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脱炭素への道は「想定外」前提に エネ安保、電源に幅

Earth新潮流 三井物産戦略研究所シニア研究フェロー 本郷尚氏

NIKKEI BUSINESS DAILY 日経産業新聞日経産業新聞 Earth新潮流

近ごろエネルギーの不足や価格高騰が何かと話題にのぼる。原油や天然ガスの価格が高止まりし、インドネシアでは逼迫する国内需要を優先するため、石炭輸出を急きょ一時停止した。

市民の身近な問題

一連の市場の混乱は新型コロナウイルス禍を背景とする景気刺激策などで需給バランスが乱れたことが原因のようだ。しかし、気候変動対策とエネルギー問題は表裏一体と言える。電力やガソリンの価格など身近な問題としても、気候変動対策への関心は高まっている。

国際エネルギー機関(IEA)は石炭需要は少なくとも2024年ごろまでは増え、天然ガスはアジアを中心に30年以降も重要な役割を果たすとみている。「カーボンニュートラル(温暖化ガス排出実質ゼロ)」「脱炭素」といった目標の存在感が高まる一方で、足元の化石燃料の需要増とのギャップが目立つ。

このため「再生可能エネルギーへのシフトをもっと進めておけばエネルギー不足と電力価格上昇は避けられたはずだ」「石油や天然ガスの新規開発はとんでもない。座礁資産になるだけだ」と、再生エネ導入の加速を求める発言がある。他方で「再生エネが広がる前に化石燃料から撤退すればエネルギー不足に陥る」など、安定供給を重視すべきだとの指摘もある。

「安全弁も忘れず」

正反対の意見だが、脱炭素もエネルギーの確保も大事だ。議論を重ねれば「再生エネの普及などエネルギー転換に最大限努力しつつ、化石燃料による安全弁も忘れない」に落ち着くだろう。

企業の気候変動対策に厳しい視線を注ぐ米大手運用会社ブラックロックのラリー・フィンク最高経営責任者(CEO)が最近、投資先企業に向けた書簡で天然ガス活用に肯定的な言及をしたことが話題になった。「潮目が変わった」との見方もあるが、脱炭素の流れは変わっていない。ただ、脱炭素シナリオでのエネルギー安定供給のリスクが注目され始めたのは確かだ。

日本の公式シナリオは21年10月に閣議決定された「エネルギー基本計画」だ。シナリオ通りに進めばエネルギーは不足しないが、専門家が不確実性を指摘するのは再生エネ発電と原子力発電だ。そして安全弁として期待されるのが燃焼時のCO2排出量が石油や石炭より少なく、既存の発電設備が利用できる液化天然ガス(LNG)火力だ。

LNGと水素に着目

しかし、足元でみるように需給が逼迫すれば価格が高騰する。既に中国が日本を上回る世界最大のLNG輸入国であり、今後も差は開くだろう。争奪戦となれば十分な量の確保は難しいと危惧する専門家は多い。

わかりやすい処方箋は資源国や企業がLNGを潤沢に市場供給することだ。しかし天然ガス開発には批判的な意見もある。開発には数千億円以上の資金が必要だ。融資を担う金融機関への圧力も高まっており、「投資は悩ましい」と銀行担当者は説明する。

投資決定の分かれ目になりそうなのが、日本や欧州連合(EU)が進める水素戦略だろう。水素は水の電気分解や天然ガス改質でも作れる。再生エネ由来に限定すべきだとの意見もあるが、天然ガス由来でも二酸化炭素(CO2)を回収・貯留すれば「排出ゼロ」とみなすことができる。

LNGとして流通しなくても、天然ガスは水素の原料として使える。このシナリオであれば天然ガス開発は脱炭素シナリオのリスクの備えになり、座礁資産にもならない。

「世界協力前提」に危うさ

脱炭素シナリオでもう一つ気になるのは、安全保障上の制約だ。発電量が不安定な再生エネ発電の拡大や自動車の電動化には電池が必要だ。主原料であるリチウムやニッケルなどの需要が急増する。

こうした資源を低コストで開発できる場所は世界でも限られている。またカーボンニュートラルを目指せば石油需要は大きく減る。生産コストの低い中東への依存度がかつてないほど高まるだろう。中国やロシアを巡る緊張など国際情勢が不安定になれば脱炭素シナリオには黄信号だ。

脱炭素は世界が協力しあえることが前提だ。IEAは世界的な協力がなければその実現は20年以上遅れると分析している。シナリオをどんなに練ってもエネルギー安定供給には不確実性が残る。「想定外」にも柔軟に対応できるのが望ましい。むしろ想定外があることを前提に考えるべきだろう。

日本企業に活躍の場

原子力では事故、化石燃料は座礁資産、太陽光や風力発電は電力システムの不安定化、バイオマスは生物多様性とのバランス、などとマイナス面だけをみて排除していったら選択肢はなくなる。排除ではなく、選択肢を増やすことが重要だ。分散投資の弱点は投資コストの増大にある。ただ、これは安全保障のコストと受け止めざるを得ないし、悪いことばかりではない。

日本企業は世界第3位の経済大国としての国内市場を背景に、ほとんどの産業分野に進出し、同じ分野で複数の企業が競争する。過当競争は弱みと言われてきたが、分散投資の時代では強みとなる。多くの企業にとってチャンスだ。政府には国際的な協力と企業間競争を活発にする市場環境整備を期待したい。

[日経産業新聞2022年1月28日付]

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