スタートアップと倫理観

「世紀の発明家」「次のスティーブ・ジョブス」と言われたシリコンバレーの血液検査会社セラノスの創業者のエリザベス・ホームズ。11月18日、カリフォルニア州連邦地裁は禁錮11年の有罪を言い渡した。

彼女の開発した血液検査は多くの疾患の診断が可能で、多くの投資家や病人の期待を寄せ、一時期は1兆円を超える企業価値に達していた。しかし、内部告発などにより、ずさんな経営、数々の噓と詐欺が明らかになり破綻した。

くしくも、同月11日には、仮想通貨業界の風雲児サム・バンクマン・フリード（SBF）が創業したFTXという世界最大級の仮想通貨交換事業者が破綻し、連邦破産法第11条の適用を申請した。既に「仮想通貨業界のリーマン・ショック」と言われるほど業界へのマイナスのインパクトをもたらしている。

SBFもFTXの成功で純資産はピーク時には3.6兆円超にも膨れ上がり、積極的な政治献金、慈善団体への寄付、さらには仮想通貨の規制に歩み寄る姿勢など、フォーチュン誌からは「次のウォーレン・バフェット」と言われるまでに成功を収めたが、その帝国が崩壊する瞬間はあっけないものだった。

FTXの破綻の原因はこれから明らかになっていくであろうが、既に開示された事実を見ても、顧客資産の流用やコンプライアンス意識の欠如、ずさんな投資戦略や会社資金の私的利用など、不都合な真実が指摘されている。

スタートアップ創業者の持つ、社会課題解決に対する意欲、新しい技術に対する情熱、競争心や虚栄心は使い方によっては、強力な武器でもあり、社会に変革を起こす原動力にもなる。さらに、起業家を資金面で応援し、大きなリスクの裏側にある、大きなリターンを期待するベンチャーキャピタル（VC）やエンゼル投資家をはじめとしたリスクマネーの提供者も、夢を現実にするために不可欠な存在である。

ところが長期間、世界的にゼロ金利に近い環境が続き、スタートアップ業界への資金流入が加速すると、起業家にとって「お金は天から降ってくるもの」、投資家にとって「お金は早く使うもの」という明らかに異常な雰囲気が醸成され、スタートアップと投資家の間の緊張関係やガバナンス関係は形骸化した。

スタートアップの創業やその支援には明るい未来を創造する期待と、社会の活力を生む原動力になる意義がある。それ故に、多くの資金や過大な名声を得る可能性もある舞台で、優秀な人間をも狂わせ、多くの人間を不幸にする危うさと表裏一体の関係にある。だからこそ、その関係者には高い倫理観、リスクを取る起業家と投資家のお互いの尊敬と規律が必須になる。

不況が長引き、社会課題が増加している今、まだまだスタートアップへの期待は大きい。起業家精神の健全な発展と啓蒙のためにも、我々支援側は公器としての役割と理性としての責任を意識して、高い規律を持って活動を広げてゆきたいと思う。

［日経産業新聞2022年12月13日付］