欧州の電力大手エネル、電動モビリティーへ積極投資

イタリアのエネルは売上高で世界屈指の電力会社だ。世界各地で化石燃料から持続可能なエネルギーによる発電への移行が進むなか、戦略的な買収や出資、提携を通じて持続可能な市場に進出している。
例えば、EVの充電網を拡充するために他の電力会社や自動車メーカーと提携し、EV充電市場のリーダーになっている。さらに、EV充電の決済を円滑化するため、フィンテック企業の買収や提携も進めている。
CBインサイツのデータを活用し、エネルの最近の買収、出資、提携から5つの重要戦略をまとめた。この5つの分野でのエネルとのビジネス関係に基づき、企業を分類した。
・EV充電
・決済
・電動モビリティー
・グリッドストレージ(送電網内での蓄電)
・水素

EV充電
エネルはすでに家庭用EV充電装置「エネルX・ジュースボックス」でEV充電市場のリーダーになっている。EV充電の新たな分野にも手を広げ、全体の電力需給に応じて充電スピードを調整する「スマート充電」やEVをエネルギーインフラとして活用する「V2G(ビークル・ツー・グリッド)」技術などの新しいサービスを手掛けている。
最近では自動車メーカー数社との提携を発表している。2021年だけでも英ジャガー・ランドローバー(JLR)、仏ルノー、独フォルクスワーゲン(VW)とEV充電インフラで提携した。
ルノーとの提携では、ルノーのEV購入者を対象にした家庭用EV充電システム「ルノー・Eチャージ・ホーム」の提供を開始した。
ローマにあるエネルの店舗「エネルXストア」でもEVを充電できる。VWと共同開発したこの店舗には急速充電(HPC)スタンド4台が設置されており、EVを20分でフル充電できるほか、VWの最新のEVを試乗できるエリアもある。店内ではエネルXの家庭用省エネ製品を試せる。
イタリア国外では米企業と提携し、家庭用や一般用のEV充電オプションを拡充している。21年7月には米エネルギー管理スタートアップ、バーチャルピーカー(Virtual Peaker)と提携し、米ワシントン州スノホミッシュ郡と米マサチューセッツ州で顧客に家庭用EV充電・エネルギー管理システムを提供している。
22年にはマサチューセッツ州の高速道路の休憩施設にEV充電器を設置するため、英送電大手ナショナル・グリッドと組んで周辺の送電網を改修した。
決済
大手電力会社がフィンテックサービスを重要分野とみなすのは意外に思えるかもしれない。
だが、エネルのフランチェスコ・スタラーチェ最高経営責任者(CEO)によると、デジタル決済による電気料金の支払いは増えており、EV充電の決済の円滑化により同社のEV充電事業の成長を支えられるという。
そこでデジタル決済分野での存在感を高めるため、フィンテック企業との提携や買収を積極的に進めている。
まずは21年8月、イタリア版ETC(自動料金収受システム)を手掛けるテレパスと提携した。これによりエネルのEV充電スタンドでテレパスの決済アプリ「テレパスペイ」を使えるようになり、アプリ利用者はなじみのデジタル決済サービスで充電料金を支払えるようになった。
さらに、22年にはイタリアのタイヤ大手ピレリとも提携した。これに伴いピレリの顧客向けサービス「ピレリケア」の機能が強化され、エネルの充電スタンドの所在地を地図で示し、アプリで充電の予約や決済が可能になった。
エネルは他社との提携だけでなく、自社事業にも決済を直接組み込んでいる。
21年12月にはイタリアの大手銀行インテーザ・サンパオロと共同でデジタル決済のムーニー(Mooney)を買収すると発表した。この取引ではエネルは自社の金融サービス事業をムーニーに売却し、ムーニーの株式50%を保有する。
電動モビリティー
運輸は世界で最も温暖化ガス排出量が多い部門の一つだ。車とトラックが運輸部門の排出量の半分以上を占めている。
エネルはEV充電スタンドの提供に加え、他社と提携して新たな電動モビリティーを開発している。
例えば、20年10月にはマイクロモビリティーの米ヘルビズ(Helbiz)と組み、エネルの再生可能エネルギーを動力源とする電動キックボードや電動スクーターなどのマイクロモビリティーをイタリアの各都市で提供した。こうしたマイクロモビリティーは車に代わる移動手段になる。
公共交通機関も車に代わる移動手段であり、電動化すれば二酸化炭素(CO2)排出量の大幅な削減を果たせる。エネルは22年、EVメーカーの英アライバル(Arrival)と提携し、イタリアで排出量ゼロの電動バスを実証実験すると発表した。
商用車ではイタリアの商用車メーカー、イベコと提携し、電動のバンなどや大型トラック、バスを開発している。エネルはこの提携でイベコの商用車の脱炭素化を支援する一方、スマート充電やV2Gテックなど最先端の送配電サービスの開発にも取り組んでいる。
グリッドストレージ(送電網内での蓄電)
エネルは自社の送電網を脱炭素化して管理する必要性もあり、エネルギー管理サービスを活用した送配電網の脱炭素化で市場をリードしている。他社との提携を通じて系統用蓄電池を手掛け、エネルギー管理サービスを強化している。
グリッドストレージは電池に蓄えられたクリーンエネルギーを送電網に供給し、需要のピーク時の送配電を安定化する。屋上太陽光発電など分散型エネルギー源(DER)とともに、化石燃料による発電を補い、CO2排出量の削減につながる「仮想発電所(VPP)」を構成する。
エネルは21年10月、台湾でVPPを構築するために台湾の電動スクーターメーカー、ゴゴロ(Gogoro)と提携した。ゴゴロは電動スクーターなど電動モビリティーの電池交換サービスを手掛ける。ゴゴロの電池交換ステーションをエネルが系統用蓄電池として集約し、電力消費量のピーク時には送電網に電力を供給する。
エネルは車載電池の「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」を構築し、系統用蓄電池のサステナビリティー(持続可能性)も高めている。21年11月には無線通信のインフラ整備などを手掛けるイタリアのインフラストラクチャー・ワイヤレス・イタリアン(INWIT)、22年3月には日産自動車と提携し、寿命を迎えた車載電池を系統用蓄電池のプロジェクトで再利用している。
水素
エネルは化石燃料に依存している産業の脱炭素化に向け、再生エネ由来の「グリーン水素」プロジェクトの開発にも取り組んでいる。他社との提携によりこの動きを進めている。
例えば、エネル傘下のエネル・グリーン・パワーは21年2月、イタリアの鉄道会社FNMと共同で鉄道向けのグリーン水素プロジェクトに乗り出すと発表した。「H2IseO」と呼ぶこのプロジェクトでは、グリーン水素の生成施設の建設や、ディーゼル列車の水素駆動への転換に取り組み、イタリアのロンバルディア州に「水素バレー」をつくる。
エネル・グリーン・パワーはその直後、サルデーニャ島で産業用グリーン水素プロジェクトを開発することでイタリアのエネルギー企業サラスと覚書を結んだ。このプロジェクトでは、同島カリャリにあるサラスの精製工場でグリーン水素を原料として使う。
エネル・グリーン・パワーは港湾や海上輸送向けのグリーン水素プロジェクトにも目を向けている。21年8月には港湾の関連産業や船の動力源に使うグリーン水素施設を開発するため、イタリアの造船大手フィンカンティエリと提携した。
その他
エネルは5つの重要戦略に加え、光ファイバーや資源関連でも注目すべき提携をしている。
光ファイバー:エネルは事業多角化の一環として光ファイバー企業に出資している。特に中南米での通信事業を電力事業の補完と位置付けている。
エネルは18年と21年に中南米の光ファイバー大手ユフィネット(Ufinet、スペイン)に出資した。さらに、イタリアのブロードバンド事業者オープン・ファイバーが21年11月に他社に買収されるまで、同社の経営権を握っていた。
資源関連:エネルはサステナビリティーの推進をEV以外にも拡大するため、車載電池のサプライチェーン(供給網)強化に取り組んでいる。エネル・グリーン・パワーは22年7月、オーストラリアの資源開発会社バルカン・エナジー・リソーシズとイタリアにあるリチウム採掘プロジェクトの開発で提携した。