オークションサイト「.mura」 NFT化した音楽作品販売
エンターテック
近年、NFTと呼ばれる、"偽造不可能な鑑定書や所有証明書付きのデジタルデータ"に注目が集まっています。トレーディングカードやアートなどの分野で活用され始めていますが、音楽に応用したのが2021年10月からサービスが始まった「.mura」(ドットミューラ)。NFT化した音楽作品を販売するオークションサイトで、12月上旬までに小室哲哉さんをはじめとした4組のアーティストが出品しました。

サービスを立ち上げた、Studio ENTREの代表取締役社長の山口哲一氏に、MTVジャパンやユニバーサルミュージックなどで新規事業開発を担ってきた鈴木貴歩氏が話を聞きました。
エンタテインメント領域のDX化事業を行うStudio ENTREと、ブロックチェーン技術をサポートするGincoによって運営する楽曲販売サービス。デジタル音源とアートワークに加え、原盤権の売り上げの一部を譲渡するといった特典を付与することができる。購入者の身元確認にも力を入れており、パスポートによるIDチェックを行うなど、販売するアーティスト側にとっても安心できる設計となっている。購入する方法としては、暗号通貨、日本円、PayPal、クレジットカードなど、幅広く対応する。
――「.mura」を立ち上げた経緯について教えてください。
音楽業界において、アーティストファーストのエコシステムに寄与したいという思いからです。近年定着した音楽ストリーミングサービスは、デジタル時代の音楽生態系の幹となっています。しかし再生回数による分配だと、ごく少額になるアーティストも多く、原盤制作費の回収に時間がかかる。特に新人アーティストにとっては厳しく、ファイナンス面でアーティストとユーザーをダイレクトにつなぐ仕組みでの補完が必要です。クラウドファンディングもありますが、日本の音楽領域ではアイドル以外での成功事例が少なく、定着したとは言えません。
そこで、「.mura」では、NFT化したデジタル音源とアートワークをオークション形式で直接販売。特典として、楽曲の独占使用権や、原盤権の売り上げの一部を譲渡できるようになっています。購入した人たちのことを、私たちはコモンズオーナーと呼んでおり、アーティストの1番のサポーターです。ここから新たな音楽コミュニティーが生まれるのではと期待しています。
――11月に最初にオークションにかけられた音楽ユニットam8さんの楽曲は、最高額のもので13万円の価格が付きましたね。
彼らはコモンズオーナーに対する特典として、ストリーミングの配信収益の50%を期間限定で分配するとしていました。音楽の場合、たくさんの人に聴いてもらいたいというのが、基本的なアーティストのモチベーションです。なので、購入者しか聴けないという形よりも、楽曲の収益の一部が分配されるほうが双方にとって有益かなと考えています。3人組バンドのニルギリスさんの楽曲は40万円の値が付いたんですが、彼らの場合、ストリーミングの配信収益の分配率を20%に設定。このあたりの数字はまだ手探りの状態で、これから様々な事例が蓄積されていくなかで適正値が見えてくるのかなと思います。
小室哲哉の曲は50万円で落札

特典として、楽曲の使用権を付けたのが小室哲哉さん。こちらは、購入者のYouTubeなどの動画で楽曲を使うことを認め、収益化してもOKです。11月に開催された「イノフェス2021」で即興制作した音源をNFT化したんですが、最高額で50万円の値が付きました。小室さんはNFTの可能性に興味を持たれていて、今後活躍するアーティストのために、新しいマネタイズの手法や、ファンとのエンゲージメントの築き方のチュートリアル役になれればと、参加してくれました。
――「.mura」はこの先、どのような使われ方をしていくとお考えですか?
例えば、アーティストがデモテープの段階で出品し、いい曲と思ったコモンズオーナーが入札に参加する「プロセスエコノミー」的なやり方もあるのかなと思います。アーティストはそれでレコーディング費用を賄うことができ、コモンズオーナーは原盤権の収益の権利を得られる。これまでレコード会社が行ってきたことを、個人がある種、パトロン的に支援できるイメージですね。
今後参加するアーティストも既に決まっており、第1弾はクラムボン、浅田祐介、林ゆうきの3組、間もなく第2弾も発表予定です。春頃には購入した楽曲を転売できるセカンダリーマーケットも開始予定。ただ、あくまでもアーティストファーストのエコシステムに寄与することが目的なので、投機が1番の目的になることはないと思います。「アーティストが持続可能な音楽活動を行えるために何ができるか」をテーマに掲げ、サービスを展開していくつもりです。
スズキの視点
NFTと音楽、アートを組み合わせた次世代のエンターテックのエコシステムは、2020年前半から急速に拡大。グローバルの最先端アーティストの間では、なかば"当たり前"になった感さえあります。私も、アーティストやメタバースと連携したエンタメ×NFTの販売を通じて、特に日本発世界という文脈で大きな手応えを感じています。「.mura」はアーティストをサポートするための哲学がしっかりしており、今後立ち上がるプラットフォームはそこがないと続かないでしょう。クリエーターエコノミーのサイクルが日本でも加速することを期待します。
ParadeAll代表取締役。"エンターテック"というビジョンを掲げ、エンタテインメントとテクノロジーの幸せな結びつきを加速させる、エンターテック・アクセラレーター。エンタテインメントやテクノロジー領域のコンサルティング、メディア運営、カンファレンス主催、海外展開支援などを行っている。
(構成:中桐基善)
[日経エンタテインメント! 2022年2月号の記事を再構成]
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