ロレアルやナイキ、LVMH Web3で何を目指す

誰でも参加できるブロックチェーンネットワークに構築された分散型インターネット「Web3」は、次の段階のインターネット運営方法として勢いを増している。
デジタルコンテンツの所有者を証明する非代替性トークン(NFT)やメタバース(仮想空間)を含むWeb3をとり入れるのは、単なるイメージ戦略ではない。ブランドと消費者との間のつながりを強め、新たな収益機会を得るためのものだ。
暗号資産(仮想通貨)調査会社デューン・アナリティクスのデータによると、主要ブランドがNFTから得た収益は累計2億5000万ドル(約320億円)を超えている。
Web3の概念はブランドや小売りの消費者との関わり方や販売方法に変化を促し、収益源、販促チャネル、コミュニティー構築、特典プログラムの展開などで新たな機会をもたらしている。
デジタル空間でのアイデンティティーと自己表現は、特にファッションや美容業界の企業にとって重要だ。オンラインゲーム会社、米ロブロックスの調査リポート「2022年メタバース・ファッション・トレンド」によると、1990年代半ば以降に生まれた「Z世代」のユーザーの半数近くが、自己表現の手段としてアバターに服を着せると答えた。
ファッションや美容業界でも特に高級ブランドは、かつて電子商取引(EC)へのシフトに出遅れたこともあり、Web3を活用する切迫感に駆られている。各社は「次は同じミスを繰り返したくない」と息巻く。既に、デジタルグッズ販売や新たな販促手段としての仮想空間活用など、ユーザーのデジタル上の分身と関わることで、ブランド確立や収益化の機会を得ている。
ロレアル、ナイキ、LVMHはWeb3にどのように取り組んでいるか
ファッションや美容大手のWeb3のとり入れ方は画一的ではない。とはいえ、大半は主に外部企業との提携を通じて最適な戦略を見いだしている。提携はコストを抑えた形で新しいビジネスを試行して、学びを得られるからだ。
化粧品世界最大手の仏ロレアルは、メタバースプラットフォームでのデジタル資産の提供やNFTの独占配布など、デジタル空間で顧客開拓に力を入れている。様々な仮想世界で活用できるデジタル資産を作るスタートアップとの提携に重点を置く。
スポーツ用品大手の米ナイキは他社に先駆けて、新たな収益源としてバーチャル(仮想)グッズを模索し、メタバースでの地位確立に動いた。21年12月にバーチャルスニーカーのスタートアップ、米RTFKT(アーティファクト)を買収し、Web3導入のリーダーとなった。
一方、高級ブランド世界最大手、仏LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンは高級ブランド品の認証にブロックチェーンを使い、原材料から販売に至るまでの製品の過程を追跡することに力を入れている。
ロレアル
ロレアルは18年に美容テックのリーダーになる方針を表明して以来、新しいトレンドをいち早く取り入れてきた。
足元ではWeb3に続く新分野にも挑む。美容ブランド、クリエーター、消費者が交流し、買い物し、連携する新たなプラットフォーム「オンチェーンビューティー」という概念も提唱した。
ロレアルは新たな消費者を獲得し、新たな美容体験を生み出すためにWeb3やメタバースのスタートアップ数社と提携している。こうした動きはバーチャル収集品やアバター、製品など、同社がメタバースの潜在商機とみなす分野に沿っている。
ロレアルは22年10月、Web3に特化したアクセラレーター(起業家育成)プログラムを作るために、米メタ(旧フェイスブック)、仏インキュベーターHECパリと提携し、取り組みをさらに強化した。
レディ・プレーヤー・ミー(Ready Player Me、エストニア):提携
ロレアルは22年11月、エストニアのアバター作成スタートアップ、レディ・プレーヤー・ミーと提携し、ユーザーが様々な仮想世界を探索する際にアバターをカスタマイズするために使える3次元(3D)のヘア&メーキャップスタイルを発表した。
レディ・プレーヤー・ミーはユーザーの自撮り写真をカスタマイズ可能なアニメ風アバターに変換する企業だ。ユーザーが様々な仮想の空間や体験でアバターを使い、単一のIDで様々なデジタルプラットフォームを行き来できることを目指している。
同社はファッションブランド(独アディダス)、仮想空間(米アプリ「VRチャット」)、デジタル収集品プラットフォーム(ナイキ傘下のRTFKT)など3000以上の顧客企業を抱える。直近では22年8月のシリーズBラウンドで、米ベンチャーキャピタル(VC)大手アンドリーセン・ホロウィッツの仮想通貨投資部門「A16zクリプト」やロブロックスのデービッド・バズッキ最高経営責任者(CEO)などから5500万ドルを調達した。調達した資金でアバター作成ツールを改良する。
ロレアルはレディ・プレーヤー・ミーとの提携で、消費者が様々なプラットフォームでロレアルのバーチャル資産を使う機会を広げる。同社は今後、レディ・プレーヤー・ミーのプラットフォームに、さらに多くのブランドを追加する予定だ。
ロレアルは同じく相互運用可能なアバターを手掛けるスタートアップ、ルーマニアのアニメーズ(Animaze)との提携も発表した。ロレアルがこの分野をいかに重視しているかがわかる。
アリアニー(Arianee、フランス):提携
ロレアルはWeb3スタートアップの仏アリアニーと組んで、化粧品ブランド「イヴ・サンローラン(YSL)・ボーテ」の商品を購入した人がNFTを収集できるデジタルウォレット(電子財布)を作成した。アリアニーは、製品のデジタルツイン(実物を仮想空間に再現したもの)など、消費者がWeb3体験するためのNFTやトークン(電子証票)化したコンテンツを高級ブランドが作成するのを支援している。
消費者がデジタルウォレットをロレアルのオンライン上のWeb3ハブに連携すると、NFTによってリアルとオンラインの体験がつながり、商品販売や限定イベントなどに参加できる。
ロレアルはNFTを顧客とのエンゲージメント(関係構築)だけでなく、囲い込みにも活用している。NFTの特典プログラムでバーチャルに限らず様々なユニークな特典や体験を提供することで、ブランド各社は差異化された価値を提供できる。

ザ・サンドボックス(The Sandbox、香港)、米ピープル・オブ・クリプト(People of Crypto):提携
ロレアル傘下のメーキャップブランド「NYX(ニックス)コスメティクス」は22年6月、Web3空間のダイバーシティー(多様性)に力を入れるザ・サンドボックスとブロックチェーン企業の米ピープル・オブ・クリプト(POC)と提携した。
ザ・サンドボックスは最も知名度の高い分散型仮想空間の一つだ。この提携を通じて、ロレアルは仮想メーキャップを施したノンバイナリー(性自認が男女のどちらでもない)のNFTアバターのコレクションを披露した。
8000人以上のアバターのNFT公開にあわせて、ザ・サンドボックスに多様性や平等、包摂をテーマにした初の空間「バレー・オブ・ビロンギング(Valley of Belonging)」も創設した。

ザ・サンドボックスのようなメタバースプラットフォームとの提携を通じ、ロレアルは新たな環境での消費者開拓と、商品購入に至るプロセスの見直しをめざしている。
ナイキ
ナイキは仮想の空間やグッズに関心を示した初の大手小売りの一つだった。21年には仮想ブランドのスニーカーや衣料品を製造・販売する意向を示した商標を相次ぎ申請した。22年1月にはブロックチェーン、Web3やメタバースに焦点を当てた新部門「ナイキ・バーチャル・スタジオ(Nike Virtual Studios)」も設立した。
同社のWeb3の取り組みはすでに売り上げに影響を及ぼしている。デューン・アナリティクスによると、ナイキはNFTの売り上げと商標使用料で1億8500万ドル以上の収益を得ている。これは2位のイタリアの高級ブランド、ドルチェ&ガッバーナの収益(2400万ドル)の7倍以上に上る。
ナイキの提携からは、既存コミュニティーを新しいデジタル空間に招くとともに、新たな買い物客を開拓しようとする狙いがうかがえる。総じてデジタルの資産や経済圏をビジネスモデルのさらに重要な一部にしようとしている。
カーティアム(Qartium):提携
ナイキは22年11月、NFTを販売するために分散型コマースプラットフォームのカーティアムと提携した。
分散型コマースモデルでは消費者は販売者と直接取引できる。こうして取引の両当事者がブロックチェーン上で取引することで、これまで売り上げの一部を徴収されてきた中央集権型のECプラットフォームを通さずに済むため、取引のコストが下がる。認証、可視性、コミュニティーのバランスがとれ、信頼性と一貫性がある買い物体験が可能になる。
カーティアムのトークンはかなり新しいブロックチェーンプロジェクトで、デジタルとリアルの商品両方を含む広範なアイテムが販売できるとされる。ナイキや米アマゾン・ドット・コムのような有名企業との提携により、分散型コマースプラットフォームに正当性とクリティカルマス(普及の分岐点)の買い物客がもたらされる可能性がある。
RTFKT:買収
ナイキは21年12月、仮想のスニーカーや収集品を手掛けるRTFKTを買収した。買収額は明らかにしていない。RTFKTが作成するNFTはブロックチェーンをベースとしており、ユーザーはデジタル資産の所有権を証明できる。
ナイキはRTFKT買収以降、デジタル分野でブランドを収益化し、顧客を参加させる新たな手段を次々と編み出している。
22年11月には消費者がバーチャル資産を購入、デザイン、取引できる新たなWeb3プラットフォーム「ドットスウッシュ(dotSwoosh)」を発表した。このプラットフォームはNFTをさらに身近にするのが目的であり、Web3になじみがない人でもデジタルグッズに接し、購入できる。
このプラットフォームではファンやクリエーターが様々なバーチャル資産のデザインコンテストに参加し、デザインの販売から得た収入の一部をナイキと分けることができるようになる可能性もある。
ナイキはジャージーからスニーカーに至るまで自社の全てのバーチャルグッズを様々なゲームや没入型体験で着用できるようにするとしている。
ロブロックス:提携
ロブロックスは現時点ではWeb3プラットフォームとはみなされていない。だがブランドが活用しようとするアクティブなユーザー基盤と活発な仮想経済活動を実現しており、分散型メタバースの先駆者の役割を果たしている。ロブロックスは22年に1100万人以上のクリエーターが自社プラットフォームで仮想ファッションアイテムをデザインしたとしている。これは米国でリアルな服を作るファッションデザイナーの推定200倍以上だ。
ナイキはロブロックスと提携し、ユーザーがアバターに着せるウエアを買える「ナイキランド(Nikeland)」を21年に開設した。2カ月の期間中に2100万人以上が訪れた。

ナイキランドでは実際のイベントに連動したミニゲームやデジタル体験も提供された。例えば、米プロバスケットボールNBAのオールスターウィークには、ロブロックス版のレブロン・ジェームズ選手がゲストとして登場した。
ナイキはダイナミックな仮想体験と斬新なコンテンツを求める消費者の需要を満たすため、ロブロックスでひっきりなしに新たな体験を提供した。
ロブロックスではユーザーの3分の2が16歳未満の若年層だ。このためブランドや小売りにとって、ロブロックスは若年層に到達するブランド活性化の実験の場として人気の販促チャネルになっている。22年だけで英高級ブランド「バーバリー」、米衣料品ブランド「トミー・ヒルフィガー」、米小売り大手ウォルマート、高級ブランド「グッチ」などと提携した。
さらに、ロブロックスはファッションや美容のデジタル資産の機能も強化している。22年にはゲーム内のアバターが一度に最大6点のデジタル衣料を着用できる「レイヤード・クロージング(Layered Clothing)」機能を導入した。22年にロブロックスで作成された仮想ファッションやアクセサリーは6200万点を超えた。

LVMH
LVMHは21年の売上高が680億ドルを超えた高級ブランド世界最大手だ。ラグジュアリー(ぜいたく)とは何かを定義し、数十年にわたり世界の消費者に高級品を供給している。
同社は仮想世界に参入し、Web3テクノロジーを模索している。
同社のアプローチは前出の2社よりも慎重だが、トレーサビリティー(製品の生産から消費までの過程の追跡)、没入型体験、デジタルツインなどWeb3の主要分野で活動する方針を示している。また、消費者が仮想通貨で代金を支払えるようにし、傘下の宝飾ブランド「ブルガリ」の仮想世界を構築する計画も示している。
RTFKT:提携
ナイキ傘下のRTFKTとLVMHは22年11月、LVMH傘下のスーツケースブランド「リモワ」のNFTコレクションを投入した。
このコラボは双方向型で、消費者はNFTを作成するために課題を解かなくてはならない。リアルとデジタルの世界もつないだ。リモワはNFTにあわせて限定版のスーツケースも発売した。
アルタバグループ(Altava Group、シンガポール):提携
アルタバはブランド向けにカスタマイズされたデジタル環境を開発する企業で、22年3月にシードVCで900万ドルを調達した。LVMHは22年5月、アルタバと共同で初のメタバースアンバサダー「リヴィ(Livi)」を作成した。

リヴィは22年6月、パリで開催されたテックカンファレンス「ビバテクノロジー」の表彰式で共同司会を務めた。
バーチャルインフルエンサーは特にアジアで人気が高まっている。コンピューターで生成されたこうした人格は人間のインフルエンサーのような魅力を提供できる上に、リスクや制約が少ない。
メタバースの台頭に伴い、リヴィのようなバーチャルインフルエンサーがこうした仮想空間の著名人になる可能性がある。メタバースはファンやフォロワー、消費者と交流する新たなプラットフォームとして機能するようになるからだ。
米コンセンシス(ConsenSys):提携
LVMHは19年、米マイクロソフトと米ブロックチェーン新興企業コンセンシスと共同で、ブロックチェーンを通じて高級品を認証するプラットフォーム「オーラ(Aura)」を創設した。消費者は製品のデザインから販売までを追跡できるようになり、LVMHは偽造品や不正からの保護を強化できる。
21年4月にはイタリアの高級ブランド「プラダ」やスイスの高級ブランド大手リシュモン傘下の宝飾ブランド「カルティエ」など他のブランドも「オーラ・ブロックチェーン・コンソーシアム(Aura Blockchain Consortium)」に加わった。これにより、オーラは全ての高級ブランドに事実上開放された。
同様に、LVMHは22年11月、オーストラリアの上場企業セキュリティ・マターズと提携した。ブロックチェーンを使って原材料をより詳しく追跡し、廃棄物を減らすのが狙いだ。
これらの提携はLVMHが原材料の投入に至るまで、高級ブランド品が本物だと確認できる点を重視していることを示している。企業がサステナビリティー(持続可能性)の取り組みを強化するなか、こうした焦点は業界全体に広がるだろう。