/

米国の粉ミルクショック 価格高騰で「国家の危機」

日経ビジネス電子版

「7番レジに行けばあるわよ」。ニューヨーク州マンハッタンから車で30分ほどの場所にあるニュージャージー州のウォルマート。5月下旬に店舗に行くと、乳児を抱えた母親が粉ミルク商品のある場所をこう教えてくれた。

米国で粉ミルクが欠品する事態が数カ月にわたり続いている。この店舗では1人が購入できる個数を制限し、商品をレジ店員の背後に置いて厳重に管理していた。しかも、記者が訪問した日は1歳以上の幼児用しかなかった。「1歳未満の乳児用は入荷がなく、入ったとしても一瞬で売り切れる」(店員)

オイルショックならぬ「粉ミルクショック」──。2月下旬、米国市場の半分弱を供給するアボット・ラボラトリーズが工場の衛生管理について米食品医薬品局(FDA)から指摘された。同社が商品リコールと工場閉鎖に踏み切ると、消費者が一気に購入に走り店頭から商品が消えた。

価格もみるみる高騰。地元メディアによると、2019年に1オンス当たり9~32セント(約11~41円)だった価格は22年1~5月に54セント~1ドル15セントにまで上昇している。乳児1人の年間消費量で5000~1万500ドルになる計算だ。

バイデン政権も認める緊急事態

事態を重く見たバイデン政権は5月18日に「国防生産法」を発動し、企業に対して粉ミルク製造に必要な材料を優先的に生産するよう命じた。国防生産法といえば、トランプ前政権が新型コロナウイルスの感染急拡大でマスクなど防護具の生産を自動車メーカーなどに命じて注目を浴びた。バイデン大統領が粉ミルク不足を「国家の危機」と位置づけるのは、扱いを誤れば米経済に甚大な影響を及ぼすとの認識があるからだ。

米国のインフレはこの数カ月で急速に進行している。3月の消費者物価指数(CPI)の上昇率は約40年ぶりの高水準となる8.5%を記録し、4月も8.3%となった。

粉ミルクは「別次元のインフレ」の象徴だ。従来は、穀物などの食品や家具、金属材料など輸入に頼る物品が中心だった。それに対し粉ミルクは一部の材料を除けば基本的に米国内で生産されている。内容物の規制が厳しく輸入が簡単ではないからだ。

国産品にもインフレの影響が及び始めた背景には、世界的な供給網の混乱で原材料価格が上がっていることに加え、人手不足による人件費高騰とガソリン価格上昇による輸送費の増大がある。人手と輸送は米国内のすべての産業に必要不可欠であるため、インフレが各方面に飛び火しているのだ。米経済誌フォーブスによると、例えばベーコンの価格は20年3月に比べて1ポンド当たり2ドル上がり、牛乳の価格もこの2年間で17%上昇した。

もう一つ、別次元のインフレの象徴が先に触れたガソリン価格の急騰だ。ウクライナ戦争を機に、例えばニューヨークでは史上最高額の1ガロン(約4リットル)平均4.31ドルを超え、マンハッタンのスタンドで5月26日現在、6ドル40セント(レギュラー)だ。温暖化対策が厳しいカリフォルニア州では6ドル台後半を推移する。

冒頭のウォルマートの店舗訪問で使用したウーバーテクノロジーズの運転手によると、同社はドライバー離れを防ぐためガソリン購入時に特定の店舗で値引きを受けられる制度を導入し始めた。「コロナが落ち着き観光客が戻ってきている。(制度が)ないよりマシだが価格高騰分をカバーするほどではなく厳しい」(運転手)。ちなみに同社はガソリン価格をサービス料に反映させるサーチャージ制度を3月に導入済みだ。

供給網混乱の解決も遠く

消費者や取引先へのコスト増の転嫁にも限界があるため、企業業績への影響も目立ち始めている。生活必需品を扱うため都市封鎖時の閉店を免れ、「コロナの勝ち組」とされてきたウォルマートやターゲットも、5月初旬に発表した決算で利益率が市場予測を下回った。ウーバーやリフトなどの配車大手も、コロナ規制緩和で需要が拡大したにも関わらず赤字が続く。

米連邦準備理事会(FRB)は5月初旬、0.5%の利上げに踏み切った。7月まで同等の利上げを実施する見通しだが、このまま企業の苦戦が続けば景気を一気に冷やす「オーバーキル」を招きかねない。バイデン氏が国家の危機とみるのも無理はない。

利上げに頼らずインフレを緩和するには供給網混乱の解決が何より重要だが、その糸口も一向に見えない。従来は米西海岸でコンテナ船の滞留が指摘されてきたが、現在は都市封鎖が続く上海沖に100を超えるコンテナ船が滞留しており「もぐらたたき」の様相だ。ニューヨーク連銀が5月中旬に発表した4月のグローバル・サプライチェーン・プレッシャー・インデックス(輸送コスト増など供給網への圧力を見る指数)も4カ月ぶりに上昇した。

5月20日、機関投資家が運用指標とするS&P500種株価指数が約20年ぶりとなる弱気相場(ベアマーケット)に一時突入した。株式市場の好調ぶりは、インフレ禍でも消費者の購買意欲が落ちないとみる証左でもあったが、その牙城も崩れ始めている。インフレに即効薬はないだけに、「米国発世界不況」のシナリオも現実味を帯びてきた。

(日経BPニューヨーク支局長 池松由香)

[日経ビジネス電子版 2022年5月27日の記事を再構成]

日経ビジネス電子版

週刊経済誌「日経ビジネス」と「日経ビジネス電子版」の記事をスマートフォン、タブレット、パソコンでお読みいただけます。日経読者なら割引料金でご利用いただけます。

詳細・お申し込みはこちら

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

日経ビジネス

企業経営・経済・社会の「今」を深掘りし、時代の一歩先を見通す「日経ビジネス電子版」より、厳選記事をピックアップしてお届けする。月曜日から金曜日まで平日の毎日配信。

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

セレクション

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン