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戦時下の素材高 EVシフトの自動車業界に影

日経ビジネス電子版

ロシアによるウクライナ侵攻でロシアが主要生産国である資源の価格が上昇し、自動車産業にも影を落としている。顕著なのがニッケルで、電気自動車(EV)の基幹部品であるバッテリーの原価に上昇圧力がかかっている。自動車メーカーのEVシフトの目算が狂いかねず、各社はコストの吸収や代替技術の開発などを迫られる。

「テスラとスペースXは原材料価格と物流のインフレ圧力に直面している」。電気自動車(EV)大手、米テスラのイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)は3月14日、ツイッターにこう書き込んだ。翌15日、テスラが「モデル3」など主要な製品を最大10%値上げしたことが米メディアの報道で明らかになった。前の週にも価格を引き上げており、2週連続の大幅な値上げとなった。

同じ日に中国でも、EV大手の比亜迪(BYD)が乗用車の価格を3000元(約5万6000円)~6000元引き上げると発表した。遠く離れた米国と中国の有力EVメーカーがほぼ同時に値上げしたことは、世界中の自動車メーカーが原材料価格の高騰に直面していることを映し出す。

ロシアのウクライナ侵攻によって、新型コロナウイルス禍からの回復局面で進んでいた原材料価格の上昇に一段と拍車がかかった。特に目立つのが、ロシア企業への依存度が高いとされる、EVのバッテリーの正極材に使われるニッケルの高騰だ。

20年末の3倍近くに急騰

2020年末に1トン当たり約1万6500ドル(約200万円)だったニッケルはウクライナ侵攻後に急騰。3月前半には20年末の3倍近い4万8000ドルに達した。米S&Pグローバル・プラッツで金属価格を専門とするスコット・ヤーハム氏は「バッテリーコストは一貫して下がってきていたが、ニッケルなどの価格が混乱すれば(コストを)押し上げる圧力となる」と話す。

その後、反落したものの、QUICK・ファクトセットによると3月25日時点で1トン当たり3万5550ドルと、なお20年末の2倍以上の高値で推移している。

バッテリーはEVの原価の3割を占めるとされる基幹部品だ。この価格が上昇すると、自動車各社が描いてきたEV事業の収益見通し、ひいてはEV戦略の大枠にも影響が及びかねない。各社は原材料高を企業努力で吸収するか、自動車の価格に転嫁するかの判断を迫られる。

政府による補助金がEV市場の成長を支えてきた中国──。スタートアップから大手企業まで多様なメーカーが群雄割拠の市場を形成し、1台当たり50万円前後という格安EVも「地方の足」などとして販売を伸ばしてきた。だが企業によっては原材料高で経営に大きなインパクトを受けるところも出てきそうだ。

VWは規模の力でコストを吸収

「大手メーカーは量産効果で材料高を吸収できるが、小規模メーカーは今後、(生き残りは)厳しいものになるだろう」。みずほ銀行法人推進部の湯進主任研究員は指摘する。原材料高を吸収する余地が少ない企業は、やがて競争力を失い、存亡の淵に追いやられるという見立てだ。

規模で勝る大手ほど有利な局面であることは間違いないだろう。

トヨタ自動車と自動車業界のトップの座を争う独フォルクスワーゲン(VW)は、今のところEVシフトを減速させる気はないようだ。グループCEOのヘルベルト・ディース氏は3月15日に開いた21年の決算会見で「(原材料価格の高騰は)生産の規模で補う。EVを強化する方針は変わらない」と言明した。

CFO(最高財務責任者)のアルノ・アントリッツ氏もEV事業について「規模拡大、(現在はエンジン車を下回る)利益率の向上、そして旺盛な需要を見込める」と自信を示した。パラジウムの供給不安によってエンジン車も値上がりすると指摘。EVとエンジン車の競争関係に大きな変化はないとの見方を示した。

そのVWとEV事業で提携する米フォード・モーターは3月14日、欧州で24年までに商用車を含む新たなEV7車種を売り出し、26年までに欧州でEV60万台の販売を目指すと発表した。韓国SKイノベーションなどと合弁で、トルコの首都アンカラ近郊にバッテリー工場を新設する。

メーカー側のEVシフトへの積極姿勢は衰えていない。消費者はどう動くのか。実際のところ、燃料価格や電気料金が今後どうなるかも消費者の選択に響くため、今の時点で明確な方向性を導くのは難しい。

今こそイノベーションで勝負

確かなのは、イノベーションで逆境を跳ね返せるメーカーは優位に立つということだ。1970年代の2度の石油ショックでは、低燃費の小型車を武器に日本メーカーが海外市場で飛躍。デイビッド・ハルバースタムは著書『覇者の驕り~自動車・男たちの産業史』で、「日本との戦いは勝てる見込みはないように思え(中略)アメリカの自動車会社は、つぎつぎに日本の会社との提携関係に踏み切(った)」と、当時の自動車業界の競争環境の変化を書いている。

足元の原材料高を受け、ニッケルの利用を抑えた電池の開発など技術開発は各国で進む。こうした新たなバッテリーを契機に、競争の勢力図が変わるかもしれない。

一方、今回のウクライナ侵攻は世界に広がる調達網の見直しや各社の事業戦略の変更を自動車産業に迫るのは間違いない。冷戦後の自由貿易の拡大を追い風に、より安い国・地域へと調達網を広げてきたが、今後は地政学リスクにこれまで以上に神経を使う必要が出てきている。

VWの決算会見では、同社の中国販売比率が4割近いことを受け、「台湾有事といった不測の事態を想定したとき、中国依存度の高さをどう考えるのか」といった質問も飛んだ。ディース氏は「中国も国際貿易に大きく依存し、欧米に国境を開いておくことが中国のためになる。(台湾侵攻といった)行動を真剣に考えるとは思わない」と述べるにとどめた。

ある日系自動車メーカーの幹部は「CASE(つながる車、自動運転、シェアリング、電動化)による変革の時代といわれてきたが、地政学リスクも考えなければいけない不確実な時代に入った」と話す。自動車業界は複雑に絡み合った方程式を解かなければならない。

(日経ビジネス 大西綾)

[日経ビジネス電子版 2022年3月30日の記事を再構成]

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