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排出量取引にデジタル技術 市場秩序のルール作りも

Earth新潮流 三井物産戦略研究所シニア研究フェロー 本郷尚氏

NIKKEI BUSINESS DAILY 日経産業新聞日経産業新聞 Earth新潮流

デジタル化は様々な分野で世界を変えようとしている。排出量取引も例外ではなく、デジタル化の提案が相次ぎ、また具体的な取り組みも始まっている。

排出量取引のバリューチェーンは3つから構成される。まずはクレジットの発行だ。使ったエネルギーの量や種類から排出削減量が計算され、クレジットが発行される。どの事業からのクレジットか、売買による所有者の移転などの情報を管理するのが電子登録簿だ。そして排出量のオフセットだ。オフセットすれば「使用済み」となり、誰が使ったかも登録簿に記載される。

エネルギー消費量などのデータを暗号化すれば、削減量の計算やクレジット発行が容易になると提案されている。クレジットでは削減量の計算の考え方が多様なため、自動計算には限界があるとの意見もあるが、データの収集や整理などへの活用は一部で行われている。

排出削減でトークン

電子登録簿は集中管理型が使われているが、ブロックチェーンを使った分散管理型は構築が容易で、コスト引き下げが可能だという。世界銀行などが実用化を検討している。

そして最も活発なのは排出削減クレジットを暗号資産化したトークンの取引だ。インターネットを使った取引も行われている。トークン大手のToucan社は2200万トン、1億3000万ドル相当のクレジットをトークン化し、トークンの売買取引額は40億ドル以上とのことだ。

トークンのメリットの一つは小口化だ。これまでの排出量取引は国や企業など大排出者が購入者だった。欧州連合(EU)の排出枠を取引する欧州エネルギー取引所は最低量が1万トンだ。日本の1人当たり年間排出量が約10トンだから1000人分に相当する。またタクシーの初乗り2キロメートルの排出量は約1キログラムと、個人などの排出オフセットで必要な量とは規模がまるで違う。

小口需要に対応することで利用者を大幅に拡大する。供給面では削減量を計算しクレジット化は認証など間接費用が大きく、大規模な削減でないとクレジット化が難しいという課題があった。

デジタル化は行動変容による小規模な削減や住宅や家具などでの木材利用による二酸化炭素(CO2)固定化などにもクレジット化の道を開きそうだ。市場は活気づいており、スタートアップや金融機関などが次々と市場に参入している。

クレジットの信頼性課題

存在が高まったことで課題も指摘されるようになった。

まずはクレジットの信頼性。しばしば出てくるのが、トークンを生み出したクレジットが削減に本当に役立ったものか、売れ残りの古いクレジットが使われているのではないか、などの指摘だ。

また持続可能性についての問題提起もある。ブロックチェーン技術は大量の電力を消費する。国際エネルギー機関(IEA)はブロックチェーンによる電力消費は2019年の31テラ(テラは1兆)ワット時から21年には110テラワット時以上に増加したとみる。日本の電力消費量の8割に相当する。

ブロックチェーンを利用する事業者にオフセットのためのクレジットを売るビジネスがあるほどだ。そうした技術を使うことを疑問視する声もある。

投機への懸念もある。小口化は個人投資家の需要を喚起し、1トンあたり1700ドル以上に高騰したこともあった。しかし、実際にオフセットに使われた量は少なかった。オフセットのためにクレジットを購入し、購入代金が削減事業を後押しするというのが排出量取引の基本形だ。オフセットに結びつかない取引は投機的な動きではないかと警戒されている。

ボランタリークレジットを発行する団体の最大手のVerraはクレジットの品質に注意を払うべきだと主張する。ゴールドスタンダードは透明性を求めたほか、投機的行動は支持しないと述べるなど慎重だ。

ガイドライン策定

デジタル化は上手に使えば排出量取引の弱点の一つの間接費用を削減し、脱炭素化を加速する。しかし、不適切な使い方や投機目的にとどまるのであれば、排出量取引市場の信頼を損なう。

そこで国際排出量取引協会(IETA)がデジタル技術を気候変動対策で活用するためのガイドラインをまとめている。IETAにはエネルギーやエネルギー多消費産業、法務・会計、クレジット発行団体など230社以上が参加する。ガイドラインは現場の指摘をもとにまとめた。

クレジットの信頼性については、ボランタリークレジットの業界基準であるICORA行動規範に基づくものや、政府が管理するクレジットの利用を推奨している。エネルギー消費と排出量を抑える工夫、サイバー攻撃対策、二重使用防止対策、悪質事業者排除のための事業者の監査などを事業者に要求している。

排出量取引やデジタル技術になじみのない企業の利用が増えることから、十分な説明を行うことを求めている。消費者保護についての配慮も必要としている。

当たり前と言えば当たり前の要件ばかりだが、国際会議などでデジタル化の良さのアピールばかりが目立つ現状を考えれば、十分な説明など市場の基本ルールは必要だ。市場に自らルールを作る力が備わってるかをみる試金石でもある。今後の展開に注目したい。

[日経産業新聞2022年7月1日付]

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