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個人の自由か公共の利益か 米、学校でのマスク論争激化

ナショナル ジオグラフィック

2021年8月10日、米国フロリダ州のブロワード郡教育委員会の外で行われた抗議活動で、マスクの着用を訴える女性(左)に、マスクは不要だと説得を試みるマスク反対派の女性(右)。(PHOTOGRAPH BY AMY BETH BENNETT, SOUTH FLORIDA SUN-SENTINEL VIA AP)

新型コロナウイルスに感染して入院する子どもの数が過去最高を記録する中、米国のいくつかの州で学校でのマスク着用義務をめぐり激しい攻防が繰り広げられている。

米テキサス州に住む8歳のボビー・キャンベル君は、今年こそは学校で対面授業を受けたいと願っていた。しかし彼の願いは叶わないかもしれない。

「ボビーは去年、学校の科学の課題でマスクの効果について調べたので、新型コロナウイルスの感染拡大を抑制するには、マスクの着用が重要であることをよく知っているのです」。ボビーの母親で、テキサス州プラノで医師をしているカルメン・キャンベルさんは言う。「なので彼は今、なぜ学校はマスクの着用を徹底させようとしないのかと疑問に思っています」

テキサス州のグレッグ・アボット知事(共和党)は5月に行政命令を出し、学校を含むすべての公共の場におけるマスクの着用義務を禁止したが、州内の一部の学区はその命令に背いてマスクの着用を義務づけている。モデルナ社のワクチンの治験にも参加しているボビー君は、友人たちとともに、自分たちの学区でもマスクの着用を義務付けるよう、教育委員会に訴える動画を制作した。

テキサス州のほか、フロリダ州、オクラホマ州、アリゾナ州、サウスカロライナ州など、共和党の知事がいる各州でも状況は同じだ。8月に入ってから連日のように、マスク着用義務に関連した請願、抗議、提訴、教育委員会の会議、裁判所の命令などがあり、衝突は激化している。

法律や政治に関する多くの議論と同様、マスク着用義務をめぐる問題の核心は、個人の自由と公共の利益の対立にある。つまり、子どもにマスクなしで登校させることを望む保護者の権利は、死に至る可能性のある感染症から人々を守るために全員がマスクを着用することを望む生徒、教職員、家族の権利に優先するかどうかだ。

米カイザー・ファミリー財団(KFF)が11日に発表した調査結果によると、ワクチンを接種していない児童に、学校でのマスク着用を義務付けることを支持する保護者の割合は63%だが、この割合は支持政党によって明らかな差がある。マスク着用義務化を支持する保護者は、民主党支持者では88%、無党派層でも66%だが、共和党支持者ではわずか31%だった。

マスク着用義務化に反対する保護者の主張としては、マスクをしていれば感染しないと言える十分なデータがない、というもの以外にも、マスク着用によるニキビや、身体的な不快感、眼鏡が曇るなどのほか、相手の顔の下半分が見えないせいで心理的な問題が生じるおそれもあり、子どもにとって有害だというものもある。

状況を大きく変えたデルタ株

今、子どもたちの感染が増えているのは、デルタ株の感染力が強い上、子どもたちはワクチン接種を受けていないからだ、と米テキサス大学健康科学センターマクガバン医科大学院の小児感染症チーフで、チルドレンズ・メモリアル・ハーマン病院の内科医でもあるアンソニー・フローレス氏は言う。

「生後数カ月の赤ちゃんからティーンエイジャーまで、過去に見たことがないほど多くの子どもたちが重い呼吸器疾患にかかっています」とフローレス氏は言う。一方で、デルタ株が従来のウイルスよりも子どもにとって危険になっているのか、それとも全体の患者数が多いために重症化する子どもの人数が増えているのかは、まだわからないという。

また、病院に運ばれてくるのは重症化リスクの高い子どもたちだけではない。「基礎疾患のない子どもたちも入院しています」とフローレス氏は言う。「そのほとんどが完全に回復しますが、誰が合併症を発症するかは予測できません」

米国小児科学会の8月23日の発表によれば、19日までの1週間に子どもの新規感染者数は全米で18万人を超え、全体の2割以上になった(編注:子どもの年齢の範囲は算出に使われた各州の統計で異なる)。そのうち入院が必要となるのは2%未満だが、感染が急増すればその人数は増え、しかも通常は冬に流行するRSウイルス感染症の流行に対応している病院に、さらなる負担をかけることになる。

新学期が始まって、マスクを着用しないと感染率はさらに上昇するとみる研究結果もある。8月11日付けで査読前の論文を投稿するサーバー「medRxiv」に発表された研究では、マスクの着用や定期的な検査を要請しない一般的な小学校では、新学期が始まってから3カ月以内に全体の75%の生徒が新型コロナウイルスに感染するが、マスクの着用を徹底することで、感染者を少なくとも全体の50%まで減らせると予測された。また、マスクの着用に加えて定期的に検査と隔離を実施すれば、感染者を全体の22%まで減らすことができるという。

昨年度までは、学校で新型コロナウイルス感染が広がりやすいことを示す証拠はほとんど得られなかったのに対し、対面式の授業を行わない弊害を示す証拠が多く得られたため、新年度からは対面授業を行うよう米疾病対策センター(CDC)とAAPは推奨していた(編注:米国の新年度は9月から)。しかし、昨年度までの研究結果は、デルタ株が登場する前に行われたものだ。

オリジナルのウイルスより少なくとも2倍は広まりやすいと言われるデルタ株の流行が始まった後に、学校での流行を調べた研究は数少ない。だが、4月から6月の間にコロラド州メサ郡で行われた調査により、学校と介護施設でクラスターが発生しやすいことが8月13日付けでCDCの週報に発表されている。また、ノースカロライナ州の研究者が、昨年、学校でのマスクの着用により感染が減少したことを強く示唆する証拠について、米ニューヨーク・タイムズ紙に8月10日に詳しく寄稿した。

成人については、室内では常にマスクを着用することで新型コロナウイルスの感染を大幅に減らせることが明確に示されている。フローレス氏は、この証拠は大人だけでなく子どもにも当てはまると断言する。

児童や教員やその家族を守るための第一歩は、全員がワクチンを接種することだが、12歳未満の児童はまだワクチン接種を受けられないため、ワクチン以外の対応が必要だと氏は言う。なお、米国小児科学会は食品医薬品局(FDA)に対して、臨床試験で蓄積されたデータに基づき、12歳未満の子どもに対する新型コロナワクチンの認可を早めるように要請している。

保護者・学校・自治体と州政府が対立

現在、少なくとも5つの州で訴訟が行われている。テキサス州では、いくつかの郡や学区がアボット知事の命令に反してマスク着用を要求した。当初、テキサス州最高裁判所はアボット知事によるマスク義務化禁止令を支持したが、保護者が提起した一連の訴訟の1つにより、アボット知事のマスク義務化禁止令は差し止められ、学校でのマスク着用義務は今のところ維持されている。

訴訟以外にも州内の対立は激化しており、オースティン近郊では保護者が教師のマスクを引き剥がすという事件が起きている一方で、いくつかの学区では、マスクの着用を服装規定に追加することでアボット知事の命令を回避しようとしている。

学校でのマスク着用義務をめぐる対立には党派的な色合いが濃い。共和党の知事や議会は、公衆衛生当局による新型コロナウイルス対策の実施を制限する方向に動いている。一方、学校でのマスクの着用を義務付けている14の州の知事はすべて民主党だ。また、マスクの着用義務を最も支持している保護者は黒人(83%)とヒスパニック系(76%)であり、新型コロナウイルスの感染・入院・死亡リスクが最も高い人々でもある。

バイデン政権は各州の教育政策に対してほとんど影響力を持たないが、ミゲル・カルドナ教育長官は8月中旬にフロリダ州のデサンティス知事とテキサス州のアボット知事に書簡を送り、マスク着用の義務化を拒んだことを非難した。

医師の襲撃事件も発生

テキサス州は、親が自分の子どもにマスクを着用させるかどうかを選択する権利は、ほかの親が自分の子どもの健康について抱く懸念よりも重要であると主張している。

アボット知事の広報担当のナン・トルソン氏はナショナル ジオグラフィックのメールでの取材に対し、「アボット知事は、『マスクの着用を義務付ける時期は終わった。今は各人が自己責任のもとで行動する時期だ』と明言しています」とコメントした。

「テキサス州民は、自分自身や大切な人を新型コロナウイルスから守るための安全な方法を学び、身につけているので、連邦政府に教えてもらう必要はありません。親には、自分の子の人生に関する様々な決定と同様に、マスクを着用させるかどうかを決める権利があります」

この主張の問題点は、たとえ室内にいるほかの人々がマスクをしていなくても、マスクを着用していればその人自身は自らの感染を適切に防げるという仮定にある。症状がなければマスクをする必要はないと言う人は、感染者が発症する前からウイルスを排出しはじめ、他人に感染させる可能性がある点を考慮していない、とフローレス氏は批判する。

それでも、公立学校の生徒を含むすべての人に、マスクを着用しない自由があるという主張は、学校でのマスク着用義務化に反対する少数派の親たちを煽り、テネシー州教育委員会の会議で発言した医師が襲撃されるという事件さえ発生した。

広報担当のトルソン氏はアボット知事の取り組みについて、すべての人々を守るためにワクチン接種を受けるように州民に働きかけていると説明する。さらにそれぞれの学区では、少人数でのグループ学習や、「校舎、教職員、生徒の衛生管理の強化」など、前年度の安全対策の多くが継続されるという。また、免疫力が低下している子どもにはバーチャル学習という選択肢があるというが、希望するすべての児童がそうした方法で学べるわけではない。

ある母親は言う。「私の娘はまれな遺伝病をもっていて、新型コロナに感染すれば死に至るおそれがあります。アボット知事は、娘のような基礎疾患のある子どもたちの死亡証明書に署名しているのです。彼は、何千人もの子どもとその家族の命を守ることができる、シンプルな布を拒絶しているのです」

文=Tara Haelle/訳=三枝小夜子 (ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2021年9月1日公開)

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