日本製EV電池に迫る欧州危機 供給網の抜本改革なるか

電気自動車(EV)の心臓部である車載電池で、国産品が欧州市場から締め出されかねない危機を迎えている。欧州が2023年ごろから段階的に導入する新規制で、電池のライフサイクルでみた二酸化炭素(CO2)排出量の削減を求められるためだ。トヨタ自動車・パナソニック連合の電池会社や豊田通商は東京大学とタッグを組み、低炭素かつ低コストでリサイクルもしやすい「グリーン電池」の開発を目指す。
「欧州の環境規制にもしっかり対応していかねばならない」。パナソニックの社内カンパニーの1つで、日本最大のEV電池メーカーであるエナジー社の渡辺庄一郎副社長は1月26日、東京・駒場の東京大学生産技術研究所で今回の産学連携の取り組みを発表した後、記者団に協定の狙いをこう語った。
同社のほか、豊田通商、トヨタ自動車とパナソニックが共同出資する電池会社のプライムプラネットエナジー&ソリューションズ(PPES)、東大生産研の4者がEV電池の技術開発で包括的な産学連携研究協力協定を結んだ。南米などでの資源採掘も含めて電池のサプライチェーン(供給網)を丸ごと改革するという壮大な絵を描く。
各社の拠出金額は非公表ながら、国際競争を勝ち抜くために「十分な資金規模を確保している」(東大生産研の岡部徹所長)という。

具体的には、資源である鉱石を採掘・精鉱する段階から電池の製造工程を見直し、使用済み電池のリサイクル技術も抜本的に変える。EV市場が本格的に立ち上がる2025年をめどに新技術を確立させ、主要部材である正極材の生産とリサイクルの際に排出される二酸化炭素(CO2)をそれぞれ従来比5割減らす。電池業界の他の取り組みも合わせて30年には業界全体で8割減を見込む。
欧州の「電池規則」に危機感
背中を押したのは欧州の動きだ。欧州はEV産業の主導権を握るため、環境規制のルールメーキングを強力に推し進める。日本メーカーが強いハイブリッド車(HV)を含むエンジン車の新車販売の規制に動く一方、EVを巡っては欧州連合(EU)の行政執行機関である欧州委員会が新たな「電池規則」の導入を進める。
24年7月以降、第三者の検証機関が証明した電池の「カーボンフットプリント」(CO2総排出量)を提出しないと、EU域内ではその電池やそれを搭載したEVも流通できなくなる見通しだ。さらに、排出量が一定以上の電池の流通を制限。30年をめどに一定以上のリサイクル材の使用も義務付ける方針だ。
結果として、再生可能エネルギーの導入で先行する欧州域内で電池を製造することが有利になる。地球温暖化への対策と同時に、EVの心臓部である電池に関連する域内産業を保護・強化する狙いがある。自由貿易を阻害する政策だとしても「環境という大義名分を掲げているので、他国が反対しづらい」(大手電池メーカー)。
日本勢が手をこまぬいていると、欧州市場で日本製の電池やそれを搭載したEVが売れなくなる事態になりかねない。この危機感が産学連携を後押しした。
日本の弱みは火力発電への依存度が高く、電池や素材の製造段階で多くのCO2を出してしまう点だ。「電池にリサイクル材を用いる技術でも、現状は欧州が優位」(技術系コンサルタント)とされる。日本の電池産業が勝ち残るには、メーカーや商社、アカデミアが技術と経験のすべてを持ち寄る必要がある。
例えばニッケルは採掘から精鉱・精錬などを経てリチウムイオン電池の正極材となるまで、平均12カ月ものリードタイムを要する。「これまで主用途だったステンレス生産用に工程がつくられており、電池用に最適化されていない」(PPESの好田博昭社長)。このため、資源開発をよく知る豊田通商を巻き込んだ。全工程の大幅な短縮を目指す。
リサイクル「5割」の壁
国内のリサイクルの動向に目を移すと、EV向けで主力のリチウムイオン電池は壁にぶち当たっていた。パナソニックなどが加盟する電池関連の業界団体JBRCによると、国内の再資源化率は17年度から50%台前半で頭打ちになっている。

一方、トヨタ「プリウス」の一部車種などHVで使われているニッケル水素電池だと、77%が再資源化されている(いずれも重量ベース)。豊田通商の片山昌治金属本部最高執行責任者(COO)は「リチウムイオン電池は再処理するコストより、含んでいる資源価値のほうが安いので採算が合わない」と明かす。
再処理で特に障害になっているのが、リチウムイオン電池の正極材に用いられるニッケルだという。現在は使用済み電池を前処理で燃やし、得られた物質を溶かして精錬し、これを結晶化させてから再び焼いて正極材を作る。鉱山からニッケルを採掘する際と同じように工程が多く、コストがかかる上、CO2も大量に出してしまう。今回はこのプロセスの短縮も図る。
東大生産研の岡部氏は「リサイクル市場が成立する前から、再資源化比率を求めるような欧州の方針もやり過ぎだ」と率直に語る。ただ、近い将来に日本の産業界が劣後するわけにもいかない。岡部氏は「日本は世界に冠たる精錬大国」と強調し、川上から川下までの電池改革を描く。

一方、課題も多い。ある産業アナリストは「電池の回収率を考えるなら、自動車メーカーもこの提携に加えるべきだ」と指摘する。新車を売る段階から消費者への訴求が必要との見立てだ。例えばパナソニックはアジアの電動二輪車向け電池でホンダと提携している。こうした大手自動車メーカーを引っ張ってくる戦略も欠かせないという。
世界の電動車市場(HVを含む)は今後10年で5倍の3000万台規模に拡大すると見込まれるが、電池の再処理費用を誰が負担するかも問題になる。日本が強みを発揮してきた電池と自動車という2つの市場で主導権争いが激しくなる中、脱炭素を錦の御旗とするゲームチェンジを勝ち残れるか。日本の産学が培ってきた技術力が試される。
(日経ビジネス 小太刀久雄、吉岡陽)
[日経ビジネス電子版 2022年1月28日の記事を再構成]
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