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コオロギ追いカンボジアへ、エコな「魔法の粉」で起業

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すべては、自宅の押し入れから始まった。

「衣装ケースに放った数匹のコオロギが、気づいたら1000匹ぐらいになっちゃいまして」

昆虫好きでもなかった青年が目を見張ったのは、コオロギの驚異的な繁殖力。

「飼育の自由度の高さ、容易さを実感して、学生なりに思ったんですよ。『これは、食糧資源になる』と。コオロギが増えすぎて、自宅環境としては危うくなったんですけどね」

人生の転換点となった出来事を、笑いながら振り返るのは、葦苅晟矢(あしかり・せいや)氏。コオロギを育て、食品原料や飼料として販売する「コオロギメーカー」エコロギー(東京・新宿)を率いるCEOだ。

ビーフジャーキーより高たんぱく

エコロギーは、育てたコオロギを全粉砕してパウダー化。この「エコロギーパウダー」が、さまざまな食品に化ける。現在、試作中なのは、パウダーをふんだんにまぶした豆菓子である。春日井製菓(名古屋市)と共同開発し、商品化に向けて動いている。

「抵抗がなければ、ぜひ!」(葦苅氏)

勧められるがまま、パッケージを開け、豆菓子を1つ手に取った。恐る恐る口に運ぶと、強烈なうま味が舌先に広がる。それもそのはず。コオロギには、エビやカニなどの甲殻類に似た成分が含まれているからだ。

エコロギーパウダーのたんぱく質含有率は65.6%で、ビーフジャーキーをしのぐ。飼育しやすく、栄養価も高い「魔法の粉」。「高機能アミノ酸原料だと思っています。私たちはコオロギを内臓も含めて全粉砕しているので、それが味に深みをもたらしている」(葦苅氏)

牛肉や豚肉、鶏肉に代わる貴重なたんぱく源として、一躍脚光を浴びているのだ。

「1万匹の壁」を越えろ

葦苅氏が、コオロギと「出合った」のは、早稲田大学商学部に進んでからだった。大学時代に「模擬国連早稲田研究会」というインカレサークルに所属し、一国の大使になり切って、仲間とともにさまざまな国際問題について議論を交わした。

人口急増に伴い、この先、世界が直面するであろう、食糧危機もトピックの1つ。その切り札として葦苅氏が着目したのが、コオロギだった。文献によれば、牛や豚などの家畜と比べて、コオロギは圧倒的に少ない水と飼料で、すくすく成長する。

まずは自分で育ててみよう――。始めたのが、押し入れ飼育だった。実際、エサと水さえ切らさなければ、ほぼ何もしなくてよかった。1匹ずつの雄と雌が、気づけば数百倍に増殖している、というスピード感である。

家畜と比べて、飼育時に出る温暖化ガスの量も極めて少ない。環境負荷が小さい、サステナブル(持続可能)な食材として葦苅氏は、ますますコオロギに魅せられていった。

もっと生産効率を高めるにはどうすればいいか、どんなエサを与えたら栄養価が高くなるのか。コオロギの生態を本格的に研究するため、大学院に進むことを決意。文系でありながら、早稲田大学大学院先進理工学研究科の門をたたいた。

ちょうど、スペース的にも自宅でコオロギを育てるのは限界に達していた。研究室に拠点を移した葦苅氏は、ついにコオロギ1万匹の飼育に成功する。その研究成果を基に2017年12月、エコロギーを創業した。

しかし、いきなり壁にぶつかった。1万匹以上のコオロギを安定的に飼育するのが、どうしてもできなかった。

コオロギは暖かい気候で育つが、日本は年中暖かいわけではない。湿度が高いのもネックだった。暖房や除湿器を使って温度、湿度を管理するという手もあるが、コストもかかるし、何よりも地球環境にとってよくない。社名に「エコ」を冠しているのに、エネルギーを使ってコオロギを育てるのは、本末転倒だった。

単身でカンボジアに移住

日本を出て育てるしかない。そう思った葦苅氏が、目を向けたのがカンボジアだった。コオロギを食べる文化がある、と知ったからだ。

「もしかしたら、コオロギを育てている人がいるかもしれない。いや、絶対にいるはずだ」

フェイスブックを開いて、「カンボジア クリケット(クリケット=コオロギ)」と英語で検索窓に打ち込んだ。コオロギの生産者と思われるアカウントにたどり着き、メッセージを送ると、丁寧な返信が届いた。

心はもう決まっていた。「ぜひ見に行かせてください」

当時、1人で海外に出かけたことすらなかった葦苅氏は、18年6月、単身でカンボジアに渡った。頼ったのは、母校ラ・サール学園ラ・サール高等学校の人脈である。カンボジアで起業した高校の先輩が、コオロギ生産者の家まで案内してくれた。

そこは首都プノンペンから車で2時間離れた片田舎。外国人の姿は皆無だ。民家に向かうと、軒先の畳1畳分ほどのスペースに、2万匹、3万匹のコオロギがひしめき合っていた。

衝撃的だった。

「今まで自分は何をやってきたんだろう。驚きとともに、悔しさも感じた。自分は1万匹さえ安定的に育てることができなかったのに、そこら中に、数万匹のコオロギがうじゃうじゃいるんですから」(葦苅氏)

裏を返せば、それだけカンボジアの気候、風土がコオロギの飼育に適しているということでもあった。

「日本だと、コオロギを育てていますと言っても、なかなか理解されない。カンボジアに行くと、コオロギを伝統的に育てている方をちらほら見かけるんです。そこで初めて仲間に出会ったような感覚になった」(葦苅氏)

葦苅氏はカンボジアへの単身移住を決断し、19年から現地でコオロギの量産化に挑み始めた。自身の研究成果をコオロギ生産者に教えることで飼育効率を高め、生産されたコオロギは現金で全量を買い取ることを約束した。

コオロギなら8毛作できる

折しも「コオロギ食」は日本でも、盛り上がり始めていた。20年には無印良品がコオロギせんべいを、敷島製パンがコオロギのフィナンシェ、バゲットをそれぞれ発売。いずれも原料は食用コオロギのパウダーで、無印良品を展開する良品計画は徳島大学発のグリラス(徳島県鳴門市)と、敷島製パンは高崎経済大学発のFUTURENAUT(フューチャーノート、群馬県高崎市)と共同開発した。

20年6月には、東京・日本橋馬喰町に昆虫食専門レストラン「ANTCICADA(アントシカダ)」が開業した。看板商品として人気を博しているのが、コオロギラーメンだ。2種類の国産コオロギをブレンドしてだしを取り、コオロギパウダーを練り込んだ麺と、コオロギ醤油(しょうゆ)、コオロギ油を合わせている。

新興のスタートアップが斬新なコオロギ食を次々と送り出す中、葦苅氏は焦らず、地道にコオロギの量産体制を整えることを優先した。

カンボジアは貧しく、零細農家が多い。小さな田畑で米やキャッサバを育てており、収穫期以外はまとまった収入を得られないという課題があった。それに対してコオロギは、年中育てられる。あまり手間をかけることなく、自宅の空きスペースで飼育し、約45日周期で「収穫」できる。カンボジアの気候であれば、最大で8毛作(年8回収穫)も可能で、本業の農業を続けながら、安定した現金収入を得る道が開ける。

エコロギーがカンボジアに進出してから、1軒、また1軒とコオロギ生産を始める農家が増え、今では約50軒と取引するまでになった。1軒につき毎月100キログラム分のコオロギが獲(と)れるという。世の中にコオロギベンチャーは数あれど、「毎月トン単位でコオロギを原料化できる企業は、そうそうない」(葦苅氏)

エコロギーは収穫したコオロギを、まずはカンボジアで粗いパウダーにし、それを日本に輸入してさらに加工することで、日本の衛生基準を満たした食品原料を生み出している。「国産コオロギよりも安く、高品質なパウダーを大量に供給できる」(葦苅氏)のが、最大の強みだ。

20年末にはコオロギの量産体制を確立し、独自の熱加水分解技術により、パウダーそのものの風味や品質も大幅に改善した。21年には外部からの資金調達に成功。創業から4年を経て、ようやくコオロギ食の開発に乗り出した。豆菓子はその1つにすぎない。22年2月にはドギーマンハヤシ(大阪市)と共同開発したペットフードを送り出した。

フードロスを削減、筋トレにも最適?

カンボジアでは、フードロスの削減にも挑んでいる。コオロギは雑食性で、何でも食べる。そこで本来なら捨てられる食材を、コオロギのエサとして活用しようと思い立ったのだ。

プノンペンにあるピザレストラン「Pizza 4P's Phnom Penh」からは、余ったピザ生地を回収している。その生地をコオロギに食べさせ、育ったコオロギを粉末化してこのレストランに卸す。レストラン側は、エコロギーパウダーをトッピングしたピザを商品化した。ごみが、回り回って食材になる。コオロギを育てることは、廃棄物の削減にもつながるということを、実践してみせた。

エコロギーは、亀田製菓の合弁会社が持つ現地工場やクラフトビールの醸造所とも連携し、米菓やクラフトビールの残渣(ざんさ)を、コオロギに与えている。与える食料によって味も、栄養成分も大きく変化するのがコオロギの面白さでもある。

世界では今、肉の食感や味わいを再現した「植物肉」が注目を集めている。家畜に代わるたんぱく源という意味では、コオロギも同じだが、両者には決定的な違いがある。植物肉は人工的に作り出す側面が強いのに対して、コオロギは自然の中で生きる。だからこそ、「自然由来のサステナブルフードとして世の中に広めていきたい」と葦苅氏は意気込む。

コオロギは高たんぱくであるのはもちろん、ミネラルや鉄分、亜鉛を豊富に含む健康食でもある。筋トレにも最適だとして米シリコンバレーでは一足早く、コオロギのプロテインバーが広まった。加齢とともに身体的機能が衰える「フレイル(虚弱)問題」を解決するスーパーフードとして、イスラム教の戒律に沿ったハラルフードとしての展開も期待できる。

そもそも歴史をひもとけば、日本にも昆虫を食べる文化はあった。特にイナゴのつくだ煮は、今でも広く親しまれている。エビの風味に近いコオロギも、きっかけ次第で一気に日本中の食卓に広がるかもしれない。

エコロギーが目指すのは、パソコンでいう「インテル、入ってる」という世界観だ。「いろいろな食品パッケージの裏面を見ると、実は『エコロギー(のコオロギ原料が)、入ってる』。今はまだコオロギ=ゲテモノ食、エンタメ食と捉えられがちだが、そのイメージを変えていきたい」(葦苅氏)

コオロギの小さな体に、無限の夢と可能性が詰まっている。

(日経ビジネス 酒井大輔)

[日経ビジネス電子版 2022年6月27日の記事を再構成]

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