいまだにこれらの問題と戦っている」

文=AMY MCKEEVER/写真=STEPHEN WILKES/訳=ルーバー荒井ハンナ(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2021年9月29日公開)

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン