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塚田農場、暗黙知をデータ分析 省人化と接客向上を両立

「旬」を過ぎた塚田農場の奮闘(下)

日経ビジネス電子版
あえてマニュアルを作らない「チェーンらしくない店舗」で成長してきた塚田農場は、店舗拡大期に質が追いつかずに行き詰まってしまう。コロナ禍を機に、スマートフォンで注文・決済ができるモバイルオーダーを導入して省人化と接客向上の二兎(にと)を追う。「旬」を過ぎた塚田農場は復活できるのか。異色の調査会社による徹底分析が鍵を握る。

コロナ禍を機に、モバイルオーダーの導入に踏み切った塚田農場。ただ、注文取りやレジ打ち業務を来店客のスマホに委ねるだけでは、店舗側の省人化は進んでも来店客の体験が向上しない恐れがある。

モバイルオーダーの導入で来店客の動きがどう変化するのか。その効果検証に重要な役割を果たしたのが、調査会社のトリノ・ガーデン(東京・港)だ。2010年に創業した社員20人ほどの会社だが、ドトールコーヒーや松屋フーズなど外食業のほか、スギ薬局なども店舗の分析に活用する。塚田農場はビールメーカーの紹介で19年にトリノ・ガーデンを知った。

トリノ・ガーデンは依頼を受けた企業の店舗にカメラを設置し、その映像から来店客や店員の動きを数値化する。店内に入ってから席に案内するまでの時間、注文してから料理が届くまでの時間、スタッフを呼ぶしぐさや回数などを数える。スタッフの視線や体の向き、中腰などつらい姿勢の時間、料理の盛り付けなどもチェックする。いずれもカメラの映像を目視しながら実測したり判定したりする。店舗内に流れるBGMと会話の音量など環境情報も計測する。

こうして可視化したデータを基に、人間工学や認知心理学などの理論を用いて分析し、オペレーション(店舗運営)の改善案を考える。そして店舗で実践し、また検証して、というサイクルを繰り返す。

割引クーポンを渡す最適なタイミングは?

トリノ・ガーデンにはこんな数字がある。「来店客のお見送りで次回に使えるクーポンを渡すとき、いつ渡すのが最も効果的か」。ある外食企業で調べたところ、会計時にクーポンを渡したときは利用率が3%、店内のお見送りで渡したときは4%だった。

これに対し、最も高かったのは店外のお見送りで渡したときだ。利用率は12%に上った。店舗という「縄張り」を出て、個人対個人で触れ合うときに来店客と従業員の距離が縮まる効果があるとみられる。

トリノ・ガーデンの中谷一郎社長は「サービス業など暗黙知が多い業界では、『きつい』『うまく回っている』など感覚的な評価が飛び交い、オペレーションを数値化できていなかった」と話す。特に外食産業はファストフードやファミレスなど業態ごとに運営方法が異なり、科学的な分析がより困難だった。

幸いにも、コロナ禍前にデータを集めていた塚田農場は、モバイルオーダー導入後と比較できた。顕著な効果とともに、さまざまな「思い込み」が浮き彫りになった。具体的な変化は次のようなものだった。

・注文から注文の間隔が最大で約9分短縮。注文回数が増加
・飲み物の残量10%から注文開始までの時間は0.7分(中央値)となり、約2分短縮
・紙のときに比べて、メニューを見る時間が平均3.6分から7.5分と約2倍に
・ビールより利益率が高い「日南レモンサワー」や「日向夏ハイボール」などこだわり商品の注文比率が上昇
・料理がテーブルに載っている時間が短縮

最も分かりやすいのが注文だ。来店客はスタッフに気を使わずに注文できるため、こまめに料理や飲み物を注文するようになった。注文回数は30%増え、客単価は7%上がった。モバイルオーダー経由のため、スタッフの注文取りの仕事は激減。売上高に占める人件費の割合は3割強から2割程度まで下げられると分かった。

メニューを見る時間の増加は、丁寧に設計を作り込んだ成果が表れたとみられる。「他店のモバイルオーダーだとこうはいかない」(トリノ・ガーデンの中谷社長)。ビール以外の注文の増加は、ペアリングの提案が効いたようだ。

料理がテーブルに載っている時間の短縮は、塚田農場にとっても意外な効果だった。コロナ前は来店客がスタッフを呼ぶ手間や待ち時間を嫌い、最初に大量の料理を頼む傾向があった。小刻みに注文しやすくなったことで、冷める前に料理を食べてもらえるようになった。「産地直送」の料理を売りにしてきたにもかかわらず、以前はできたてを楽しんでもらえていなかった可能性がある。

「楽になったら、人は手を抜く」

料理の魅力を伝えたいという思いから30ページ超にふくらんでいた紙のメニューブックよりもスマホのメニューの方が長い時間見られていたことも意外だった。もし紙のメニューがやや空回りしていたとしたら、「若いスタッフが商品の良さを一生懸命訴えることが売りの『コンセプト居酒屋』になっていた恐れがある」(エー・ピーホールディングス(HD)の野本周作社長執行役員CEO=最高経営責任者)。モバイルオーダーで改善が進むなら、塚田農場の本来の強さを補強する武器になり得る。

ただし、いいことずくめではない。モバイルオーダー導入後、調理に時間がかかる料理の注文が集中して一時はキッチンの作業が追い付かなくなった。アナログ時代は接客スタッフが別のメニューを薦めたり、時間を空けてから提供することの了承を得たりしてコントロールしていた。そうした臨機応変の対応をモバイルオーダーに任せるのは難しい。調理の負担が比較的小さく、素早く提供できるメニューを画面の上位に置くなどして対応した。今後は、注文頻度が高いことを前提にキッチンの設計を見直すといった取り組みも検討する必要が出てくるだろう。

最も大きな問題は「空いた時間で、何をしていいか分からないと戸惑うスタッフ」(新橋レンガ通り店の藤田莉奈店長)だった。来店時の案内が終わると手持ち無沙汰になった。この浮いた時間を接客に生かせるというのがモバイルオーダーを売り込むIT企業の決まり文句だが、実際は「楽になったら、人は手を抜く」(エー・ピーHD塚田農場事業本部営業品質改善室の原中泉マネージャー)。今までは注文取りの際に来店客と会話するチャンスが自然と生まれていたが、料理を配膳したり、お皿を下げたりといったタイミングで来店客に近づくきっかけをつくらなくてはならない。

塚田農場の最盛期は、従業員が産地の情報を勉強し、一生懸命説明する「熱意」が来店客に刺さった。しかし、スマホ画面から豊富な情報が読み取れる今、「誰もが得られる情報は特別な価値にならない」(トリノ・ガーデンの中谷社長)。その分、塚田農場の従業員だからこそ伝えられるものとは何かが問われることになる。

藤田氏は自身が店長を務める店のスタッフに、勉強会だけではなくて自店以外の塚田農場で食べたり飲んだりする経験をした方がいいと伝えている。自身もほかの居酒屋を回って自分の感覚を磨く。情報や経験のインプットを増やしてそれをよく理解しなければ、来店客の共感を呼ぶような接客はできないからだ。

そして、来店客自身が気付いていないニーズを掘り起こせるのは、来店客の様子を見ているスタッフだけだ。藤田氏は「外食店員に求められている力は昔から変わらず、気付きと熱量だと思う。それがデジタルの導入で、より強く求められるようになった」と話す。スタッフが受け身から脱し、さまざまな困り事をくみ取る「先読み力」を発揮する店になれば、店の満足度が上がり、回り回ってスタッフに多くの賃金を払えるようになる。これが人手不足からの脱却の解となるかもしれない。

塚田農場は21年、キッチン調理とホール接客の二刀流人材を増やす「マルチタスク研修」を始めた。調理と接客を分業するのではなく、店内で人手が足りていないところを察知し、フォローできるような体制にする。客だけではなく、オペレーション側にも目配りできなければお店が回せない。モバイルオーダーの導入で、塚田農場の接客スタッフに求められる技量は明らかに高まった。それでも、その課題を乗り越えることがこれからの外食店の姿だと信じている。

「多店舗化の壁」を超えろ

ロイヤル創業者の江頭匡一氏は「水商売と低く見られた外食業の地位を高める」という目標を掲げていた。外食企業の経営陣の役割は今後、さらに重みを増すだろう。来店客の共感を呼ぶには、コミュニケーション力はもちろん、スタッフの熱量が鍵を握る。その熱意の源は、スタッフ自身がその店のブランドやパーパスに共感することだ。経営陣には、自社ブランドの価値を再定義し、社内に浸透させる力が問われることになる。

日本マクドナルドホールディングスの日色保社長兼CEOは「モチベーションの3要素」として、「ストーリーやパーパス」「グロース(個人の成長)」「レコグニション(認められる)」を挙げる。経営者から社員に、自分たちのビジネスが目指すストーリーやパーパスを伝えることで組織に対する信頼感が高まる。そして個人の成長にコミットした経営によって社員のモチベーションが持続される。携わった仕事が人から認められることが士気の高さにつながるとしている。

塚田農場の復活に向けて指揮を執る野本CEOは、松下電工(現・パナソニック)やコンサルティング大手のローランド・ベルガーを経て、エー・ピーHDに参画した。塚田農場に来店し、「チェーン居酒屋なのに料理がすごくおいしい」と驚かされたのが縁となった。

オペレーションを可視化できずに勘と経験で運営を続けてきた店を多店舗展開すると、運営に行き詰まる店舗がどうしても出てくる。メニューは同じでも、どうも清潔でなかったり、サービスの質が低かったり……。それは、特にテーブルサービスのレストランで顕著だ。カウンター越しに商品を渡すファストフードに比べてスタッフの仕事が複雑で多岐にわたり、より可視化が難しい。

それ故に、塚田農場のようにデジタル技術を駆使する余地は大量に残っている。デジタルトランスフォーメーション(DX)によってスタッフがサービスの向上に力を尽くせるようになれば、それぞれの店舗の質も底上げできる。そうすれば、「スパン・オブ・コントロール」(1人の上司が管理できる部下の数)の限界値が高まり、質を伴った多店舗経営も可能だろう。

野本CEOは「『塚田農場はおいしい!』ということを世間に知ってもらおう」と社内に訴える。エー・ピーHDの国内店舗数の約5割は塚田農場。大黒柱の再建なくして、グループの成長はない。22年に塚田農場は開業15周年を迎えた。「旬」が過ぎた居酒屋チェーンは復活できるのか。外食産業が生まれてから60年越しで挑む「チェーン・オペレーション2.0」の構築に懸かっている。

(日経ビジネス 鷲尾龍一)

[日経ビジネス電子版 2022年11月24日の記事を再構成]

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