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原発が水素も量産 10年ぶり再稼働の実証炉が秘める力

日経ビジネス電子版

日本の官民が原子力発電とグリーン水素の製造を同時にやってのけるハイブリッドプラントの開発に臨んでいる。原子炉から熱を取り出し、主原料の水を化学反応させて水素を生む。高温ガス炉(HTGR)と呼ばれる次世代炉の1つだ。水素は製鉄所や化学産業の脱炭素への貢献が期待される。一体どんなプラントなのか。肝心の安全性はどうなのか。2021年、10年ぶりに再稼働したHTGRの試験研究炉(HTTR)の開発現場からリポートする。

記者が向かった先は穏やかな海岸線が続く茨城県中部の町、大洗町。その海沿いに日本原子力研究開発機構(JAEA)の大洗研究所がある。

「この地下に高温ガス炉が埋設されています」。高温ガス炉研究開発センターの篠﨑正幸部長が案内してくれたのは、所内の一角にあるHTTRの建屋だ。1階にはオペレーション室しかない。原子炉は地下30メートルにわたって建造されている。

格納容器は配管の塊

地下に埋められている理由は、津波やテロ攻撃などから守るためだ。地下への入り口では氏名などIDをチェックされ、スマートフォンを置いていくよう指示される。JAEAは核燃料物質や放射線の徹底管理を求められており、内部関係者でも入念に検査される。

白衣を羽織り、専用シューズをはいて原子炉格納容器に入る。階段を下りて、着いたのは地下2階。そこにはさらに扉があるが、使われているのは潜水艦にも使われている三菱重工業製の開閉ハッチ。くるくるとハンドルを回すと、重々しい鋼鉄の扉が開く。

内部は一言でいうと配管の塊だ。熱エネルギーを生む「お母さん」である中核の原子炉圧力容器の周囲には、毛細血管のようにパイプが走る。圧力容器の横には高さ11メートルの熱交換器が垂れ下がる。熱交換器は後ほど詳しく説明するが、熱エネルギーを取り出す冷却材のヘリウムガスが出入りしている。配管は主にこのヘリウムの通り道だ。

圧力容器の外壁に取り付けられた被ばく線量を計測するデジタル線量計は「0.0マイクロシーベルト」を表示。「圧力容器周辺の機器に微塵(みじん)の放射性物質も残っていない証拠といえます」。篠﨑部長は安全性を強調する。

「溶け出さない」燃料棒

HTGRは、軽水炉という水を沸騰させて熱や蒸気を取り出す現行の原発とは構造が違う次世代炉の1つだ。電気出力は最大30万キロワットと軽水炉型原発の3分の1程度と小ぶりだが、安全性は極めて高いという。

なぜ、安全性が高いといえるのか。その理由は2つある。まずは溶融しない燃料棒だ。

現行の原発の燃料棒はジルコニウムという合金でウラン燃料を覆っているが、炉内温度が1200度を超えると燃料棒は溶け出してしまう。いわゆる「デブリ」への第一歩だ。他方、HTGRは黒鉛でウラン燃料を覆っている。その黒鉛被覆材にはセ氏2500度までの耐熱性がある。福島第一原発事故のときの2倍程度の温度でも溶け出さない。

ウラン燃料そのものも耐熱構造にしてある。燃料棒の中には高さ39ミリメートル、直径26ミリメートルの円筒容器が積み重なって入っているが、その容器に直径1ミリメートルのウラン燃料の粒子がびっしりと詰まっている。

この1ミリメートルの粒子は特殊なセラミックなど4層構造の耐熱素材で同心円状に覆われ、セ氏1600度に達してもウランの核分裂反応時にできるセシウムなどの放射性物質を閉じ込められる。

この多重防護によって「ウラン燃料が溶け出し、放射性物質が次々と漏れ出すリスクはほとんどない」(西原哲夫・高温ガス炉研究開発センター長)とされる。

水素爆発起こさせない

安全性に関するもう1つのポイントが「冷却材」だ。冷却材とは安定した温度で熱を取り出すための材料だ。軽水炉では冷却材に水を使っている。一方、HTGRにはヘリウムガスを使う。

ヘリウムガスは他の分子とは結合しない性質を持つ不活性ガス。そのため、いくら高温になっても化学反応を起こさない。化学反応が起きず、水もないので「水素爆発や水蒸気爆発は原理的には起きないシステムになっている」(西原センター長)。

安全性を巡っては、実際、2010年にヘリウムガスをすべて止め、核反応が連続して起きる「臨界」をコントロールする制御棒を抜いた状態でも原子炉が自動停止することを確認している。

ところが、その翌年の11年に東日本大震災による福島原発事故が起きる。商用原発だけでなく、実験炉である大洗の原子炉も例外なく稼働停止となった。その後、国の新しい安全基準の審査を受け、20年に合格。21年に再稼働し、9月には出力100%を達成した。

このHTGRに備わるもう1つのイノベーションが、カーボンニュートラル(炭素中立)時代に向けて注目を集める水素の製造だ。近年、天然ガス由来ではなく、太陽光発電など再生可能エネルギーを使って作るカーボンフリーの「グリーン水素」が脚光を浴びる。HTGR由来の水素も同様にカーボンフリーと位置づけられる。

水素製造のポイントは熱だ。JAEAのHTTRからはセ氏850~950度の熱を取り出せる。この熱を使い水にヨウ素と二酸化硫黄を混ぜて化学反応させた材料を分解。そこから水素を取り出すのだ。

大洗研究所には水素を製造する巨大な試験プラントがあり、150時間の連続運転で一定量の水素を製造することに成功している。2026~27年にはHTTRと水素プラントをつなぎ、商用機に近い形で水素生産に乗り出す計画だ。

西原センター長は「高温ガス炉が電源としてだけでなく、水素まで手掛けられるようになれば脱炭素で多様な価値を生み出せる。(石炭の代わりに水素で鉄鉱石を還元する)カーボンフリーの水素還元製鉄や化学品生産などで原料供給の役割を果たせる可能性がある」と話す。

現行の原発は熱を電気に変える効率が3割程度と低い。だが、HTGRは理論上その効率が45%。しかも水素は貯蔵もできる。仮に自動車の年間走行距離を9000キロメートルとすると、熱出力60万キロワットのHTGRで、燃料電池車(FCV)36万台を1年間走らせられるだけの水素を賄えるという。

国の位置づけ見えず

HTGRを巡っては民間では東芝が先行している。これまでJAEAに中核装置の機器を納入したほか、米国での次世代原発プロジェクトにも参画。19年からは資源エネルギー庁が旗を振る国内プロジェクトを富士電機とともに進めており、22年からHTGRの基本設計に入るという。

米国の原発エンジリアリング企業からは、制御棒の開発で引き合いを受けている。原発運転時の温度が700度以上になるため、耐熱性のある特殊な材料開発にたけた東芝エネルギーシステムズに声がかかったという。

水素製造では、原子炉で作った高温蒸気を電気分解する独自技術を持つ。東芝エネルギーシステムズ・原子力先端システム設計部の鈴木哲スペシャリストは「近年、産業界から原発で水素を生み出すイノベーションへの関心が高まっていることを肌で感じる」と話す。

だが、HTGRを巡っては官民とも実現への道のりは遠い。10~11月の第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)で、フランスなど各国が安全性の高い小型モジュール炉(SMR)など原発の新増設を進める態度を鮮明にした。だが、日本は岸田文雄首相が「クリーンエネルギーへの移行を推進し、脱炭素社会を作り上げる」「既存の火力発電をゼロエミッション化する」との表現にとどまり、原発に関する具体的なメッセージは打ち出されなかった。

10月に閣議決定した新しいエネルギー基本計画でも、HTGRについて「革新的な水素製造技術の開発などに取り組む」と研究開発をうたう一方、「原発依存度は低減する」との文言が並んだ。

分かりにくさこの上ない玉虫色の政策目標に、原子力関係者は困惑する。次世代炉を巡っても新型軽水炉からSMR、HTGRまで列挙され、何を優先的に開発するのか、予算と人をどう配分するのかも判然としない。日本政府も資源エネルギー庁も次世代炉を産業に育てる道筋を示せないでいる。

最大950度の熱を生み出す技術力は世界随一で、それを有効利用して水素を作る技術も類を見ない。世界から注目されており、日本はポーランドと研究炉や商用炉の建設で協定を結んでいる。東芝や三菱重工業など重電大手もこの取り組みに参画し、21年から基本設計に入った。英国とも協定を結び、研究開発に向けた話し合いが進む。

日本にとって開発競争の相手は米国と中国だ。米国ではX-エナジーなど新興勢が台頭。米政府が全面支援し、輸出第1弾としてカナダ当局から認定を受けるための作業に入った。中国は日本より一足早く実証炉を使った研究開発を進めている。すでに臨界に達しており、20年代後半に商用化する計画だ。

「技術を積み重ねても、このHTTRが役立つ日はいつか来るのだろうか」。夕闇が迫る大洗町をあとにする記者の胸の内で技術への期待と不安が交錯した。カーボンニュートラルは風雲急を告げているのに、日本は欧米中などと違い原発政策の針路は見通せない。原発産業の関係者たちはもどかしさを感じていることだろう。

(日経ビジネス 上阪欣史)

[日経ビジネス電子版 2021年12月27日の記事を再構成]

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