「一緒に食べたい」 家族の願いが生んだ新・調理家電

嚥下(えんげ)障害などの人たちが普通に近い見た目の食べ物を楽しめる、新たな調理家電を開発する家電スタートアップのギフモ(京都市)。「介護現場の食の課題を解決したい」と強い思いを持ち続けた有志たちが事業化を実現した。
◇ ◇ ◇
「家族と同じものを食べさせてあげたい」──。口の中のものをうまく飲み込めない、嚥下障害などで悩む人にこんな形で寄り添うのがギフモだ。
いつもの手料理や市販の総菜、冷凍食品などを入れるだけで、料理を見た目や味を変えずやわらかくできる調理家電「DeliSofter(デリソフター)」を開発した。72刃の刃通しをする「デリカッター」で食材の繊維を分断し、一般的な電気圧力鍋よりも高い圧力で蒸気加熱をかけることで、短時間で食材をやわらかくする。
食べることに問題を抱えている場合、家族が食材をペースト状など流動食に加工して食べてもらうことが多い。しかし、デリソフターの調理なら食材を目でも楽しめ、家族の負担も減る。例えば肉料理なら30分程度で歯茎でつぶせるやわらかさになる。
既に累計500台以上を販売した同製品は、介護現場の食の概念を大きく変える可能性を秘める。「食べたいものを食べられることは人間の尊厳につながる」。森實将社長はこう話す。
実はギフモは、パナソニックの新事業創出活動を源流に生まれた会社だ。大企業で実現できなかったアイデアを、強い思いを持つメンバーたちが集まって事業化にこぎ着けた。
父親の介護から生まれた思い

発端は2016年。パナソニックの家電部門が立ち上げた新規事業創出プロジェクト「ゲームチェンジャー・カタパルト」の募集だ。ギフモの共同創業者である小川恵氏は当時、父親が嚥下障害になり、普段の食事が食べられなくなった。その時初めて分かったのは、流動食を作るにはとても時間がかかること。また市販の介護食は1食1000円を超えることもあり、費用を負担するのは難しい。そうした状況を打破したいと考え、同僚で、後に共同創業者となる水野時枝氏と共に、デリソフターを企画した。
地道に勉強を重ねた2人の案はコンテストを勝ち抜き、採択された。17年に米国で開かれたテクノロジーと音楽・映画の祭典「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」の出展でも「素晴らしいコンセプト」と注目を集めた。
だが事業化には人が足りない。アイデアを何とか形にするため、2人は同年、有志のサークルを立ち上げた。その活動を知った森實氏は「一緒にやりたい」と直談判し、「絶対に世に出すべきだ」と、サークルのリーダーになった。
森實氏は国立の新居浜工業高等専門学校(愛媛県新居浜市)を卒業後、ソニーのエレクトロニクス機器などを手掛けるグループ会社に入社。ブルーレイ・ディスクレコーダーの量産立ち上げなどを手掛けた。液晶パネル関連の会社に転職したが、「お客さんの声が直接聴ける家電を作りたい」とパナソニックに再転職。白物家電の量産立ち上げに携わった後、デリソフターの開発に飛び込んだ。
有志サークルの活動は熱を帯びていったが、量産を前提としたパナソニックで少量から始めるビジネスモデルの事業化を進めるのは難関だ。「誰も挑戦していないことをやる難しさを感じた」(森實氏)
18年、そこに一筋の光がさす。パナソニックと米スクラムベンチャーズが家電の新規事業創出に向けて設立した支援企業ビーエッジ(東京・港)だ。同社の社長を務めるディー・エヌ・エー(DeNA)元会長の春田真氏らの後押しもあり、19年4月、ギフモはようやく設立にこぎ着けた。ビーエッジには官民ファンドINCJ(旧産業革新機構)も出資している。
森實氏はモノづくりの経験を生かし、さっそく工場選びなど製品化に奔走した。様々な工場を検討し、最終的に圧力鍋を生産する工場に決め、担当者の元へ何度も通った。
こだわったのは、製造コストを極限までそぎ落とすこと。量産している圧力釜などと同じ部品をできる限り活用し、税込みで4万7300円と、ゼロから部品金型を作る場合に比べ大幅に価格を抑えた。少量生産でも、付帯サービスなどに頼ることなく、製造・販売だけでしっかりと成り立つ事業モデルの確立を目指した。
「食を楽しむ」という心の豊かさを守りたい

20年7月に正式発売すると、まず100台生産・販売したデリソフターは瞬く間に完売、顧客の反響も大きかった。病状のためペースト食を食べていたある男の子は、食形態のステップアップをする時にデリソフターと出合い、ステーキをおいしそうに食べてくれるようになった。介護施設では、肉が大好きだが食べられなかった高齢者に、デリソフターで調理したステーキを初めて出したところ、とても喜んで食べてくれたという。
「食べる行為は目から入る」と指摘する医療専門家もいる。デリソフターが守るのは、「食を楽しむ」という人間の尊厳そのものだ。最近では企業から新たなレシピを生み出すためのコラボレーション提案も舞い込む。「まずは認知度をしっかり高めたい。正しく伝われば介護業界の現場の人には必ず共感してもらえるはず」(森實氏)。社会に心の豊かさを提案する3人の旅は、まだまだ続きそうだ。
(日経ビジネス 西岡 杏)
[日経ビジネス2021年6月28日号の記事を再構成]
関連リンク

企業経営・経済・社会の「今」を深掘りし、時代の一歩先を見通す「日経ビジネス電子版」より、厳選記事をピックアップしてお届けする。月曜日から金曜日まで平日の毎日配信。