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技術で日欧の懸け橋に 世界の知恵出し合う

欧州委員会研究・イノベーション総局局長 ジュリアン・ゲリエさん(人間発見)

欧州連合(EU)の執行機関、欧州委員会の研究・イノベーション総局で、研究開発の調整を担う局長を務めるジュリアン・ゲリエさん(51)。EUきっての日本通で日欧関係の深化に尽力してきた。10兆円超の研究開発支援の責任者の一人として「日本とEUの協力が今ほど求められていることはない」と意気込む。

新型コロナウイルスが昨年から猛威を振るっています。今は感染を抑え込んでいる国、そうでない国と、国や地域によって状況は異なりますが、パンデミックという経験は私たちに大きな教訓を与えてくれました。「いざというときの備え」です。政策立案・執行に身を置く私の立場からすれば、研究開発もその備えの大きな柱です。

2021年から、EUの新しい研究開発の支援枠組み「ホライズン・ヨーロッパ」が始まりました。27年までの7年間で955億ユーロ(約12兆7千億円)を投じます。前の期に比べ3割増えたのは、EUが研究開発を重視している表れです。

新しい枠組みは、EU域外の国が参加しやすくなるよう間口をぐっと広げます。これまでも日本など域外の企業や研究機関は個別事業に参加してきましたが、今後は事業の方向性などを決めるプログラムにも関与できるようになり、より重要な役割を担います。日本やカナダなどからも参加してもらい、世界の知恵で直面する課題に立ち向かっていきたいと思っています。

EUの新しい研究開発支援の仕組みでは、域外国が参加しやすいよう間口を広げた

新型コロナだけではありません。気候変動やデジタル分野など、世界が克服すべき問題は山積しています。世界を見渡せば、経済分野などでは中国などライバルとの競争は激しさを増し、研究開発の拡充は欠かせません。同じ価値観を持つEUと日本が協力できることは多い。

パリ郊外で生まれた。小学校には日本の2年生にあたる学年に飛び級で入った。

親からは特に勉強するよう言われたことはありません。小さい頃から勉強も運動も好きでした。4歳の頃には、外を歩いていて目に入ってくる文字を読みたいと思い、家族に「教えて」と聞いていました。母は家庭の事情で高校には行かず、15歳から働きました。当時は珍しいことではありませんが、向学心が強い人です。子供には不自由なく勉強に打ち込んでほしいという思いがあったのでしょう。

印象深かったのが、水泳教室です。4歳くらいだったと思いますが、泳げもしないのにいきなりプールに投げ込まれるんですね。コーチから差し出される長い棒につかまらないと溺れてしまいます。もう必死で、怖さなんて感じません。とりあえず何でもやってみよう、やれば何とかなるという考え方はこの頃身についたのかもしれません。

小さな頃は日本に関心はありませんでしたが、外国の人と接する機会は多かった。父がオーストリア企業のエンジニアで、様々な出身の人と父が話していたのを覚えています。いろんな言語が飛び交う環境にいるのは普通のことでした。

子供時代からおぼろげながら、将来は国際的な仕事をしたいとの思いがあった。

英語は5歳から学び始め、9歳の頃、ホームステイで英国に行きました。まだあまりしゃべれなかったので、ホストファミリーとうまくコミュニケーションがとれず、苦労したのを覚えています。父がオーストリア企業に勤務していたのでドイツ語に触れる機会も多く、様々な言語を学びました。

幼少のころから好奇心旺盛だった

今は国境を越えて多くの人と接します。職場ではフランス語に英語、ドイツ語やイタリア語も使います。日本人とは日本語で話します。プライベートでは旅行好きで、休みがあれば家族でよく出かけます。

高校卒業後は、フランスのエリートを養成する高等教育機関「グランゼコール」に入学する。選んだのは理数系の最高峰、エコール・ポリテクニーク(理工科学校)だった。

地元の小中学校から、パリの高校(リセ)に進みました。フランス全土からグランゼコールをめざす優秀な生徒が集まり、とても刺激になりました。先生は厳しかったですが、多くの友人を得ました。毎日午後11時ごろまで勉強しましたが、あまり苦しいと思いませんでした。天文学や哲学など印象深い授業もありました。

ポリテクニークを選んだのは好きだった理数系科目を中心に文系科目も幅広く学べたからです。数千人の受験者から約300人が合格しました。ポリテクニークでは1年間の軍事訓練期間がありました。勉強ばかりの人生だったので大きなショックでしたが、得がたい経験でした。飛行機やヘリコプターを撃墜する部隊のチーム長として北大西洋条約機構(NATO)などの軍隊と協力して訓練しました。人生の視野が広がりました。

日本と初めて出合ったのはグランゼコール時代。そこから日本との関係が始まる。

ポリテクニークに入った当時は日本のバブルの時代で、フランスでも日本語を学ぶブームがあったんです。ただ個人的には興味はわかず、イタリア語を学んでいました。

日本との初めての接点は、2つ目のグランゼコールとなる国立土木学校での経営学修士号(MBA)コースで、日本人の学生と知り合ったことです。日米の学生に「なぜヘッドホンステレオを使うのか」と同じ質問をしたことがあります。米国人学生は「自分が音楽を聴くのを邪魔されたくない」と言ったのに対して、日本人学生は「他人に迷惑をかけたくない」と答えました。日本人の考え方に感銘を受けたと同時に、自分の感覚にしっくりくると思いました。

MBAコースで日本を訪れるプログラムに参加しました。東京と京都の企業を見学する内容でしたが、成田空港に到着する時に衝撃を受けたのを覚えています。青い瓦屋根に田んぼが広がる風景。旅行が好きで、いろいろな世界を見てきた自負がありましたが「まったく違う世界に来た」とすべてが新しく感じられました。米国に行った時は抱かなかった感情です。確か22歳の頃です。

フランスの高等教育機関「グランゼコール」から仏設備・運輸省に入省する。

(グランゼコールの)エコール・ポリテクニーク(理工科学校)のモットーは「祖国のため、科学のため、栄光のため」。お金ではなく、社会のために働くことをよしとする風潮があります。公務員の人気は高く、私も社会に役立つ仕事をしたいと、公務員を志しました。私の時代は卒業する学生の3分の1は公務員になったと思います。

グランゼコール時代の軍事訓練で

設備・運輸省で働き始める前に、日本の建設業や政策を学ぶため日本に1年間派遣されました。日仏政府間の交換プログラムの一環です。茨城県のつくばの研究所で短期間学んだ後、新潟県にある日本の当時の建設省の事務所や建設会社で、寮に住み込みで生活しました。初めて外国人に会うような人ばかりの職場です。フランス語はもちろん英語も通じませんでしたが、多くの人が助けてくれました。

毎晩のように同僚と居酒屋やカラオケに繰り出しました。私も日本のことを知ろうと必死でしたし、何より楽しかった。フランスのことなど同じような質問ばかりなので、日本語の練習になるんですね。分からなかった言葉は後で辞書で調べて、次に似た質問をされたときは答えられるようにしました。カラオケで「いい日旅立ち」や演歌を日本語で歌っていたら、初めて会う人に驚かれていました。

日本で研修を重ねる間に「国際的な仕事を」との思いが強まっていく。

東京はフランスの新聞が数日遅れで手に入りましたが、インターネットもなく国際電話の通話料も高い。ほぼ「日本漬け」だったので、しっかり日本に向き合うことができ、深く知る糸口になりました。日本語だけでなく、独特の習慣や伝統文化も学べたのは大きかったです。

「日本人は機械のように働く」との思い込みがありましたが、実際は違いました。例えば日本は事務所の大部屋に机ごとの仕切りがありません。集中しづらく個人の生産性は下がりますが、チームの生産性は上がる。チームワークのあり方が独特だと感じました。

日本での体験もあり、国際的な仕事をしたいという思いを強くしました。国際通貨基金(IMF)も候補でしたが、フランスがかかわっている欧州連合(EU、当時は欧州共同体)が良いと感じました。日本から欧州をみれば、フランスもドイツもベルギーも大きく変わりません。EUの公務員として欧州統合に貢献したいと思いました。

結局、設備・運輸省では勤務することなく、欧州委員会で働き始めました。最初に入ったのは、産業政策を所管する部署です。もちろん日本と関係のある仕事を希望していましたが、はじめは東欧担当でした。ところがラッキーなことに日本の担当者が3カ月後に異動したのです。そこに滑り込めました。

喜んではみたものの、当時は欧州と日本の関係は簡単ではなかった。自動車部品や機械などの日本製品が欧州市場に流れ込む貿易不均衡の問題があったのです。この問題に取り組まねばなりませんでした。

欧州連合(EU)で働き始めてすぐ、日本と接点のある仕事に関われる幸運に恵まれる。ただ当時の日欧関係には逆風が吹いており、関係をどう改善させるかに腐心した。

将来にわたって日欧関係が円滑に進むには、相互理解が欠かせません。そのためには若い人の交流が重要と考えました。

欧州委員会や企業、日本の官民と話し合って、日欧の理工系学生が企業で研修する「ヴルカヌス・プログラム」を始めました。約25年前ですが、これまでに千人超が参加しています。ルノーや日産自動車キヤノンも学生を受けいれてくれました。

ヴルカヌス・プログラムの実務を担うのは1987年に設立された日欧産業協力センターです。欧州委員会に籍を置いたまま、同センターのブリュッセル事務所長として引き続き対日政策に関わりました。

そこで今も続く日EUのビジネスラウンドテーブルのてこ入れに動きました。産業界に日EU間に必要な政策を提言してもらう狙いです。

2002年に欧州委員会の貿易総局に移り、世界貿易機関(WTO)で通商交渉などを担当した後、再び日本の地を踏む。

貿易総局時代は、WTOのドーハ・ラウンド(多角的通商交渉)の交渉に関わりました。EUはこれが事実上崩壊するのを見越して、従来のWTO中心の貿易戦略を改め、自由貿易協定(FTA)など一部の国・地域との貿易協定の締結に動き出します。

EUにとっては一大転換でした。EUは当時、貿易はWTOを通じた多国間主義を重視し、FTAは途上国支援の政策ツールとして使っていたにすぎなかったからです。

そんな中、08年に産業協力センターの東京本部の専務理事として赴任します。当時は世界の金融危機のさなかでもありました。日本と欧州が同じ危機に直面し、社会や経済で似た問題を抱えていると感じていました。企業と話し合い、日本との貿易面でのつながりを強める必要があるとの結論に達しました。

日本とのかかわりを深めていった

日EUのビジネスラウンドテーブルが、日EU間の貿易協定が必要との提言を出しました。このとき日本との貿易協定を結ぶかどうかについてのEUの立場は定まっておらず、産業界の側から実現を促した格好になりました。これが19年に発効した日EUの経済連携協定(EPA)の出発点だったと思っています。

もうひとつ思い出深いのが、EUの研究開発の支援枠組みに日本企業の参加を後押ししたことです。これを機に、日本企業がEUの枠組みに参加する機会が少しずつ開かれ、日欧の協力が深まっていきます。私がいま所管している新しい枠組み「ホライズン・ヨーロッパ」につながっています。

産業協力センターの任期を終え、ブリュッセルに戻ったのが11年3月1日でした。その10日後に、日本を東日本大震災が襲いました。そのときの感情は言葉では言い表せませんが、ニュースを食い入るようにチェックしました。

2011年にブリュッセルに戻り、欧州連合(EU)の欧州委員会で、産業政策や予算、調整担当の部局を歩む。19年末発足のフォンデアライエン欧州委員長率いる欧州委員会で、研究・イノベーション総局の局長に。目下取り組むのが研究開発支援枠組み「ホライズン・ヨーロッパ」を軌道に乗せることだ。

研究開発が今まで以上に重要になると考え、今のポストに応募しました。例えばEUは「欧州グリーンディール」で、日本と同様に50年に域内の温暖化ガス排出を実質ゼロにする目標を掲げています。

再生可能エネルギーや省エネ技術などいろいろありますが、すでに実用化されている技術だけでは達成できず、新しい技術を確立する必要があります。50年まであと30年しかありません。今から研究開発を始めないと間に合いません。

デジタル政策や新型コロナウイルスのパンデミックをみても、研究開発が重要なのは言うまでもありません。日本などの技術を持つ国と、EUの官民が手を携えれば、今まで見えなかった解決策が見えてくるでしょう。経済・産業分野で中国などのライバルとの競争は激しくなっています。

EUの幹部となり、登壇することも多い

日本を知って約30年。日本流の手法を取り入れたこともあれば、日本の課題に思いを至らせることもある。

日本で学んだことのひとつに「根回し」があります。EUは27カ国の連合体。合意形成は簡単ではありません。欧州には根回しという習慣は必ずしも根付いていません。丁寧に意思統一を図る日本流の手法が役立っています。

もちろん、これは意思決定の遅さと隣り合わせです。決定までに時間がかかるのはデメリットですが、一旦決まれば皆がその目標に全力で向かう。フランスは決定は迅速かもしれませんが、全員がちゃんとついてくるかどうかは難しいですね。

日本の政府や企業と接していて、女性が少ないのが気がかりです。やはり経済や社会を良くしていく上では女性の視点は欠かせません。女性が一段と社会に進出すれば、よりよい日本になると思います。

新型コロナウイルス禍で、働き方も生活も激変した。

家にいることが多くなり、今は職場にほとんど行っていません。リモートワークで大抵の仕事ができるのはデジタル化が進んだおかげでしょう。外出制限のため、娯楽は家族と散歩か自宅で映画を見るぐらいです。日本映画では「万引き家族」を見ました。今は制限がありますが、世界を発見できる旅行は今後も続けていきたいですね。

具体的な予定はありませんが、日本でもまた働きたいと考えています。EUと日本のために、自分ができることはたくさんあると思います。個人的にもまだまだ日本を知りたいです。18年には茨城県での茶会に参加して、地元紙に載ったこともあります。「武士道」の研究もしてみたいんです。

(ブリュッセル支局長 竹内康雄)

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