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米SPAC上場ブーム、引き金はコロナ禍の失業対策

ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

シンガポールに本拠を置く東南アジアの配車大手グラブが、年内に米ナスダック市場に上場すると発表しました。その手法は「特別買収目的会社(SPAC)」との合併による上場です。グラブの企業価値の総額は396億ドル(約4兆3000億円)に上り、過去最大のSPACを通じた上場になる見込みです。こうしたSPACブームの背景には、米連邦準備理事会(FRB)の景気支援策があります。グロービス経営大学院の金子浩明教授が「バランスシート(貸借対照表)」の観点を交えて説明します。

【解説ポイント】
・FRBの資産膨張(市中へのマネー供給急拡大)がSPACブームを後押し
・米国固有の事情が背景にあり日本で同様のブームが起こるとは限らない

米IPO全体の7割以上

2020年来、アメリカではSPACの上場ラッシュが起きています。調査会社SPACリサーチによると、20年のSPAC上場は250件、調達額は830億ドルでしたが、21年の1~3月ですでに300件、調達額は750億ドルに達し、IPO全体の70%以上をSPACが占めました。

今回、理解の助けとして注目する「バランスシート」とは、企業などの団体がどのように資金を集め、その資金で何を買って保有しているのかを一覧にした表です。株式会社の場合、株主から集めた資金を「純資産」、銀行から借りた資金を「負債」と呼びます。こうした資金を用いて所有しているものを「資産」と呼びます。負債と純資産の合計は、資産の合計とつり合う、つまりバランスします。

膨らむFRBのバランスシート

新型コロナウイルスの感染拡大で経済が減速し、20年の2月下旬~3月上旬、米国のS&P500種株価指数は約20%下落しました。しかし、その後は急回復し、半年後の8月中旬には史上最高値を更新しています。実体経済の落ち込みとは逆行する株価上昇の背景に、FRBによる以下のような景気支援策がありました。

▼量的緩和
中央銀行が金融機関の保有する国債などを買い取ることで、金融市場にマネーを大量に供給。米国債を月800億ドル、住宅ローン担保証券(MBS)を月400億ドルのペースで買い入れ。
▼ゼロ金利の復活
政策金利(中央銀行が一般の銀行に融資する際の金利)を限りなくゼロにすることで、銀行はただ同然で資金を調達できるようになる。銀行は企業に融資しやすくなり、マネーの流れが活性化する。
▼社債などの購入
企業の資金繰り支援のため、7500億ドルの社債購入枠を設定し、投資適格社債などを購入。投資適格社債のスプレッド(「債務の返済不履行となるリスク」に対して支払われる追加的な利回り)は低下。

この景気支援策は現在も継続されています。FRBは20年12月に「米国債などの購入を、完全雇用と物価安定に近づくまで継続する」と表明しました。 21年3月には、ゼロ金利政策を23年末まで継続し、量的緩和も当面維持すると発表しています。この結果、FRBのバランスシートは大きく膨らみました。

20年3月11日時点でFRBの資産は4.31兆ドルでした。それから約1カ月後の4月22日には6.57兆ドルに膨らみました。さらに1年後の21年4月22日時点の総資産は7.82兆ドルで、バランスシートが縮小する気配はありません。わずか1年間の間に、3.5兆ドルものマネーが供給されたことになります。これはリーマン・ショック後の量的緩和を上回る規模です。

実際にFRBのバランスシートの内訳を確認すると、負債の部では民間銀行の準備預金が3.76兆ドルまで積み上がっています 。これはFRBが資産を購入して生まれたマネーが市中に供給されていることを示しており、それがカネ余りを生んでいます。こうした状況が、現在のSPACブームを後押ししていると考えられます。

合併・買収のためだけの「空箱」

SPACとは、他の企業を買収・合併する目的のためだけに上場している会社です。上場する際に株式市場から資金を調達し、そこから2年以内に未上場企業の買収・合併を行います。そのため、「ブランクチェック(白紙小切手)」企業や「空箱」と呼ばれることもあります。買収や合併の対象となった未公開企業は、SPACと合併することで上場できます。

しかし、SPACを用いた上場には欠陥もあります。20年6月にSPACを使って米ナスダックに上場したトラックの燃料電池車(FCV)メーカー、ニコラ・モーターの事例が典型です。二コラは上場後に株価が急騰し、一時時価総額でフォード・モーターを抜きましたが、その3か月後には株価が80%ほど急落しました。その理由は、自社の技術力を過大評価するなどの虚偽が指摘されたからです。

こうした事例があったにもかかわらず、SPAC上場ブームは冷めていません。その背景には、アメリカにおける新規上場の間口の狭さと投資家への対応コストの高さがあります。

コンプラ対応のハードル低く

アメリカ企業の上場企業数は1990年代半ば8000社を超えていましたが、その後の20年間で半減しました。最大の理由は、エンロンやワールドコム事件をきっかけとした02年の企業改革法(SOX法)の施行です。以後、コンプライアンス(企業統治)が厳しく問われることになり、新規上場のハードルが高くなりました。加えて、短期の株価を気にする投資家が増えたことにより、上場が敬遠されるようになりました。その結果、新規上場に代わって事業会社や投資ファンドへの事業売却が選択されるようになったのです。

未公開企業がSPACを通じて上場することは、株式公開による上場と投資ファンドへの事業売却の中間的な形です。グラブは米投資会社アルティメーター・キャピタルのSPACと合併して上場しますが、存続するのはグラブです。SPACを通じて上場すれば、コンプライアンス対応のハードルは低くなりますし、その企業に投資している投資家は早期に資金を回収することができます

FRBの狙いは雇用対策

FRBによる大量のマネーの供給は実体経済と乖離(かいり)した株高を生み、さらにSPAC上場ブームを後押ししました。しかし、一連の金融施策の目的はマネーゲームを過熱させることではありません。FRBの金融政策の目的は雇用の最大化と物価の安定です。今回の政策は雇用対策であり、FRB議長は最大雇用に近づくまで量的緩和を維持するとしています。

労働政策研究・研修機構の調べで、コロナ禍における米国の完全失業者数(就業しておらず、かつ就職活動をしている失業者)は、20年1月の580万人から4月には2311万人と4倍に増えています。しかし、その後は一貫して減少を続け、21年の2月には1000万人を下回りました 。FRBの金融政策が無ければ失業者数は増加し続けた可能性があります。

ちなみに、日本やドイツは米国と異なり、ピーク時の失業者数は、コロナ前の水準の1.3~1.4倍に抑えられています。増え方も緩やかな右肩上がりです。米国で一気に失業者が増えた理由は、雇用主による従業員の解雇が容易なこともあり、雇用の流動性が高いためです。同機構によるとアメリカでは雇用者の半数以上が勤続5年未満であり、長期雇用の割合が少ないです。コロナ禍で急激に悪化した失業率を戻すには、市場に大量のマネーを供給することが必要でした。

日本でのブームは当面なさそう

ここまでの話をまとめると、コロナ禍による景気低迷下で米国内の雇用を回復させるには、企業の倒産を防ぎ株価を引き上げることが必要であり、そのために金融政策によって市中に大量のマネーが供給され、余ったマネーが行き場を探した結果、SPAC上場ブームにつながったと言えるのです。

21年に入って、日本でも政府によるSPAC解禁の動きがありました。これまで論じてきたように現在のSPACブームについては米国固有の事情もあるので、日本でもSPACブームが起きるとは限らないと思います。

かねこ・ひろあき
グロービス経営大学院教授。東京理科大学院修了。リンクアンドモチベーションを経て05年グロービスに入社。コンサルティング部門を経て、カリキュラム開発、教員の採用・育成を担当。現在、科学技術振興機構(JST)プログラムマネジャー育成・活躍推進プログラム事業推進委員、信州大学学術研究・産学官連携推進機構信州OPERAアドバイザー。

「バランスシート(貸借対照表)」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/a06f6c2e(グロービス学び放題のサイトに飛びます)

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