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スリープテックで健康管理 ウエアラブル端末が進化

CBINSIGHTS
心身の健康に大きな影響を及ぼす睡眠の改善に向けて、世界の技術系スタートアップが関連機器やサービス「スリープテック」の研究開発に取り組んでいる。中でも手首や指、頭などに装着するウエアラブル端末は重要技術として注目されている。睡眠の質を高めるだけでなく、疲労の回復やメンタルヘルスの改善などにもつながるウエアラブル端末を活用したスリープテックの最新動向をCBインサイツがまとめた。

睡眠の質は心身の健康に非常に大きな影響を及ぼす。きちんとした睡眠がとれなければ、高血圧やうつ病、心臓発作、脳卒中など健康を損なう事態になりかねない。

日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)に伴い世界で睡眠の問題が悪化し、ストレスや不安のレベルが高まっている。複数の研究によると世界各国で不眠症の有病率が高まっており、一部では「コロナ不眠」と命名されている。

一方、CBインサイツによると、睡眠の健康やウエルネスについてニュースで取り上げられた回数は2020年3月以降急増している。

スタートアップはかねて消費者の睡眠衛生を改善するため、テクノロジーに目を向けてきた。ウエアラブル端末を利用することで、消費者は自分の睡眠について知見を深められる。

ウエアラブル端末の人気は高まり、睡眠追跡機能はさらに高度になり、スタートアップから巨大テックに至るまであらゆる企業がこの分野に参入している。米アップルの最新の四半期(21年4~6月期)決算では、ウエアラブル部門の売上高は製品分野で2番目に多かった。同社は20年、腕時計型端末「アップルウオッチ」に睡眠追跡機能を追加した。

消費者とメーカーが睡眠にさらに注目するなか、ウエアラブル端末は機能を拡充し、良質な眠りを支えるきめ細やかな知見をもたらしてくれる。

ポイント

・睡眠により疲労をできる限り回復し、健康状態を最適化するのが主な狙い:ウエアラブル端末を通じて睡眠データを簡単に入手できるようになり、一流のアスリートだけでなく一般消費者も睡眠を調節することで心身の健康と疲労回復を達成できるようになっている。

・睡眠時無呼吸を検知するウエアラブル端末が注目を集めている:スタートアップだけでなく、米グーグルや米アマゾン・ドット・コムなどの巨大テックも睡眠時無呼吸を検知するウエアラブル端末の開発に取り組み、米食品医薬品局(FDA)からの承認も得ようとしている。

・メンタルヘルスとスリープテックを結びつける動きが活発化:睡眠スタートアップは睡眠の改善をストレス軽減などメンタルヘルスへの効果と結びつけるようになっている。睡眠ウエアラブル端末を手掛ける初期段階のスタートアップの間では、端末を使って「明晰夢(めいせきむ、自分で夢だと自覚している状態)」をコントロールすることも新たな焦点になっている。

なぜ睡眠なのか

米調査会社ウェイクフィールド・リサーチによると、世界の成人の半数以上が睡眠不足に悩まされている。

睡眠不足は心臓病など多くの重大な病気の主なリスク要因であり、社会に大きな負担を及ぼしていると考えられている。米シンクタンク、ランド研究所の16年の研究によると、米国では睡眠不足による生産性低下で年間4110億ドルが失われている。

こうした経済損失を受け、この問題に関する研究への関心が高まっている。研究者は今や、睡眠の質は量と同じほど健康状態に重要な影響を及ぼす可能性があると考えている。全米睡眠財団(NSF)は17年、睡眠の質を数値化するため、一連の「睡眠の継続性に関する変数」を正式に発表した。

こうした睡眠の質への注目から、睡眠に関する様々なデータを検知、測定、通知できる新たなテクノロジーが次々と登場し、治療の知見になっている。

最近の技術の進歩により、睡眠障害の治療は改善している。様々な業界の企業が力を結集し、スリープテックを推進している。

新型コロナの感染拡大を受け、睡眠関連の製品はストレス増加による睡眠の問題を解決しようとする消費者や、休息と免疫力アップを最優先したいと考える人からさらに注目を集めるようになっている。

今回のリポートでは、ウエアラブル端末が睡眠の問題に対処している3つの方法について取り上げる。

(1)疲労の回復を追跡・支援

プロのアスリートは睡眠ウエアラブル端末の実際の使用事例を示す憧れのインフルエンサーになり、心身の健康とパフォーマンスを重視する消費者の関心の高まりに一役買っている。

研究者らは、アスリートは起きている時間と同じ長さの睡眠時間が必要で、トレーニングによって身体的・精神的ストレスにさらされていると考えている。ウエアラブル端末を使って常にデータを計測することで、アスリートのトレーニング計画に睡眠衛生を組み込むことができる。

プロスポーツチームは選手のパフォーマンスと疲労回復を向上するため、ウエアラブル端末と提携している。フィンランドのフィットネス用リングメーカー、オーラ(Oura)は米プロバスケットボールNBA、米プロ女子バスケWNBA、総合格闘技UFCなど米国の様々なプロスポーツチームと契約している。最近ではサーフィンのワールド・サーフ・リーグ(WSL)や米大リーグのマリナーズと提携した。

指輪型端末「オーラリング」は赤外線センサーを使って脈拍のほか、体温や心拍変動などの生理学的データを追跡し、睡眠と活動のパターンを詳しく理解する。睡眠効率(ベッドで横になっていた時間に対する睡眠時間の割合)や各睡眠ステージの時間などの指標に基づいて睡眠スコアを算出する。

オーラリングは小さく、一晩中装着しても邪魔にならない。端末の大きさは多くのメーカーにとって重要な課題だ。

米フープ(Whoop)は、リストバンド型端末を使って運動や睡眠の指標を追跡する月額制サブスクリプション(定額課金)サービスを手掛ける。同社は21年9月のシリーズFで2億ドルを調達した。身体活動や睡眠負債の蓄積などの健康データに基づき、利用者に必要な睡眠時間をアドバイスする。

ウエアラブル端末の魅力はフィットネス愛好家以外にも広がっている。健康状態を改善し、活動量計のデータをかかりつけ医と共有するためにウエアラブル端末を日常的に使うことに関心を持つ人が増えている。

いくつかの国ではコロナ禍に伴うロックダウン(都市封鎖)時に、健康状態をチェックする手段としてウエアラブル端末を購入する人が増えた。英国では今や約40%がスマートウオッチなどのウエアラブル端末を持っている。一方、大手会計事務所デロイトの調査では米国人の約42%が何らかの活動量計を使っている。この調査ではウエアラブル端末の利用により行動が少なくとも「やや変化した」と答えた人は77%に上り、自分のデータを医者と共有しているとの回答も約半数を占めた。

(2)睡眠障害の検知と介入

各社はウエアラブル端末による睡眠障害の検知や治療の機能をさらに高めている。

こうした端末は睡眠障害の既存の解決策が抱える問題の一部を解消しようとしている。既存の方法は不格好で価格が高い(施設での宿泊検査は1泊600~5000ドル以上する)ことが多く、診療所にわざわざ行かなくてはならない。スタートアップは睡眠障害を自宅にいながらにして検知し、体を傷つけずにモニタリングできる解決策を編み出している。

多くの年配者は薬の副作用や睡眠障害、加齢により睡眠に悩まされているため、この分野の市場は伸びる可能性がある。例えば、60歳以上の推定25~30%が閉塞性睡眠時無呼吸の影響を受けている。CBインサイツのデータによると、世界の睡眠時無呼吸治療の市場規模は推定67億ドルに上る。

睡眠時無呼吸を検知するテクノロジーはスタートアップからも巨大テックからも人気を博している。20年にグーグルに買収された米フィットビット(Fitbit)は、ウエアラブル端末で睡眠時無呼吸を診断する承認をFDAから得ようとしている。非ウエアラブル端末では、アマゾンが今年、音声アシスタント「アレクサ」の搭載端末で睡眠時無呼吸を検知する機能の開発に取り組む計画を発表した。

仏スタートアップ、ウィジングズ(Withings)のスマートウオッチ「スキャンウオッチ(ScanWatch)」は睡眠追跡機能と健康モニタリング機能を備えており、現在はFDAから睡眠時無呼吸を検知できる機能の承認を待っている。一方、ブラジルのスタートアップ、ビオロジクス(Biologix)は自宅での検査に加え、アプリと指に取り付けるセンサーを使ったモニタリングキットで睡眠時無呼吸を追跡する。

スタートアップは他の睡眠障害にも対応している。米ナイトウエア(NightWare)は悪夢障害や心的外傷後ストレス障害(PTSD)による悪夢を治療するウエアラブル端末を手掛ける。この端末はFDAの承認を受けており、生理学的データから利用者が悪夢をみていると検知すると、振動を送り、睡眠を妨害することなく悪夢を止める。

ナイトウエアは19年、FDAから「画期的機器」に指定された。これにより迅速に承認を受け、臨床検査に取り組めるようになった。

ウエアラブル端末は他の慢性疾患の症状や加齢により睡眠不足に悩む消費者も支える。韓国のAMOラボ(AMO Lab)のネックレス「AMO+」は睡眠の質を改善し、心拍数と呼吸数を安定させ、ストレスを減らす。同社は特に慢性疾患により睡眠に問題を抱える高齢者を対象にしている。

(3)ストレス緩和とメンタルヘルス改善

メンタルヘルスと睡眠は密接につながっており、睡眠障害と精神状態は互いに悪影響を及ぼし合うとされる。多くのスタートアップはこの関連に注目している。

韓国のFraSenが開発した特許取得済みの睡眠マスクは、脳波センサーにより脳の活動を測定する。このマスクを装着すると深くリラックスでき、仮眠による回復や、就寝による休息効果が高まる。

米アポロ・ニューロサイエンス(Apollo Neuroscience)は振動を送り、副交感神経系を刺激するウエアラブルバンドを手掛ける。このバンドを着用するとストレスが緩和され、入眠しやすくなる。利用者はこのバンドの使用によってストレスレベルが平均40%減ったと報告している。創業チームは他のテクニックやアプリとは違って消費者が積極的に関与することなくリラックスをもたらせるため、ウエアラブル端末という手段を選んだと話している。

スタートアップが注目しているスリープテックの新たな分野は「明晰夢」だ。明晰夢に関する研究は玉石混交でまだ数も少ないが、一部では明晰夢にはメンタルヘルスを改善する可能性があることが示されている。まぶたを光で刺激する手法をとることが多いため、大半のスタートアップはヘッドバンド型かアイマスク型の端末を手掛けている。

米レミー(Remee)のアイマスクはレム睡眠時に目を覚まさない程度の光の信号を送って夢を見ていると知らせ、利用者が夢の中で積極的な役割を担えるようにする。オランダのアレナー(Arenar)のヘッドバンド「アイバンドプラス(iBand+)」は、入眠するまでに光や音の刺激を伴う睡眠の瞑想(めいそう)を通じてリラックスさせ、明晰夢に備えた「訓練」を施す。同社はこの睡眠デバイスで特許を取得している。

明晰夢は睡眠ウエアラブル端末にとってまだ新しい分野で、この分野の大半のスタートアップは初期段階だ。もっとも、一部の研究では明晰夢は(特に真夜中に故意に目を覚まし、明晰夢を見るために眠りに戻ろうとする場合には)睡眠の質を下げるため、健康に有害だということが明らかになっている。PTSDの症状がある人など一部のグループには効果がないことも示されている。

次の展開は

大半の睡眠ウエアラブル端末は今のところ個人向けで、ナイトウエアなど一部を除いては医療機器として承認されていない。しかも、睡眠の追跡は健康や睡眠の質に有害だとする研究もある。

データ収集の問題もある。睡眠を追跡する最善の方法は、専門の研究所で行われる睡眠研究で脳の信号を追跡することだ。だが、ウエアラブル端末は代わりに心拍数などの生理学的データを活用しており、睡眠ステージの検知などでは精度が劣る場合もある。もっとも、オーラなど各社は機能向上に積極的に取り組んでいる。同社は21年6月、睡眠感知アルゴリズムを改善したと発表した。これにより睡眠ポリグラフ検査との結果の一致率は80%近くになった。

テクノロジーが進展し、健康やウエルネスにおける睡眠の重要度がさらに高まるのに伴い、ウエアラブル端末を使った健康状態の追跡や患者の遠隔モニタリングは一段と広がるだろう。これにより医療従事者は患者の健康に関するデータに基づいた深い知見を長期にわたって得られるようになり、患者の記憶に頼ったり、症状がさらに悪化するのを待ったりすることなく、問題に早く気付くことができるようになる。

一方、スリープテックとメンタルヘルスのつながりはさらに強固になるだろう。明晰夢のスタートアップの多くは自社製品を睡眠薬の要らない代替治療として強調している。明晰夢はメンタルヘルス治療でやはり人気が高まりつつある、幻覚剤を使った療法「サイケデリック療法」に例えられるかもしれない。

ウエアラブル端末はいずれ、収集したデータを活用し、睡眠に加えて食事や運動など一人ひとりに応じた様々な健康アドバイスを提供する包括的なサービスに進化するだろう。例えば、オーラは「個別の健康コーチ」を目指す構想を明らかにしている。

ビジネスモデルに関しては、オーラなどのフィットネス用ウエアラブル端末メーカーは米ペロトン(Peloton)のようなフィットネステックと同じ道をたどるだろう。ペロトンはフィットネスバイクにコンテンツのサブスクを組み合わせたサービスを提供している。

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