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後継者選びの新流儀 Jフロントや帝人の指名委員会改革

日経ビジネス電子版
いつかは寿命を迎える人とは違い、法人としての企業はゴーイングコンサーン(継続企業の前提)が宿命づけられている。その意味で誰に次代のバトンを渡すのかということが、企業の永続性の根幹を成す。現社長・会長だけに後任人事の裁量権があるわけではない。求められているのは公明正大に選び抜く仕組みづくりだ。

大丸松坂屋百貨店やパルコなどを傘下に抱えるJ・フロントトリテイリング。社長選任の権限を持つ同社の指名委員会の4人は全員、経営執行には全くタッチしない。完全に独立した社外取締役ら監督サイドのメンバーだ。

かつて同社の指名委員会には、2020年に代表執行役社長に就任した好本達也氏が入っていたが、21年5月に外れた。

「もはやトップ人事は、現任社長らの専権事項ではない」。この7年ほどの間、取締役会議長の山本良一氏(J・フロント元社長)は、指名委員会等設置会社の機能を発揮させるべく改革にまい進してきた。

J・フロントではまず、同社執行役員以上のほか、大丸松坂屋やパルコなど主要会社の執行役員以上の約20人をリストアップ。人事系コンサルティング会社が、マネジメント力や経営の資質があるかどうか、「人財」評価する。

インタビューのほか、コンサルが用意した設問に回答してもらい、人となりを丸裸にする。小学校や中学、高校生時代にやっていたことから大学で学んだこと、入社後達成した成果、社内外の人間関係――。その人にまつわる「ビッグデータ」をくまなく集め、文書の形ですべての委員に差し出す。

選抜時に任期も決める

人材コンサルは、文書にしてリポートする際、社長としての潜在的な能力や資質を点数化。社外取の委員が評価する際の参考値にしてもらう。

委員はリポートを通して候補の人物像を把握。さらに指名委員と候補者との個別の面談も通して、しらみつぶしに調べ上げる。日ごろの取締役会でも、説明に立つ執行役員の立ち居振る舞いや受け答えに委員らは鋭い視線を送る。

好本社長が選ばれるとき、20人以上の候補者を6人ほどに絞り込んでから、最終的に選考した。「一連の選考プロセスでは、ガバナンスコードにも明記してある『成果への執着心』や『戦略思考』など当社が求める5つの条件と『ビジョン共有力』『ビジョン構想力』など3つの資質を持っている人物かどうかを最も重視して選ぶ」(山本議長)

人財評価は毎年実施し、その過程でもふるいにかけられる。

驚きなのはトップの任期も、指名委員会で区切っていることだ。無論、業績低迷が長引けば取締役会などで退任を突きつけられるが、現社長の好本氏の任期もある程度決まっている。

なぜ、ここまでサクセッションプラン(後継者計画)にこだわるのか。

山本議長は「例えばある人が社長在任中に、長期ビジョンや事業ポートフォリオの変革を打ち出したとき、果たして5年先まで社長を続けているか分からない。だからこそ、その社長が就任した直後からビジョンや変革を引き継げる後任のサクセッションプランを実行に移さなければならない」と説明する。

小売りを巡る環境は厳しさを増す。J・フロントは脱百貨店モデルを模索し、都市型ショッピングセンター「GINZA SIX」を17年に開いたり、パルコをポップカルチャーの集積エリアに変容させたりしてきた。

好本氏は脱百貨店に向けた変革を急ぎ、指名委員会はすでに「ポスト好本」を見据えた次期トップ選びを水面下で進めている。

デジタル化や脱炭素、ダイバーシティー、人手不足――。事業環境が目まぐるしく変化し、これほど経営の課題が多かった時代はなかった。どこにどんな資質を持った次期トップ候補がいるのかを、1人の経営者が吟味することは難しくなっている。次を誰にするのか、現任社長の目線を生かすことは当然だが、それだけでは十分ではない。

そもそも、「自分が長い間、目をかけてきた」といった経営者の独り善がりな思いがまかり通れば、社内の混乱や業績ダウンにつながり、法人としては判断ミスとなりかねない。

株主らステークホルダーに説明のつく人物を選ばなければ、会社として幅広い支持を得られない。しがらみのない目線で議論することが一層重要になっており、指名委員会による透明で公正な後継者選びの重みが増している。

アドバイザリーボードが目利き

早くからガバナンス改革に取り組んできた帝人日本航空(JAL)で社長、会長を務めた大西賢社外取締役は「社長の一存ではない分、じっくり時間をかけるのが帝人の指名諮問委員会の特徴」と話す。

指名諮問委員会に候補者を諮る前に、年2回開催の「アドバイザリーボード」が候補者の目利きをする。ボードには大西氏など4人の社外取のほか、2人の外国人も入っている。米化学大手デュポンの上級副社長も務め、米国化学会のエグゼクティブディレクターを務めた米国人などだ。

理由は単純明快。「グローバルに成長する上で日本人だけで選ぶのは不自然だったから」。ボードメンバーは、グローバルな舞台で経営を切り盛りできる資格があるか見極めるべく、プレゼンテーションに耳を傾け、「帝人の将来像を語ってほしい」などと次々に質問攻めにする。

社長選びの第1段階として重要なのが、アドバイザリーボードにどんな社長候補者を挙げるか。アドバイザリーボードのメンバーは、ざっと30人におよぶ主要会社の執行役員以上を一度に提案されても、くまなく審査はできない。このため、まずボードメンバーが社長候補者を選んでくれる執行役員や取締役を選出。その役員らが「グループ人事会議」を開き、30人の候補者から約半分の数まで絞り込む。これでアドバイザリーボードが、限られた候補者一人ひとりと向き合い、じっくり吟味できるようになる。

アドバイザリーボードに加え、人材コンサルによる候補者の面談や社内関係者の「360度評価」などで情報の質と量を増やしながら、次に選考の場を指名諮問委員会に移す。社長交代直後から何年もの審議を経て決議に入るが、そのとき、指名委員の1人である社長は原則、席を外す。社外取だけの多数決で選出する。

「多数決で意見が割れれば、全員が納得するまで考えをぶつけ合う」(大西氏)。会社の命運を左右する社長選びでなぜ、この人でなければならないのか、なぜ、この人はふさわしくないのかを互いに分かり合うことができていないと、帝人の社員らに示しがつかない。

「我々の責任は重大。だから時間をかけて多面的に議論する努力をしないといけない」と、大西氏は強調する。

21年に改訂されたコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)では、中核人材の多様性を確保するため「指名委員会を設置することにより」適切な関与・助言を得るべきだ、と会社側に求めた。18年にも指名委の独立性を巡り改訂されているが、そこからさらに踏み込んだ内容だ。

後継指名の在り方は「十社十色」だが、組織・人材コンサルティング会社マーサージャパン(東京・港)の井上康晴シニアプリンシパルは「上場企業はパブリックな法人であり、パーパス(社会的目的)を持った存在。そのパーパスを実現する次の経営トップを一個人だけの判断で選ぶのは、法人としての企業の意思決定から外れているのではないか」と論じる。

社外候補は全員外国人

指名委員会が、社外の社長候補に外国人をずらりとそろえた企業がある。化学大手の三菱ケミカルグループだ。

同社は21年、ベルギー出身でフランスの同業トップを務めていたジョンマーク・ギルソン氏を社長に招へいし業界を驚かせた。日本の伝統的大企業において、外国人社長の起用は軋轢(あつれき)も生みかねない。だが、同社が経営課題を乗り越えるためには異例の人事が不可欠だった。

発端は19年ごろまで遡る。ガバナンスコードの改訂を受け、当時の経営を評価すると、時価総額の伸び悩みや事業ポートフォリオ改革といった課題が見えてきたという。指名委委員長を務める橋本孝之社外取締役は「従来の延長線上では解決できず、経営を次のステージに引き上げる必要があると分かった」と振り返る。

田辺三菱製薬を完全子会社化し、経営に区切りをつけた当時トップの越智仁氏が退任を申し出たタイミングで次期社長選びがスタート。社内の候補者以外にもヘッドハンティング会社を通して外部候補者を30人程度リストアップした。指名委員会が書類審査などを進め、20年夏には外部候補者4人、社内候補者3人まで絞り込んだ。外部候補者は全員外国人だった。

社長を選ぶにあたり、パフォーマンス(実行力)、ポテンシャル(潜在力)、変革に向けたパッション(情熱)、パーソナリティー(人柄)という4つの視点でふるいにかけた。橋本氏は「実行力は7人全員が基準をクリアしていた。違いが出たのは潜在力で、この項目を最も重視した」と語る。

橋本氏によると、ここでの潜在力は「経営を考えるときの視座」に言い換えられる。例えば、「売上高と利益を伸ばす」というだけの目標では、経営における視座が低いという評価になる。一方でカーボンニュートラルなど地球規模の問題に、どのようなポートフォリオマネジメントで対応するのかといった意見があれば「視座が高い」と評価できる。労働分配の在り方や化学産業の未来など、さまざまな俯瞰(ふかん)的な質問を重ね、候補者の視座がどれくらい高いのかを探った。結果、当時56歳と候補者の中で若手だったギルソン氏が選ばれた。

日本人候補者との違いは何だったのか。橋本氏は「日本の経営は(品質改善などの)与えられた課題の解決に重きを置く。会社の生きざまを高い視座で考え、課題を設定するという訓練はされていない」と説明する。

外国人社長を招き入れる際に、もう1つ重きを置いた項目が人柄だ。一般的に外国人をトップに迎えると、元同僚などを重役として連れてくるケースがある。三菱ケミカルグループでも「役員の半数は自分が用意する」と面談で答えた外国人候補者がいた。ギルソン氏は単身で社長に就任すると明言していた。

最初から仲間内で固めるのではなく、社員との意思疎通を図りながらチームビルディングを進める。「トップのコミットメントが社員に伝われば、不平不満があっても乗り越えられる」と橋本氏は話す。

ステークホルダーの声を生かす

J・フロントなどのような後継者選びの仕組みがない場合に、トップが予断なく判断し、ベストな人物に引き継ぐ確率を高めるためにはどうしたらよいのだろうか。

モスフードサービス会長を務める桜田厚氏の場合、16年に現在の中村栄輔社長にトップを引き継ぐとき、ステークホルダーの声をヒアリングし続けた。次の社長候補に対する「360度評価」を、社外のコンサルティング会社などに頼ることなく、自らの目と耳で行った。

桜田氏がこの方法を思いついたのは社長交代の5〜6年前のことだった。次の社長を考え始めた段階で、社内には候補となる幹部の学歴や入社後のキャリアについてのデータがそろってはいた。しかし、桜田氏にはそれだけでは十分と思えなかった。

もちろん、次の社長候補になる役員たちがそれぞれどんな考えを持っているかは重要で、日々の担当業務について話しながら、それぞれの役員の経営に対する考えを少しずつ把握していった。他の役員について、どう考えるかを聞くこともあった。やがて、役員の中にはトップとして経営の最前線に立つことに興味がある人もいれば、そうでない人もいることがはっきりしていった。

さらに桜田氏はこう振り返る。「当社はフードサービスのFC(フランチャイズチェーン)を展開している企業であり、その分、ヒューマンな部分がとても重要。この点を判断基準に入れるべきだと考える中、思い至ったのがステークホルダーの声を集めることだった」

1つには社員の声を集めた。桜田氏は社長在任時、社員一人ひとりと直接コミュニケーションを取ることを心がけ、当時1000人ほどいた社員の大半に対し、食事をしたりお酒を飲んだりする機会をつくっていた。社員との何気ない会話の中で、役員の名前が挙がったり、その役員がどんなことをしているのかを聞いたりすることが多く、桜田氏は「社員から見た役員」のイメージを固めた。「次の社長は誰がいいと思うか」とは聞かなかった。社員の役員それぞれへのイメージは桜田氏の見方と重なるケースもあればそうでないケースもあり、「リアルな情報」として心の中に蓄積した。

2つ目に、FC加盟店のオーナーの声を集めた。桜田氏は社長在任中、オーナーたちと頻繁に意見交換しながら事業を展開していた。オーナーに「本部に対してどう思っているのか」と聞く場面は多く、オーナーから幹部への見方を耳にすることがよくあった。やはり、「誰が次の社長にふさわしいか」を聞くことはなく、まずオーナーたちの率直な見方をストックした。

周囲の意見を聞くといっても、桜田氏には多数決のような考え方で次の社長を選ぶ発想は全くなかった。「あくまでも次のトップを決めるのは、そのときのトップの仕事」と考える。それでもステークホルダーの声を集めたのは、「自分の目だけが正しいとは限らない」と考えたためだった。360度評価を行うことによって、自分が正しい判断をする確率を高めようと発想した。

ステークホルダーへのヒアリングを重ねる中、桜田氏は現社長の中村氏に社長を引き継ぐ気持ちが固まった。「トップとしての責任を果たしながら、交代のミスを避けるために時間をかけて取り組んだことが円滑な引き継ぎにつながった」と、桜田氏は話している。

(日経ビジネス 上阪欣史、中沢康彦、朝香湧)

[日経ビジネス電子版 2023年3月27日の記事を再構成]

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