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「進撃の巨人」が現実に? ぴあが仕掛けるXRライブ

日経ビジネス電子版
音楽ライブに演劇、さらにはJリーグに至るまで、様々な興行のチケット流通を支えてきたぴあ。エンタメが「不要不急」とされた新型コロナウイルス禍は業績に大きな打撃を与えたが、そんな危機もいつか来た道。存亡の機に立つたび、痛感してきた収益基盤の脆弱さを打開しようと、自ら「胴元」となってコンテンツ供給に努める。

羽田空港のターミナルビルや滑走路、空港・航空関連の施設が立ち並ぶ東京都大田区の沿岸部。9月のある日、とあるビルの中に設置されたスタジオを訪れると、パンクバンド「SiM」のメンバーが楽器やマイクを手に、音響の具合などを確かめながらパフォーマンスしていた。

メンバーの背後にあるのは、巨大なLED(発光ダイオード)モニター。多くのカメラがメンバーの動きを追う。人気曲「The Rumbling」の演奏が始まると、モニターには人気アニメ「進撃の巨人」に登場する「超大型巨人」の大群が現れた。カメラが映す映像を見るとその迫力は増す。曲の終わりにはキャラクターがメンバーたちを踏み潰すように迫る。アニメの世界にメンバーたちが入り込んだようで、思わず息をのむ。

これはぴあが主催者として関わり、9月30日に開催された配信ライブのリハーサルの1コマだ。現実の被写体と仮想空間の背景を組み合わせて撮影する「バーチャルプロダクション」と呼ばれる手法で制作され、現実空間と仮想空間を融合したクロスリアリティー(XR)を楽しめる。

SiMは「進撃の巨人」の主題歌「The Rumbling」を2022年1月に発表すると海外を中心に注目を浴び、配信サービスでの再生回数が1億回を超えるヒットを記録した。さらにぴあが製作を担った、進撃の巨人とコラボしたミュージックビデオ(MV)を3月に公開すると再生回数は2500万回を突破。SiMの音楽性とアニメの精緻な表現が融合した世界観をライブとして体験してもらおうというのが今回の企画だ。

セットリストは4曲のみで「チケット」の価格は3300円と決して安くはないが、「制作費をペイするには数万人に視聴してもらわないといけない」(ぴあストリーミング推進ユニットの大坂俊介ユニット長)。億単位の費用をかけた一大プロジェクトだ。

薄利多売のチケット販売

音楽ライブやスポーツ観戦などのチケット販売で知られるぴあだが、近年はこの配信ライブのように自ら興行を企画・主催する機会が増えている。興行主と消費者の間を取り持ってきた同社がなぜ自ら「元締め」に回るのか。その背景をひもとくには歴史を振り返る必要がある。

ぴあの祖業である雑誌「ぴあ」が創刊されたのは50年前、1972年のことだ。75年にはイラストレーターの及川正通氏による著名人のイラストが表紙を飾り始め、エンタメ情報誌としての立ち位置は瞬く間に確立されていく。出版社として、ぴあは急成長を遂げていった。

そんなさなかの84年、雑誌と連動する形で現在の主力事業である「チケットぴあ」サービスが始まり、その売上高は右肩上がりで伸びていった。ただ、チケット販売の収益構造は興行主から料金の一部を手数料として徴収するというもので薄利多売だ。利益は生み出しづらい。

そこでぴあは発想を大きく変えた。99年、チケットのインターネット販売を開始し、ネット経由の購入の場合は利用者からも手数料を徴収するようにしたのだ。「従来の店舗や電話での購入に比べて労力をかけずにチケットを入手できるようになった分、利用者からも手数料をもらう、という発想だった」(小林覚取締役)

ネット販売の普及でチケットぴあの収益性は高まった。ただ、「それでも『超薄利多売』が『薄利多売』になった程度」(小林氏)。その頃には従来高い利益率を誇っていた出版事業が不況の波にのみ込まれていく。ぴあは2002年に東証2部に上場、03年には1部に指定替えとなるが、黒字と赤字を行ったり来たり。利益率の高い「第3」の事業を模索する必要性は高まっていく。

そこで目を付けたのが自ら興行主側に回ることだった。基本的に音楽ライブなどのイベントは制作費の出資比率に応じてその利益も配分される仕組みを取ることが多い。リスクはあるものの、人気を博せば大きなリターンが見込める。

興行主からチケット販売を受託してきたぴあ。「向こう側」に回れば業界内でハレーションを生む可能性もある。まずはチケット販売のノウハウや出版事業のリソースを使ったイベントパンフレットの制作能力、芸能プロダクションなどとのコネクションを武器に、イベントへのマイナー出資を通して製作に関わりながら、そのノウハウを磨いていった。

コンテンツの流通を仲介するだけでなく、自らコンテンツを生み出していく──。その方向性が決定づけられたのは08年のこと。チケット販売の基幹システムの更新の際に大規模なトラブルが発生し、チケットの仕入れの抑制やネット販売の停止に追い込まれたのがきっかけだ。

その影響で08年3月期には25億円、09年同期も19億円の最終赤字を計上。セブン&アイ・ホールディングスなどから出資を受け入れ、大規模な希望退職を進めるなど構造改革に迫られた。「チケット販売に依存しすぎないようにしなければならない」(小林氏)との認識は一段と強まる。11年には祖業の雑誌も休刊に。ぴあ自身が「胴元」、すなわちメインの主催者となってイベントの企画や運営に取り組む動きが加速していく。

オンラインライブで海外に配信

2010年代からは「PIA MUSIC COMPLEX」(ぴあフェス)や「METROPOLITAN ROCK FESTIVAL」(METROCK)など、いわゆる「フェス」形式のイベントを主催する機会が増える。この10年間は音楽や演劇などライブエンタメの市場規模がおよそ2倍にまで急拡大。チケット流通量が増えたことで、ぴあの売上高も19年3月期には8年前の約2倍となる1799億円まで増えた。

そんななか迎えたのがコロナ禍だった。度重なる緊急事態宣言などの影響でライブエンタメは中止や延期、動員数の制限などに追い込まれる。20年の市場規模は前年の5分の1以下となる1106億円に落ち込んだ。ぴあは21年3月期、売上高が2期前の6割減となる673億円となり、66億円の最終赤字を計上する。

足元ではイベントなどの開催状況が正常化しつつあり、チケット販売による収入も回復基調にある。23年3月期は9億5000万円の最終黒字転換を見込む。とはいえ、21~22年同期で計80億円弱の最終赤字を負い、自己資本比率は22年3月末時点で4%台にまで下がった。以前にも増して、利益水準の高い事業を確立する必要性は高まる。

だからこそ、ぴあはコロナ禍で台頭したオンラインライブに可能性を見いだす。リアルなライブを開催しにくくなった興行主がそろって取り組んだオンラインライブ。ぴあ総研によると市場規模は20年、一気に448億円まで拡大した。ぴあもコロナ下でオンラインライブの配信プラットフォームを運営してきた。

ただその多くはリアルなライブを撮影し、配信するだけだ。体験価値はリアルに比べてどうしても劣後し「制作費がかさむ割に収益を生まない」(音楽業界関係者)との声もある。実際、21年の市場規模は512億円とその拡大幅は限定的で、リアルなイベントの開催に支障がなくなりつつある22年は縮小に転じる可能性もある。

一方でオンラインライブは海外のファンなどにもあまねくコンテンツを届けられる。しかもリアルと違って集客数に天井がない、というビジネス上のうまみがある。SiMの人気は海外で火が付いた。国内でリアルなライブを開催するよりも、バーチャルでしか実現できない表現手法でライブを世界に配信した方がむしろ収益性は高くなる可能性がある。現在人気を博す、楽器を使わずパソコンを使って楽曲制作をするDTM(デスクトップミュージック)のアーティストにとってはリアルよりもオンラインの方が自らの世界観を表現しやすい、という場合も多いだろう。

SiMのライブを収録するスタジオである「HANEDA xR STUDIO」には、ぴあが資本参加している。表情や体の動きをデジタルデータに変換する「モーションキャプチャー」と呼ばれる技術や、CG(コンピューターグラフィックス)を使った映像収録に強みを持つ。新たな表現手法を模索するアーティストなどとこのスタジオを武器にして接点を持ち、一緒にライブなどを企画・運営しようとしている。

このようにぴあはイベントの主催者としての存在感を高めようと自ら「場」を生み出す動きを見せる。

「メタバースの空間でアーティストの世界観を表現したい」。こう話すぴあデジタル・コミュニティ開発室の竹田裕チーフプロデューサーが手掛けるのは「NeoMe(ネオミー)」。ファン同士やファンとアーティストの間でコミュニケーションを取りながら音楽を楽しめるメタバースアプリだ。

近年、オンラインゲーム「フォートナイト」内で米歌手のアリアナ・グランデさんやシンガーソングライターの米津玄師さんがライブを開くなど、仮想空間上で歌手などがイベントを開催するケースが増えている。ぴあはまだ世に知られていないアーティストでも簡単に仮想空間上でライブができ、ファンコミュニティーも形成できるメタバースを志向している。5月に人気バンド「ヤバイTシャツ屋さん」がNeoMe内でライブを開くと累計で1万人弱が視聴したという。

リアルイベントを開く場を作る取り組みも進む。20年7月には横浜・みなとみらいに約1万人を収容できる音楽ホール「ぴあアリーナMM」を開いた。この規模の会場を民間が開発・運営するケースは国内でほぼない。収容可能人数が増えるほど、イベントの開催数を増やして稼働率を高めるのが難しいからだ。

ただ、ライブエンタメの市場規模が拡大していった10年代、業界について回ったのが需要の高まりに会場整備が追いつかない、という課題だった。会場が増えなければイベントの開催数を増やせず、いずれ市場の成長に限界が訪れる。ぴあとしてはチケット販売による収入が頭打ちになる可能性があった。

リスクを抑えるべく、ぴあは工夫を凝らした。音楽ライブの開催に最適化した簡素な設計にして建設費を約100億円に抑えれば、十分に収益性を確保できると考えた。東京五輪・パラリンピック向けに整備され、現在は音楽ライブなどにも使われる1.5万人収容の有明アリーナ(東京・江東)に比べると3分の1以下の建設費だ。

通常、同規模の会場でおのおののライブに合わせたステージなどの設営をするには2日間かかるが、ぴあアリーナは資材などを搬出入しやすい設計にして1日で設営が完了できるようにした。会場の使用料は一般的に設営日分も徴収するが、その料金はイベント開催日の使用料よりも低く抑えられる場合が多い。できるだけ多くのイベントを打てるようにして、収入を底上げする狙いだ。

会場運営による利益は年間数億円出れば御の字、といったところだ。ただ、ぴあとしては民間による音楽ホール開発を成功させることで、他企業による会場運営への参入を誘発させたいという思いがあった。そして何より、主催者としてイベントを打ちたいタイミングに打てる場を確保する、という狙いがあった。グループ外に支出するコストを減らし、イベント事業の収益上のリスクを軽減する効果も見込める。

エンタメは「不要」ではない

21年、ぴあは三菱地所からの出資も受け入れた。同社が開発を進めてきた横浜・みなとみらいでぴあが音楽ホールを開いたことが縁となった資本提携。みなとみらいや東京・大丸有(大手町・丸の内・有楽町)を、エンタメを切り口に活性化すべく協業する。街全体を楽しめる場にしようというわけだ。

21年10月、ぴあアリーナで「ぴあフェス」が開催された際、イベント参加者に対し「横浜ランドマークタワー」の展望フロアへの入場を無料にしたところ、参加者の1割強が展望フロアで横浜の景色を楽しんだという。エンタメが地域への誘客を生み出したのだ。「コロナ禍でエンタメは非日常なもので不要不急だ、という扱いを受けてきた。でも『不急』ではあっても『不要』ではない。日常の中にエンタメを溶け込ませるというのも我々の役割だと考えている」。ぴあヴェニュー・マーケティング事業局の鈴木悠太局長は力を込める。

危機のたび、収益構造を変化させ、エンタメ業界で独自の地位を確立してきたぴあ。同社は22年で実質的な創業から50周年を迎えた。コロナ禍を機に、エンタメ分野の「何でも屋」に変われるか。その真価は次の10年で問われることとなる。

(日経ビジネス 高尾泰朗)

[日経ビジネス電子版 2022年9月28日の記事を再構成]

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