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EU、脱炭素と脱ロシア依存を両立できるか

Earth新潮流 三井物産戦略研究所シニア研究フェロー 本郷尚氏

NIKKEI BUSINESS DAILY 日経産業新聞日経産業新聞 Earth新潮流

2月24日のロシアのウクライナ侵攻から約100日。戦争は続き、経済にも暗く影を落としている。国境を接する欧州連合(EU)諸国への影響は大きい。国際通貨基金(IMF)は4月の世界経済見通しで2022年のEUの成長率を2.9%と、1月の見通しから1.1%下方修正した。エネルギー価格上昇などから4月の物価上昇は7.4%になった。世界の脱炭素政策の先頭を走るEUだが、気候変動政策を維持できるのか注目されている。

EUでも直ちに脱化石燃料を実現できるわけではない。国際エネルギー機関(IEA)の2度シナリオでも、30年のエネルギー需要の半分が化石燃料だ。戦争前、ロシアからは石油の26%、天然ガスの41%、石炭の47%を輸入していた。ロシアの資金源を断つため、石油輸入を禁止することを決めるなど輸入を減らしているが、エネルギーが不足しては生活も経済も成り立たない。

バイオガスや水素代替

5月3日、EUの教育・研究機関の欧州大学院が主催する会議があった。IEAのファティ・ビロル事務局長は、夏のガソリンと冬の暖房用の天然ガスに分けてエネルギー不足への処方箋を示した。ガソリン不足は米国や日本などの石油備蓄の放出で、暖房用の天然ガスは夏場の液化天然ガス(LNG)輸入・地下備蓄で当面は乗り切れるとしている。

5月18日、EUは新しいエネルギー戦略「REPowerEU」で中長期の対策を示した。対策の第一は即効性が高い省エネ、第二はエネルギー源の多様化だ。LNG活用では天然ガスの調達先を分散する。バイオガスや水素の輸入で代替する。

第三の柱が電力だ。屋根置き型太陽光発電などで発電能力を増強し、再生可能エネルギーの比率を30年に45%に引き上げる。需要面では暖房用ヒートポンプなど電力への切り替えも進める。原子力発電は国次第としており、ベルギーやオランダは原発の稼働を延長する方向だ。

EUは脱炭素化により、ロシア依存の脱却と気候変動を同時に達成できるとしている。しかし、不安材料がないわけではない。

排出量価格は高水準

大量の屋根置き型太陽光発電の需要を満たすには、生産設備の能力引き上げが必要だ。太陽光発電のパネルや風力発電用発電機、省エネ機器に必要なレアアース資源は、21年のCOP26や22年5月のG7気候・エネルギー・環境大臣会合でも指摘されたように人権問題のリスクがある。

重要物資の調達先が一部の国に集中するのもリスクだ。ニッケルはロシアが世界貿易で17%を供給し、レアアース類の生産は中国が世界の60%を占めている。

排出量取引価格も気になる。21年来の上昇で侵攻直前には1トンあたり96ユーロまで上昇していた。経済影響懸念などから侵攻後は58ユーロ台まで下げたが、現在は85ユーロまで回復した。石炭火力からの排出増などから高水準、あるいは上昇が見込まれている。

産業界はエネルギー価格と排出権価格上昇による産業競争力低下を懸念している。フランスの燃料税引き上げに伴う18年のイエローベスト運動のように、市民からの反発があるかもしれない。EUは国際競争力維持のため、国境調整税の導入や、排出枠の売却収入を使った社会的弱者への対策を示している。

最大の懸念は経済動向だろう。05年の京都議定書発効後に各国で排出規制強化に動いたが、09年の金融危機で取り組みが減速した例もある。

日本の脱炭素に影響

ロシアのウクライナ侵攻は、日本の脱炭素戦略にも影響を与えそうだ。EUはLNG輸入を増やすが、供給はすぐに増やせない。一方先のG7会合では削減対策なしの化石燃料への投資を警戒している。日本にとって重要なエネルギーとなったLNGの確保に不安がないとはいえない。

世界が分断化する可能性を考えれば、重要物資の調達が一部の国に集中することは避けるべきだ。天然ガスの脱炭素化の道筋も求められる。想定外の変化にも柔軟に対応できるように、複数の技術やエネルギーの分散投資と調達先を多様にする戦略が必要になるだろう。

国際競争力維持が重要なのは日本も同じだ。EUの切り札は国境調整税の導入だ。当初の対象品は鉄鋼やセメントなど5品目に限られるが、いずれ品目は拡大し、日本も影響を受ける。仕組みは公平な競争条件の確保に役立つ。

だが難しいのは、日本にもEU並みの明示的なカーボンプライスを求められていることだ。そこで注目したいのが、ドイツがG7で提案した気候クラブだ。最低限のカーボンプライスを条件としており、受け入れ可能な国から参加する。EU、それに米国など大きな輸入市場を持つ国が協調すれば効果は大きい。日本が不利にならない仕組みを作るチャンスかもしれない。

「想定外」は起こりうる。しかし、脱炭素の流れは変わらない。政府だけでなく、企業も想定外の事態への対応を考えるべきだろう。

[日経産業新聞2022年6月3日付]

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