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三菱と三井が財閥越えて艦艇事業死守 苦境の防衛産業

日経ビジネス電子版

10月上旬、三菱・三井という財閥を越えたタッグが静かに出航した。防衛産業では久々の大型再編だ。三菱重工業三井E&Sホールディングス(HD)の艦艇・官公庁船事業買収を完了し、営業を開始した。冷戦以降、世界では防衛産業の再編が進んできたが、日本ではほとんど進まなかった。弱体化する防衛産業の苦境を前に、国内防衛最大手の三菱重工業がようやく重い腰を上げた。

「こんなど田舎に三菱が来てくれてうれしいという人もおれば、三井の100年の歴史が途絶えた、と悲しむ人もいる」。旧三井造船のお膝元、岡山県玉野市を走るタクシーの運転手は今回の三井による艦艇事業の売却について率直にこう話す。

1917年に旧三井物産造船部として生まれた三井造船の創業の地である玉野は地元に多くの協力工場を抱え、艦艇と商船を建造してきた。毎年夏には三井E&Sの名前を冠した夏祭りが開催され、従業員の憩いの場である地元ホテルの入浴施設の券売機には、通常より安く入浴できる「三井E&S労働組合」の専用ボタンがあるほどだ。

三井買収後、初の進水

2021年10月8日、三菱重工業傘下の三菱重工マリタイムシステムズ(岡山県玉野市)の造船所から1隻の船が進水した。フェラーリも手掛けた日本人デザイナー、奥山清行氏がデザインした神戸大学の練習船だ。実はこの船、三菱重工が三井E&SHDの艦艇等の事業を買収してから初の進水となる象徴的な船だった。

三井の造船所の門には右に旧来の三井の、左に三菱重工の真新しいロゴが取り付けられ、ポールには三井・三菱双方の旗がはためく。1970年代に設置された、地上100メートル近くあるとみられる巨大なキリンのようなクレーン群は、最近になって取り付けられたスリーダイヤのロゴだけが真新しい。

「両社のいいところを融合すれば、質も上がって技術シナジーも発揮できる」。三菱重工マリタイムシステムズの調枝和則社長はこう力を込める。同じ艦艇でも護衛艦が強い三菱に対して、三井は音響測定艦など特殊船が強い。三菱と三井の造船所では抱えられる従業員も昔より減った。艦艇を建造する三菱・長崎と三井・玉野が一体運営できれば「生産能力が足りず受注を逃す場面も減らせる」(三井E&SHD幹部)。

財閥を越えた統合で艦艇メーカーは3社に

日本には、水上艦と潜水艦を合わせた艦艇のメーカーとして三菱重工、三井E&SHD、ジャパンマリンユナイテッド(JMU、横浜市)、川崎重工業の4社がある。特に水上艦を手掛ける三菱、三井、JMUの3社は、国内造船2位で多くの従業員を抱えるJMU側が「稼働の確保が最優先だ」(幹部)として赤字で受注するなど、し烈な競争を繰り広げてきた。今回の防衛事業統合により3社となり、各社が必要以上に競争にさらされる頻度は減る。

艦艇の新造船シェアは、三菱重工のトップは変わらないものの、49%から54%に上昇し、艦艇の修繕シェアでは29%から35%に高まる。

艦艇の新造船のシェアだけではない。両社が防衛事業で培った省人化・自動化の技術を活用した無人機開発で「デュアルユース」にも取り組む。

今後、三菱・三井連合は海上自衛隊向けに、デジタル技術を活用した故障予知や予防保全などの運航支援も強化する。三菱重工は長崎、玉野、横浜に造船所や修繕機能を持っており、佐世保や呉、舞鶴、横須賀には海上自衛隊の基地がある。各地のデータを共有することで最も効率よく修理できるようにする。修理中に見つけたデータを活用することで新造船の改良につなげることも可能だ。

三菱と三井。財閥を越えた提携は「禁じ手」のようにも見えるが、実は両社の協業関係は1990年代後半からあった。潜水艦救難艦「ちはや」や地球深部探査船「ちきゅう」では、互いに建造支援などで協業してきた。2018年以降は防衛省として初めてとなる「企画提案方式」といわれる、価格だけではなく提案力含めて競う方式を通じて「くまの」新型護衛艦(FFM)など三菱重工が受注する船8隻のうち2隻を三井E&SHDが建造した。

今回の買収も、陸海空から宇宙までトータルの事業領域を持つ三菱重工側が、積極的に交渉に動いたもようだ。内情を知る電機メーカーOBは「1990年代から関係があったが想定よりも(再編に)時間がかかったという印象だ」と話す。それだけ足元の危機感が強かったということだろう。

「多くの企業が一丁かみしている状況って本当にばからしい。情報漏洩などのリスクも高い。縦も横も集約すべきだ」(三菱重工幹部)として、三菱重工側が積極的に動いたもようだ。

一方の三井側。「数年に1度しか受注がなく、商船事業が厳しい中で継続するのは難しかった」。日本の商船の受注残は2020年度、約20年ぶりの低水準に沈み、足元でも鋼材などコスト高に悩まされる。

韓国や中国などとの競争の激化で、大型船建造ラッシュに沸いた1960年代に新設された三井E&SHDの千葉工場(千葉県市原市)は、20年度中に商船事業から撤退した。現場では千葉工場の工場長らが地元企業と交渉し、希望退職していく従業員らの転職を支援した。

20年12月、同工場の最終船の進水の日。調達を担当する若手女性社員はスマートフォンで最終船の姿を写真に収めると「辞めていった同僚も多い。最後と思うと寂しい」とポツリとこぼした。

沈みゆく商船事業と艦艇事業だが、海に囲まれた島国で造船業そのものが共倒れになるわけにはいかない。玉野市出身の三井E&SHD岡良一社長は、艦艇事業を三菱重工に売却。商船事業では三井E&S造船の古賀哲郎社長(当時)が長期にわたり関係性を構築してきた常石造船と業務提携を結び、建造を任せる体制にめどをつけた。自らの地元で厳しい決断を迫られた岡社長は交渉の前後には玉野市幹部らの元を訪れ、説明に奔走した。

依然として艦艇の受注残は低水準だ。防衛省は今後少ない人数で運用できる新型護衛艦「FFM」についてあと10隻超の発注を見込む他、足元では将来的な導入が検討されるイージス・システム搭載艦の事業可能性調査(FS)にも取り組む。JMUと競争力をもって受注するためには再編による「盤石な体制が必要だった」(調枝社長)。

三菱重工の20年度防衛・宇宙事業売上高は5000億円規模で、艦艇事業の買収などを経て今後早くて5年で10~20%売上高を上積みする計画。足元では「艦艇事業の受注残は低調」(同)なだけに、今後の受注に向け今回の買収で競争力を保ちたい考えだ。

防衛企業の再編進んできた欧米

冷戦の終結後、国防予算が減少する中で、欧米諸国では防衛関連企業の統合が進んできた。米国でも欧州でも10~20社規模の企業が統合し、冒頭のような「防衛企業」としてノウハウを結集して官との連携を強め、規模のメリットも働かせながら事業を続けてきた。例えば航空機関連では米ロッキード・マーチンは10社以上が、欧州では英BAEシステムズは20社以上が統合し、防衛の大企業が生まれている。

防衛売上高で世界トップの米ロッキード・マーチンは売上高約538億ドル(約6.1兆円)のうち88%を防衛事業が占める。トップ5に入るその他の企業も、民間機の事業が大きい米ボーイング以外は6~8割を防衛事業が占める。一方の国内トップ5では防衛事業最大手の三菱重工でも10%ほどだ。

35年の配備を目指す次期戦闘機「F-X(F-3)」の開発が持ち上がった当初は、航空機部品メーカーでも特別目的会社(SPC)を設立する構想が浮上するなど再編機運が高まったが、いかに人を集めるか、開発が終わった後に集めた人をどう処遇するかなどがネックとなり実現しなかった。

だが、日本の防衛産業は苦境にある。財閥を越えたタッグは強い防衛産業への一歩となるか。今後、防衛関連企業の再編が一層進む可能性がある。

(日経ビジネス 西岡杏)

[日経ビジネス電子版 2021年10月28日の記事を再構成]

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