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テスラ株売却のパナソニック、「買い物上手」になれるか

ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

パナソニックはテスラ株売却後も提携関係を続けるとしている=ロイター

4月に米ソフトウエア大手ブルーヨンダーを8000億円近くで買収すると発表したパナソニックが、今度は保有していた米電気自動車(EV)大手テスラ株を約4000億円で売却しました。こうした動きについて、グロービス経営大学院の嶋田毅教授が「アンゾフのマトリクス」「範囲の経済性」の観点で解説します。

【解説のポイント】
・ソフト企業へと大きく転換したいパナソニックにとってM&Aは合理性がある
・出資や提携先企業の見極めではスキルを持つ人材ネットワークの構築が課題

縮小均衡から拡大路線に

パナソニックは2022年4月、8つの事業会社を従える持ち株会社に移行します。6月下旬にパナソニック社長に就任した楠見雄規氏は各事業におけるキャッシュ創出力の強化を当面の目標として掲げています。潤沢なキャッシュをM&A(合併・買収)などに振り向け、成長を果たすという戦略です。

振り返ると、12年から最近まで社長を務めた津賀一宏氏率いるパナソニックは縮小均衡モードでした。売上高8兆円の壁をなかなか超えられず、ここ2年は新型コロナウイルス禍の影響などもあって減収減益が続きました。ついに売上高は7兆円を切り、株価も18年の直近のピーク時には及びません。時価総額は長年のライバルであるソニーの4分の1程度に沈んでいます。

テスラの工場を訪れイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)㊧と並ぶ津賀氏(17年、米ネバダ州)

13年のプラズマテレビからの撤退や、20年の液晶・半導体からの撤退など、かつて肝煎りで開始した大型事業からの撤退のニュースもしばしば聞きました。

ただ、上場企業である以上、成長は必須です。どんな市場であってもいつかは衰退します。既存の事業でしっかり稼ぎながら、常に新たなキャッシュの源泉を見いだし続けることが上場企業の宿命です。津賀氏からバトンを受けた楠見氏にとっては、ここ数年の縮小均衡モードからいかに拡大モードに移せるかが喫緊の課題なのです。

ソフト企業になれるのか

パナソニックが成長への意欲を見せたのが、サプライチェーン(供給網)の効率化で実績が豊富なブルーヨンダーの買収です。おそらく今後も積極的にM&Aを仕掛けるものと思われます。

テスラ株の売却はこれからの資金需要に備えるためだとみることができるでしょう。株価は割高感もあり当初の160倍程度という好タイミングですし、業務提携は続くということですので、ディールとしては高く評価できます。最初にテスラと取引を始めたのはパナソニックが吸収した旧三洋電機でしたが、財務的リターンだけを見ればこの10年で最も賢い投資だったともいえそうです。

テスラと取引を始めたのは旧三洋電機だった(英国のテスラ販売店)=ロイター

では、パナソニックは成長の方向性として何を見据えるのでしょうか。筆頭候補とされるのが「ソフト」です。ブルーヨンダー買収はまさにそれを実現したものです。いまや製造業であってもサービスやIT(情報技術)、エンターテインメントの要素で付加価値を高めたり差異化したりするのは常識で、パナソニックもそれを志向しています。

アンゾフのマトリクスでいえば、右上の新製品開発、さらに場合によっては右下の多角化への成長です。

ただ、ハードからソフトへの移行は言うのは簡単ですが実行するのは容易ではありません。求められるスキルやマインドセット、人材なども大きく異なってくるからです。ソニーなどはそこで成功したからこそ近年の好業績を維持できたとも言え、一朝一夕に実現したものではなく、1990年代頃からソフトに一気に注力したからこその結果です。CBSレコードやコロンビア・ピクチャーズ・エンターテインメントとのPMI(買収後の統合作業)には本当に苦労したようですが、そこで苦労し続けたことが今日につながっています。

よく知られるように、パナソニックも同時期にソフト路線を進めたことがあります。象徴的な例が90年に米映画大手MCAを、くしくもブルーヨンダーとほぼ同額の7800億円で買収したケースです。しかしこれは大失敗で、全くコントロールが効かず、すぐに売却せざるを得なくなりました。米放送局CBSの買収話などもあったようですが、これらも結局すべて却下しました。こうしてソフト化路線は中途半端になってしまったのです。

M&Aに見る意気込み

楠見社長はブルーヨンダー買収にあたり「ビジネスを『専鋭化』するためには必須だった」と述べています。競争が厳しくスピードが求められるこの分野では、買収で時間を買うことが必須だったという見解でしょう。

ここでM&Aという手法について少し考えてみましょう。買収側のM&Aのメリットとデメリットは一般的に図のようになります。

うまくいけば時間を買うことのできるM&Aですが、デメリットも多いものです。特に海外企業の買収は、瑕疵(かし)の可能性なども含め情報を取りにくいうえに、企業文化や国民性の差異によるPMIの難しさがあります。さらには物理的な距離によるコントロールの難しさなどが加わり、多くの日本企業が苦汁を飲まされてきました。日本電産のように独自の資産査定(デューデリジェンス)やPMIの手法でM&Aを高い確度で成功させている企業もありますが、そうしたケースはむしろ例外です。

それでもM&Aをあえて選んだという点に、パナソニックの意気込みがうかがえます。実は、先に触れたアンゾフのマトリクスでは、新製品開発や多角化の場合、範囲の経済性(シナジー、相乗効果)が弱いケースでは、M&Aを用いると成功確率が高まることが示唆されています。言い換えれば、ノウハウや技術力のないビジネスを社内で一から構築するのは難しく、買収するほうが効率的なケースが多いということです。

BtoB(企業向けビジネス)のソフトではまだ実績の少ないパナソニックがリスクを冒してでもM&Aという道を選んだことにはそれなりの合理性があるのです。

「買収下手」脱却、人材もカギ

ソフトビジネスを志向するパナソニックは今後もM&Aを活用するでしょう。スピードの速いビジネスシーンにおいてはM&Aが必須という場面が増えるからです。ただ、パナソニックではMCAのほか、三洋電機の買収もあまりうまくいったとされておらず「買収下手」というありがたくない評価も受けてきました。ブルーヨンダー買収のニュースが流れたとたんに株価が大きく下げたのは、そうした市場の見方も少なからず影響したと言えます。

だからと言って「あつものに懲りてなますを吹く」かのようにM&Aを避けるのは賢明ではないでしょう。デューデリジェンスやPMIなどM&Aに関するスキルを組織として高め、スピーディーかつ賢くビジネスを拡大することが求められているのです。

楠見社長はキャッシュ創出力の強化を目標に掲げる

さらに言えば、テスラのような新興企業と提携したり、時には買収したりするケースも増えるでしょう。大企業とは組織文化が大きく異なるため、難易度はますます増します。技術などのポテンシャルを見極めるのも難しいです。どれだけ筋のいいビジネスモデルを打ち出していても、実績のある大企業とは異なり「賭け」の要素が増します

ただ、賭けと言っても「賢い賭け」と「愚かな賭け」では全く意味が異なります。賭けである以上、うまくいかない案件は一定の確率で生じます。そのうえでいかに「あれは賢い賭けだった」と言える案件を増やせるかが問われます

目利きのスキルは社内だけで育つものではありません。パナソニックの企業力を生かして、そうしたスキルを持つ人材を採用する。あるいは良質の人的ネットワークを世界レベルで構築し、良い情報を得るなどして「買い物上手」へと変身することも、楠見社長の課題と言えそうです。

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修

「アンゾフのマトリクス」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/5dd9c070 (「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)

ビジネススキルをもっと学びたい方はこちら

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