囲碁王座戦、井山2連覇か余の初タイトルか 21日開幕

井山裕太王座 変化恐れず試行錯誤

昨年のタイトル戦は、王座戦も含めてフルセットばかりの中で、結果を残せました。ギリギリの戦いで集中力を保ち、チャンスをものにできるか。自分自身の状態を測るバロメーターでもあります。王座を奪還し、いい形で一年を締めくくれました。
今年に入って、棋聖戦では挑戦者の一力遼さんにリードを許し、最終局まで持ち込んだものの敗れました。それでも、その後の気持ちの切り替えはうまくいきました。同じく一力さんを相手に本因坊戦、碁聖戦といずれもストレートで計7連勝。特に本因坊戦は七大タイトル戦では史上最多となる11連覇を達成できました。苦しい局面も多かっただけに、よくできたなというのが率直な感想です。
挑戦者の余正麒さんとは同じ関西を拠点とする棋士として、研究会をともに開く仲です。昨年から勝ちっぷりがすさまじく、いまが一番いい状態なのでは。持ち前の瞬発力やパンチ力は警戒すべきだと思います。戦いで妥協するタイプではないので余さんとは激しい碁になることも多かったですが、このところ形勢判断に明るくバランス感覚も磨かれている。五番勝負はどんな碁になるか、なんとも言えませんが、自分なりの手を表現したいですね。
初挑戦で王座を獲得したのは60期で、ちょうど10年がたちました。調子がいいときも悪いときも、その時々でベストを尽くしてきました。10年間で大きく変化したのは囲碁AI(人工知能)の登場で、私も序盤の研究に使っています。ただ一度実戦で使った手は相手に研究されてしまう。結局、盤上での決断力が大事なのでしょう。10年前の自分に勝てるかは正直、分かりませんが、いまが完成形とは思っていません。変化を恐れずに試行錯誤を続けたいです。
余正麒八段 精神面強く、借りは返す

本戦トーナメントは、どちらが勝ってもおかしくない碁ばかりでした。特に挑戦者決定戦の相手である芝野虎丸九段は、あまり勝った記憶がありませんでした。その大一番の直前に、仲の良い伊田篤史九段が天元戦で一力遼棋聖を破って挑戦を決めました。年下の令和三羽がらす(一力棋聖、許家元十段、芝野九段の3人の実力者)に対抗心はあまりないですが、自分も頑張らなくてはと刺激になりました。
その挑戦者決定戦。形勢が悪いと思っても性急な勝負手を打たず、じっとチャンスを待ったのが良かったのでしょう。最後は地合いで優勢になり、会心の譜と言っていい出来になりました。
この一年は、棋聖S、名人、本因坊の三大リーグすべてに在籍し、本因坊のタイトル挑戦まであと一歩に迫りました。強敵を相手に結果を残せたと思います。3~4月に挑戦した十段戦の五番勝負では許十段に3連敗で敗れたものの、タイトル戦の緊張にも慣れてメンタル面が鍛えられました。それでも負けてしまうのは自分の実力不足にほかなりません。技術を磨いていくだけ。そんな気持ちで盤面に臨んでいます。
井山王座と王座戦の舞台で打つのはとても楽しみです。対局するたびに多くの学びがあります。タイトル戦では16年の王座戦、17年の十段戦でいずれも敗れました。当時は実力の差がかなりありましたが、自分も前よりは成長していると思います。
自分の強みといっても、ぱっと思いつきませんが、戦いの碁は好きです。布石で悪くならないように注意して、勝負を中盤以降に持ち込めばチャンスはあるはず。リベンジしたいとずっと思ってきた相手なので、前回よりもいい戦いをしたいです。
関西勢の活躍目立つ

挑戦権を獲得した余八段をはじめ、関西棋院の棋士の活躍が目立った。佐田七段は挑戦者争いの軸と目されていた一力棋聖を初戦で破った。瀬戸八段は最終予選で「令和三羽がらす」の一角、許十段を下し本戦入り。ベスト4に進んだ。
その瀬戸八段を破ったのが、前期まで王座だった芝野九段だ。リベンジマッチがかかる芝野九段か、念願の初タイトルを目指す余八段か。挑戦者決定戦では一時芝野九段が優勢に立ちながらも、辛抱強い打ち回しで余八段が逆転勝ち。初めて七大タイトルに挑んだ2016年に続き、2度目の王座挑戦を決めた。
展望を聞く 新スタイル模索の井山、バランス良くなった余
五番勝負の展望を、一力遼棋聖(25)と瀬戸大樹八段(38)に聞いた。

――余が挑戦者に名乗りを上げました。
一力 今年、余は十段戦の挑戦手合いなど大事な対局で結果を出せなかったが、王座戦ではその悔しさをバネに勝ち進むことができた。印象的だったのは芝野九段との挑戦者決定戦。中盤戦、激しい戦いになりそうな局面で余はあっさり矛を収め、手厚く打ってリードを守り切った。判断力の高さを感じた。
瀬戸 もともと余は乱戦の碁が得意で、じっくりした長期戦を苦手にしていた印象があるが、最近はバランスの良さが加わってきている。王座戦以外では負け数も多いが、相手はタイトルホルダーなどのトップ棋士ばかり。碁の内容は安定している。
――一方の井山の調子をどう見ていますか。
一力 このところ他棋戦の成績は今一つだが、調子自体は悪くない印象だ。以前は最強手を追求するイメージだったが、今年の名人戦第3局のように、先に地を取り、攻めさせてシノぐ展開になることが多く、新しいスタイルを模索している感じがする。

瀬戸 井山は言うまでもなく絶対的王者。年々、すごみを増している印象で、好不調の波も少ない。少し調子が悪そうなときは、がらりと打ち方を変えることもあり、百戦錬磨の風格を感じる。
――どんな碁になるか。
瀬戸 両者の対局は必ずと言っていいほど激しい戦いになる。互いに相手の注文を外して戦うスタイルなので、今回も激戦は必至だ。
一力 直近の直接対決(棋聖戦Sリーグ)では、最終的に井山が制したものの、形勢が二転三転する激戦となった。五番勝負も途中どこかで戦いが起きそうだ。余が仕掛けて、井山がそれを受けて立つような展開を予想している。
――勝負のポイントは。
一力 井山はこのところ持ち時間3時間の碁が少なく、どう適応するかがポイントだろう。対戦成績は井山が13勝4敗と大きく勝ち越しているが、余は挑戦者決定戦で大の苦手だった芝野を下したのが自信になっているはずで、過去の戦績はあてにならない。
瀬戸 両者は村川大介九段と佐田篤史七段を加えた4人でこの2年ほど、定期的に対局中心の研究会を開いていると聞いている。お互いの手の内を知り尽くしているはずだ。
注目しているのは、やはり時間の使い方。お互い秒読みになってから勝負を分けるポイントの場面が出てくると思われ、そこでどちらが上回れるか。
――勝敗予想を。
瀬戸 最近の活躍ぶりから余は「最も七大タイトルに近い棋士」と言われながら、紙一重のところで届いていない。6年前の王座初挑戦から心技体とも大きく成長しており、本人のタイトル獲得にかける思いも強い。3年前の村川十段以来の関西棋院タイトルホルダーへの期待も込めて、3勝2敗で余の奪取と予想する。
一力 何度もタイトル戦に出ている井山の経験値は侮りがたい。余も6年前のように簡単に負けないだろうが、タイトル戦に向けた調整に関して一日の長がある井山がフルセットで防衛するとみている。
=文中敬称略
