天然ガス利用でCCSに注目 エネルギー確保と脱炭素両立
Earth新潮流 三井物産戦略研究所シニア研究フェロー 本郷尚氏

ロシアのウクライナ侵攻が長期化する中で、ロシアとドイツを結ぶノルドストリーム1と呼ばれるパイプラインから、天然ガスの供給が再開されるかが注目を集めた。欧州連合(EU)は天然ガスの40%をロシアから輸入し、発電や産業のほか暖房にも使っている。天然ガスの供給が止まれば市民生活に直接影響する。ロシアは輸出制限がロシア包囲網切り崩しの切り札になると考え、EUだけでなく日本などにも揺さぶりをかけるだろう。
EUは液化天然ガス(LNG)を調達、備蓄の積み増すなど対抗措置を講じている。しかし、EUのロシア産ガス輸入は日本が輸入するLNGの1.5倍もの量だ。2022年の冬は乗り切れても、毎年となれば影響はEUにとどまらない。天然ガスの生産能力の引き上げなしでは世界のLNGは危機的な状況になるだろう。
天然ガス投資が支持
6月の主要7カ国(G7)首脳会談の宣言では天然ガス供給増のための投資が支持された。これまで天然ガスも二酸化炭素(CO2)を排出するので、新規のガス田開発は支援せず、次第に天然ガス利用を減らすという意見が強かったから、大きな変化だ。
ただ、各国の排出削減目標などとの整合性が条件となっている。これは難題だ。LNG受け入れ基地建設には2~3年、輸出設備建設には十分な天然ガスがあっても3~4年、新規にガス田開発となれば開始までに10年以上、さらに投資回収には20年以上を要するからだ。国際エネルギー機関(IEA)が指摘するようにEUが期待するのは30年ごろまでのつなぎのエネルギーだ。稼働してすぐにお払い箱では誰も投資しない。
CCS活用ロードマップ
そこでエネルギー確保と脱炭素化を両立させ、また天然ガスサプライチェーン投資の座礁資産化を避ける技術として注目度を増したのが二酸化炭素地下貯留(CCS)だ。CCSは気候変動に関する政府間パネル(IPCC)やIEAなどの分析では重要な選択肢として位置付けられてきた。だが実用化に向けた歩みは遅く、これから加速しなければならない。
日本では5月に経済産業省がCCS活用のための長期ロードマップの中間とりまとめを発表した。50年に年間1億2000万~2億4000万トン、現在の排出量の10~20%に相当する量の貯留が目安だ。30年CCSの事業化開始を目指して、「CO2圧入貯留権」の確立など国内法整備や、コストの低減に向けた政府支援、国民理解の増進、海外CCS事業の推進などが盛り込まれている。
施策の中で重要なのは経済性だ。分離回収技術の開発・改良を政府は長きにわたり支援してきたが、コストの大幅引き下げには至っていない。目標価格のコミットを求めるなど補助金のあり方の大胆な見直しも必要だろう。
輸送・貯留をインフラ化
今回の案で注目したいのは、輸送・貯留のインフラ化だ。様々な排出源からCO2を回収して、大規模かつ集中して貯留を行うハブ&クラスターの仕組みを導入する。そうすることで1トン当たりのコスト引き下げが期待できる。
しかし、これだけでは十分とは言えない。収入源が必要だ。コストが下がっても収入がなければ事業化は困難だ。カーボンプライシングがCCSの前提となる。当初は補助金も必要だが、補助金から卒業して事業として独り立ちするには、排出コストが長期的に上昇することが前提になるだろう。

巨額の投資を動かすために必要なのは国民からの支持だ。CCSは多くのシナリオで選択肢となっている。大きな問題はなくメリットのほうが大きいと、熱烈に支持する意見がある。
一方で、とんでもないと強く反対する人たちもいる。長期間にわたって安定的に貯留できるのか、地震を誘発するのではないか、生態系への影響はないのか、化石燃料利用を促進することになるではないか、などが主な理由のようだ。
丁寧な説明が必要
とはいえ、積極派も反対派も社会全体では多数を占めているわけではない。多くの人はCCSに対して十分な情報を持っていないようだ。CCSの強みと弱みを中立的に示し、丁寧に説明することが必要だろう。
今回のエネルギー危機から学ぶことは少なくない。まずはシナリオ分析だ。ベストのシナリオを絶対視するのは危険だ。不確実性は至るところにある。外部環境は変化することが当たり前と考え、政策も企業戦略も柔軟性を重視すべきだろう。
もう一つは集中のリスクだ。かつて欧州ガス市場には4分の1ルールがあると言われていた。欧州域内、北アフリカ、中東、ロシアとガスの供給源を分散させて地政学リスクに備えるとの戦略だ。
この20年間にロシア産ガスへの集中が進んだことで、EUだけでなく世界的なエネルギー危機、気候変動戦略の見直しを引き起こした。これは脱炭素投資に必要なレアメタルやレアアースなどの資源にも言えることだ。分散投資の重要性を再認識すべきだ。
[日経産業新聞2022年7月29付]

関連企業・業界