Microsoftが積極投資する4つの医療分野 - 日本経済新聞
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Microsoftが積極投資する4つの医療分野

米マイクロソフトが医療・ヘルスケア領域に進出している。IT(情報技術)による臨床用システムや、クラウドを活用した診断や治療法を手掛けるスタートアップなどに相次ぎ出資している。例えば臨床用システムでは、データに基づいて患者のリスクなどを分析する企業だ。病院や診療所など医療・ヘルスケア領域でデジタル化の機運が世界的に高まっており、マイクロソフトは自社の業務ソフトやクラウド基盤との連携を狙う。
日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。

マイクロソフトは世界屈指のソフトウエア会社だ。時価総額は2兆ドル前後で推移している。主力製品はパソコン向け基本ソフト(OS)「Windows(ウィンドウズ)」、業務ソフト、クラウド基盤「Azure(アジュール)」だが、医療・ヘルスケアでの存在感を徐々に高めている。

買収、出資、戦略提携が示すように、同社は既存の中核資産の活用と補完により医療・ヘルスケア戦略を進めている。例えば、2020年には「Microsoft Cloud for Healthcare(マイクロソフト・クラウド・フォー・ヘルスケア)」をリリースし、アジュールとクラウド人工知能(AI)基盤を同社の医療・ヘルスケア戦略の中核に据えている。

今回はCBインサイツのデータを活用し、マイクロソフトの最近の買収、投資、提携から4つの重要戦略をまとめた。この4つの分野でのマイクロソフトとのビジネス関係に基づき、企業を分類した。

・臨床用ITシステム

・診断&治療法

・法人向け医療・ヘルスケアクラウドツール

・医療・ヘルスケア企業向けIT

臨床用ITシステム

マイクロソフトは臨床ニーズに応えるデジタルツールを提供する企業との提携や投資を進め、公衆衛生、遠隔モニタリング、遠隔診療に力を入れている。これらは臨床業務フローや患者と医療提供者の意思疎通の要であり、医療の提供に直接影響を及ぼす。

21年には消費者中心の1人ひとりに合った医療体験を策定し、展開するために米ドラッグストア大手CVSヘルスと提携した。CVSは個人に応じた健康アドバイスを提供し、ドラッグストアへの愛着を高め、個別化プログラムを拡充するために、マイクロソフトのクラウドコンピューティングとAIを活用して自社の薬局と健康のデータを統合している。CVSは提携時点ですでにアジュールの映像解析技術(コンピュータービジョン)や文書解析などの認知サービスを活用し、処方箋の受付など主要プロセスを自動化していた。

マイクロソフトと米遠隔医療大手テラドック・ヘルスは同じ21年、テラドックの遠隔診療プラットフォーム「Teladoc Solo(テラドック・ソロ)」にマイクロソフトのビジネスチャットアプリ「Teams(チームズ)」を完全に組み込むことで提携した。この「Solo With Teams(ソロ・ウィズ・チームズ)」は意思疎通と業務フローを一元化し、患者と医療提供者の双方にシームレスな遠隔医療体験をもたらす。

マイクロソフトはこの分野の企業に出資もしている。同社のコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)M12は18年3月以降、5回の資金調達ラウンドに参加している。最近では、医療データプラットフォームの米イノベーサー(Innovaccer)のシリーズE(調達額1億5000万ドル)に出資した。イノベーサーは医療提供者に患者管理向上ツールを提供し、外部データを活用して患者のリスクや評価を分析する。

診断&治療法

マイクロソフトはアジュールを使ってデータを分析している企業との提携や投資を進め、診断と治療法の発見に手を広げようとしている。

18年には免疫システムを解読して病気の診断を支援する米バイオテクノロジー企業、アダプティブ・バイオテクノロジーズ(Adaptive Biotechnologies)に出資した。2年後、アダプティブが新規株式公開(IPO)で上場した後、両社は適応免疫反応を解読し、T細胞受容体シグナルを特定して新型コロナウイルスの診断法開発を支援するために既存の提携を拡大した。

マイクロソフトはクラウドを活用した診断と治療法の発見にも資金を投じている。

M12は21年、米1910 ジェネティクス(1910 Genetics)のシリーズA(2200万ドル)と米エンビサジェニックス(Envisagenics)のシリーズA(1900万ドル)に参加した。両社はAIと機械学習(ML)を活用したクラウド分析により、それぞれ低分子とリボ核酸(RNA)スプライシングの分野で治療法の発見に取り組んでいる。

M12は22年、英アイロフ(iLoF)のシードラウンド(400万ドル)に参加した。アイロフは個人に応じた創薬と開発を支援するため、生物学的特徴と病気のバイオマーカーのデジタルライブラリーを提供している。

法人向け医療・ヘルスケアクラウドツール

マイクロソフトは包括的な医療・ヘルスケアクラウドサービスの進歩に多大な労力と資金を費やしている。これにより研究やイノベーション(技術革新)が容易になり、医療機関が独自のAI・MLやクラウドツールを開発できるようになり、アジュールを使ってデータを保存し、分析することで家庭用機器や医療機器のセキュリティーと機能が向上する。

20年には、アジュールの機能を使ってソフト開発会社の開発プラットフォームや医療機関にアプリやシステムを提供する「マイクロソフト・クラウド・フォー・ヘルスケア」をリリースした。さらに、提携や出資などを通じ、ライフサイエンスと医療・ヘルスケアのAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース=システム同士が相互に連携するための技術仕様)やAI・MLの開発、改善に取り組んでいる。

マイクロソフトのこの分野の成長戦略の焦点は、アプリやアルゴリズム(計算手順)開発のトッププラットフォームとしての地位を確立することだ。

例えば、18年にはローコードで自動化システムを開発、設計する基盤を運営する米ボンサイAI(Bonsai AI)を買収した。22年にはバイオサイエンス企業や製薬会社のHPC(高性能コンピューティング)モデル構築を支援するHPC向けクラウドサービスの米リスケール(Rescale)と提携した。さらに、19年にスタートアップ支援プログラム「マイクロソフト・スケールアップ(Microsoft Scaleup)」に参加したインドのマイリン・ファウンドリー(Myelin Foundry)の技術を活用し、マイクロソフトのAI開発設計オプションをクラウドサーバーからエッジAIシステムにも拡大した。

家庭用ヘルスケア機器市場の爆発的成長に伴い潜在的な脆弱性の数も増えているため、医療・ヘルスケアのサイバーセキュリティーに対する懸念の高まりにも力を入れている。21年にはエンドポイント検知・対応ツール「Microsoft Defender for Endpoint(マイクロソフト・ディフェンダー・フォー・エンドポイント)」に米サイバーMDXの医療・ヘルスケア向けセキュリティーシステムを組み込み、医療機器やネットにつながる臨床ネットワークのセキュリティーを強化した。

リアルタイムデータのエコシステム(生態系)の開発と展開にも資金を投じている。この4年で米ラピッドSOS(RapidSOS)、米DNAネクサス(DNAnexus)、米アンドール・ヘルス(Andor Health)、米トゥルーベータ(Truveta)などがマイクロソフト(またはM12)から出資を受けている。各社が手掛ける分野は緊急反応データやDNAから医療データやカルテまで様々だが、いずれもクラウドを活用したリアルタイムのデータ管理、移転、分析を専門としている。

医療・ヘルスケア企業向けIT

マイクロソフトは消費者との関係強化、臨床現場以外での患者の支援、収益サイクル管理(RCM)の自動化、管理や書類作成といった非臨床業務フローの強化など、非臨床ヘルスケアのニーズに応じたデジタルツールも重視している。

非臨床に手を広げ、エンゲージメントシステムを手掛ける企業と様々なビジネス関係を築いている。こうしたシステムは臨床の治療や活動には直接関わらずに医療提供者と患者の関係を構築して維持する。

例えば、マイクロソフト、米ヘルスケアテック企業チェンジ・ヘルスケア(Change Healthcare)、米アドビは18年、アジュールを活用した医療ツールの開発で提携した。この提携により、チェンジ・ヘルスケアは21年、プラットフォーム「Connected Consumer Health(コネクテッド・コンシューマー・ヘルス)」をリリースした。患者は医療提供者による所見の閲覧、診療費の比較、オンラインでのチェックイン、診療費の前払いなどのタスク完了をワンストップでできる。マイクロソフトはアジュール上でモジュール式の患者エンゲージメントシステムを展開するため、米ヘルスパー(Healthper)とも提携している。

21年には、M12、米製薬大手イーライリリー、米マッケソン・ベンチャーズなどが米タクトAI(Tact.ai)のシリーズE(3300万ドル)に参加した。タクトはマイクロソフトのチームズや、アジュールのAIのセグメンテーション(分類)とプロファイリングツールを活用したライフサイエンス専門の消費者エンゲージメントシステムを手掛ける。

マイクロソフトはこの分野の音声認識テクノロジーの開発に関する投資や買収も進めている。

20年にはM12を通じてイスラエルのボイスイット(Voiceitt)に投資した。同社は音声データを処理可能な構造化データに変換するツールを開発した。その2年後には、音声インターフェースソフトを手掛ける米ニュアンス(Nuance)を買収した。ニュアンスの「Dragon Ambient eXperience(ドラゴン・アンビエント・エクスペリエンス)」は臨床現場での会話をメモや書類に直接変換する革新的なサービスを手掛ける。さらに、ニュアンスの対話型IVR(音声自動応答システム)プラットフォームは、患者に電話で必要な支援を提供する一方、医療スタッフの負担を軽減する。

その他

マイクロソフトは上記の4つの分野以外に、クラウド環境への移行と組織変革でも注目すべき提携をしている。

クラウド環境への移行と組織変革:マイクロソフトは米テグリア(Tegria)やオランダのラピッドサークル(Rapid Circle)などの企業と提携し、医療機関による既存の電子健康記録(EHR)、RCMプラットフォームなどのソフトウエアやデータをアジュールに移行したり、組織のニーズを突き止めて新たなツールを導入したりするのを支援している。

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