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甘利氏に聞く経済安保と規制 企業が対応求められる理由

日経ビジネス電子版
経済安全保障に基づく企業活動への規制や産業政策が各国で台頭し始めた。日本はいかなる方向に進むのか。自民党の前幹事長で経済安全保障推進本部の本部長を務める甘利明衆院議員に聞いた。

――なぜ安全保障の中に、経済も含まれるようになったのでしょうか。

「国家の責務というのは、独立を確保して国民の生命、財産を守るということです。従来の発想だと、そういった措置はいわゆるフィジカルな安全保障が担当してきました。ところが国民の生命、財産、そして国家の独立を守ることに経済が直接または間接的に関わらざるを得ない時代になってきた。つまり経済が攻める武器にもなれば、守らなければならない安全保障上のウイークポイント、チョークポイント(脆弱性)にもなりかねないということが、具体的事実として徐々に見えてきました」

「顕著な例は、国民、国家の安全保障には本来直結しないはずのコモディティーとしての医療用製品ですね。マスク、手袋、医療用のガウンなどは供給が途絶えると医療崩壊になってしまいます。昔から重要と考えられてきた医薬品、ワクチンなどとは異なる普通の品目でも、大変な事態になると(新型コロナウイルスの流行によって)実感しました」

「国民の生活や国家の運営に関わっている品物のサプライチェーン(供給網)を確認すると、意外なところにチョークポイントがあると発見できます。従来なら機微な技術の取り扱いや研究開発などは国家に関わる一方、コモディティーは民間に任せておけばいいとの考え方もあったと思います。もちろん民間に任せるのですが、供給上のリスクについて対処法を用意しておく必要があるのです」

「そこでサプライチェーンを洗い出し、例えばリスクのある国への依存、あるいは1つの国にほとんど依存している構造が見えてくるとします。そこの国で悪意がなくとも何かの事故で供給が止まったら、こちらにも影響が出ると分かるわけですね」

「そのような可視化されたチョークポイントを克服する必要があります。サプライチェーンをもっと多元化するとか、少なくとも政治的リスクがあるところには依存しないとか、あるいはある程度は自国内で供給ができるようにするとか。もしくは備蓄をしっかり整えるといった施策です」

「一方、経済が武器になることもありますね。一番分かりやすいのはレアアース(希土類)やレアメタル(希少金属)で、産出国は世界に偏在しています。日本にはそうした天から与えられたような経済的な武器はありませんが、代わりに世界が依存するような技術力、日本がいないと困るという、交渉力・外交力になる力を持つことも経済上の『不可欠性』につながります。その技術を持っていることは(国際的な衝突の)抑止力として働くわけですね。だから経済は国家の脆弱性にもなれば、強靱(きょうじん)性にもなります」

「現在、そういった視点が求められているのです。経済は民間に全部お任せして国が豊かになる、国民が幸せになるというだけではありません。国家の存続に関わる部分があるという視点を持ち込んだわけです」

――2022年に成立した経済安全保障推進法に基づき、まず半導体や肥料原料など11品目が特定重要物資として指定されました。一方、自民党としては「重要な一歩ではあるが、全てを網羅したものではない」と、さらなる対応を模索しています。

「指定された重要物資については、民間企業自身が脆弱性をチェックします。その克服についてコストが掛かってできない部分があるとしたら、国が手伝うことになっています」

「また、国家を運営していくのに必要不可欠なインフラも国営ではなく、民間が大動脈を担っているのです。電力、エネルギー、情報通信、金融の決済システムなど、こうしたものが遮断された場合に大混乱が生じる危険性があります。外的な損傷が出るような事態だけでなく、内側から崩壊するリスクにも着目せねばなりません。つまりインフラに使っていた製品に仕掛けがしてあったということは避けないといけません」

「インフラ改修の仕事を委託するのにその事業者を調べたら、実質的に丸ごと外国資本だったというケースもあり得ます。修復したつもりが何か仕掛けられていないかなど、チェックが必要です。今まで政府自身の至らぬ点やカバーすべき点などの強化をしてきましたが、完全に政府の手を離れた民間事業者に関しても、ある種の規制を取っていかないとならないでしょう」

――企業にとっては窮屈に感じないでしょうか。

「こうしたリスクは企業の存続にも関わります。国のために仕方なくやるというより、前提として重要なことです。例えば、ある製品を輸出している企業が、その企業のサイバーセキュリティーの体制が脆弱で、知らないうちにサイバーアタックを受けて製品にマルウエアが仕掛けられていたり、あるいは下請けから部品を調達したときにバックドアが仕掛けられていたり。それをチェックできない企業というのは、納入先から『あなたの会社のサイバーセキュリティーの状況は極めて不安です』と判断されます。あなたの納入製品に不安があります、だから契約できませんと言われかねない世の中に変わってきています」

「従来なら企業経営において、経済安全保障という視点は持ち込まなくとも成り立ちました。現在はバランスシートや損益計算書から財務指標を分析し、素晴らしい点が取れていたとしても、サイバーセキュリティーが不合格点だったら会社は倒産のリスクにさえ直面します。ですから経営リスクとして経済安全保障を捉えていただく必要があるのです」

――今後、セキュリティー・クリアランス制度もどのような内容で導入されるのか注目が集まっています。

「高度な技術は、その国にとっての『不可欠性』となります。そして高度な技術であればあるほど、研究開発チームの人間がスパイではないことが大事です。これから国をまたぐ会社同士、もしくは国同士が研究開発していく際、情報漏洩は最大のリスクになるからです」

「そこで外国、例えば米国の企業が『うちの研究者は、国家の制度に準じてセキュリティー・クリアランスを証明できます。情報は漏れません』と。そして『一緒に研究するあなたの会社はどうなっていますか』と日本企業に尋ねたとします。『うちはそういった制度はないので、信頼してもらうしかありません』と回答したとして、本当に共同の研究開発がスムーズに進むでしょうか。そもそも制度の存在しない日本の企業とは組めないという流れになれば、ここでもデカップリング(分断)が起きてしまいます。相手国と全く同等にはできないとしても、いかにその制度を取り入れていくかは非常に重要な課題です」

「既に特定秘密保護法により、国家の特定秘密に関わる官民の人間には、同法が要求するセキュリティー・クリアランスの資格は必要です。これは欧米、特に(英米など英語圏5カ国で構成する)『ファイブ・アイズ』のレベルからすれば、まだまだ低い水準ですが、少なくとも日本にセキュリティー・クリアランスの要素を取り入れた最初のものです」

「その際、誤解に基づく不信によるデモが起きました。国家が個人の秘密について洗いざらい裸にして調べるとか、関係者が話しているだけで捕まるといった誤解です。そうした事実と異なる噂が拡散されて苦労したのですが、そのようなことは一度も生じていません」

「今度のセキュリティー・クリアランスというのは、ファイブ・アイズの基準とは同等にならないにしても、日本の同盟国や同志国が『そこそこ安心』と認めるような仕組みにしなければなりません。その内容について国民の理解を得ながら作っていかないと、日本の企業も日本国も、残念ながらデカップリングされるという危険性はあると思いますね」

――経済安保に関する制度では、外為法も19年に大きく改正しました。

「外為法改正では、(外資による株式取得について届け出が必要となる)基準を大きく引き下げました。従来の(持ち株比率)10%から1%へと厳格化したのですが、多くの非難も受けました。投資を国際的に集めることにマイナスに働くとか、投資家にとって非常に難しい判断を迫られることになると。しかし、単にポートフォリオ内で日本企業に出資している場合と、別の戦略や意図で経営権を担おうと出資しているケースとの違いはしっかり見ると政府から説明しました。市場の不安はなくなったと思います」

「むしろ日本企業への様々な資本投下を通じて、いかに政治的影響力を持つかとか、仕掛けをしていくかというリスクが拡大してきました。そこは、投資の自由化と制約について折り合いを付けることはできると思うのです。米国のように投資案件に疑義が生じたら、さかのぼって(投資そのものを)引き揚げさせることまで可能な仕組みがあれば便利ですよ。ただ、日本はそこまでできません。投資の安定性も考慮しており、『なかったことにしてくれ』というのはなかなか大変です」

「そこまではできないにしても、経済安全保障上の機微な時代に入り、一段とナーバスな対応は求められます。そこで支えていかねばならない企業には、資本注入ができるような仕組みも含めてツールを備え、健全な投資家に不安を起こさせないことが重要です。そして経済安全保障上のリスクを回避し、折り合いは付けられると思います。国際標準からかけ離れて日本が投資規制をするということではありません」

――上場企業についてそうした投資とチェックのバランスが問われた一方、非上場の多い中小企業の技術流出についても経済産業省が警戒しています。

「私が(経済財政・再生相として)環太平洋経済連携協定(TPP)を何としても成功させたいと思ったのは、関税もテーマではありましたが、とりわけルール設定を重視していたからです。価値観を共有している国同士が貿易、投資、技術移転などのルールをきちんと整えて、それらを共有したいと考えていました。それを日米で主導して世界標準にしたいというのは、関税と同等以上に価値があると思っています」

「米国の上下両院議員に対して私は、日本と米国で作った市場アクセス、投資、知財のルールを国際標準にする重要性があるじゃないかと。そこが一番大きいTPPの意義なのだとずいぶん申し上げた。多くの議員がその通りだと言ってくれましたね」

「そうしたルールに基づかず中小企業が技術移転を強要された場合、結果がどうなるか。地方の経済産業局を中心に、実例として教えていくことが大事です。技術を吸い取ったら、あとは要りませんということで追い出されるわけです。これが技術移転要求の末路ですから、一時はいいかもしれないけれど、結局損するよということですね」

――エネルギー安全保障も、経済安保の中で重要な一角です。特に電力はどのように確保するのでしょうか。

「とにかく無資源国ですから、その状況で資源としてカウントできる原発が重要です。もちろん再生可能エネルギーというのは自主エネルギーにはなりますが、定格出力を安定的にずっと出し続けることを考えねばなりません。温暖化につながらず、その上でコストが安く出力も安定した電源というのは原子力しかないわけですね」

「原子力の不安である『安全』ということに対して、新しい原発は信頼度が高くなっています。だからリプレース(新設備への建て替え)というのは、より安全にするための措置です。古い型式のものから、最新のものに置き換えるのです。ここで廃棄措置には時間がかかるので、古い原発を止めつつ、別の近所の敷地に立てることになります」

「日本は電線が大陸とつながっているわけでもなく、特に資源に恵まれているところでもありません。フラクチュエーション(変動)の大きな太陽光や風力で大量に賄おうとすると平準化コストが掛かりますから、ベースロードとして一定の比率を原子力が担う必要があります。もし100%を太陽光と風力にして、そのフラクチュエーションをバッテリーで埋めて定格出力にしたらどのぐらい費用がかかるかを調べたら、数百兆円でした」

――食料安全保障についても、自給率が先進国最低の日本は課題だらけの状況です。

「昔、自由貿易が全て善と考えられていたような頃、通商産業省(現経済産業省)にこう質問したのです。食料安全保障というのは、自由貿易ごりごりの視点から考えたらどういうことを意味するのかと。そうしたら『日本の農家がよその国の広大な面積で耕作し、日本への輸出専用として投資する。それも広義での自給率じゃないですか』という答えが返ってきました」

「確かに、例えば日本よりもコストが2分の1のところでつくるのは一見すると経済合理性があります。しかし、本当に食料危機になったときには国家が輸出を止めるのではないでしょうか。自分の国の国民がひもじい思いで飢えていくのに、『これは日本用ですから』などと続けてはくれないのではと議論しました。食料安全保障というのは、いかなるときにも調達ができるということです。よその国で日本資本がつくってというのは、本当の意味での食料安全保障じゃないでしょうと」

「日本国内で、カロリーベースで計算した最低限のもの、生存の維持に必要なものはやはりしっかりつくっていかなきゃならないと思います。もし海外からの供給が途絶えたとしても最低限、国民を養えるという部分の国内確保が必要です。その上で次にリスクが低いのは、政治的安定性の高い国、日本との価値観を共有する国。つまり同盟国、同志国からの輸入です。最後にコスト優位性で考え、政治的に難しい地域からの輸入は、仮にリスクが顕在化したとしても支障がない程度にするという順番でしょう。これもポートフォリオですね」

[日経ビジネス電子版 2023年1月27日の記事を再構成]

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