/

創業1300年超の温泉旅館 江戸期の疫病乗り越えた決断

日経ビジネス電子版

奈良時代に創業の古まん(兵庫県豊岡市)は開湯1300年を超えた城崎温泉において最も古い旅館だ。疫病が流行した江戸時代末期に経営が苦しくなったが、屋号や創業地を譲り渡すギリギリの決断で生き残った。新型コロナウイルス禍の難局を前に、地域とともに乗り越えようと奮闘する(記事中に登場する企業の創業年などには諸説ある)。

兵庫県の日本海に面した城崎温泉。「関西の奥座敷」として人気が高く、松葉ガニなどが食べられる冬場の11~3月には特に多くの観光客が訪れる。旅館に滞在するだけでなく、外湯を回りながら昭和初期の風情ある町並みをそぞろ歩く魅力があり、2020年には開湯から1300年を迎えた。

この地で温泉旅館を手掛ける古まんは奈良時代の養老元(717)年の創業とされる。信用調査会社の東京商工リサーチと帝国データバンクはともに古まんを「国内で4番目に古い会社」であり、温泉旅館では西山温泉慶雲館(山梨県早川町)に次いで「2番目に古い」としている。

現在の当主は22代目

古まんは日生下(ひうけ)家のファミリービジネスとして続いてきた。城崎を開いたという伝承がある古いファミリーであり、当地の四所神社は和銅元(708)年につくられて以来、日生下家が長く神職を務めてきた。

はっきりした家系図が残るのは江戸時代初期からだ。現在の当主である日生下民夫氏は22代に当たる。1969年生まれの民夫氏は大阪の大学を卒業後、将来の事業承継を意識して同じ兵庫県の有馬温泉で修業し、数年後に家業に加わった。

大正14(1925)年に起こった北但大震災(北但馬地震)で、城崎温泉は大半の建物が倒壊や火災に見舞われた。古まんも被害を受け、所有していた多くの史料が失われた。それでも温泉街の中心付近にある温泉寺は被害を免れ、ここに日生下家の当主が慶長年間にまとめた「日生下氏家宝旧記」「曼陀羅(まんだら)記」の写本が保管されていた。古まんには現在この写本を写した巻物が伝わっており、事業がスタートした奈良時代の様子の一端がこの巻物から浮かび上がる。

僧侶の道智上人(どうちしょうにん)が日生下家の屋敷を訪ねてきたのは、養老元年のことだった。そのまま屋敷に滞在した道智は、1000日にわたって八曼陀羅経(はちまんだらきょう)というお経を唱えた。すると、地面が割れて温泉が湧き出し、ここから城崎温泉が始まったという。開湯には諸説あるが、この伝承について「地震が発生し、それが開湯のきっかけになったことを示すのではないか」と見る歴史学者もいる。

唱えたお経の名称から、湧き出した温泉は「曼陀羅湯」、屋敷は「曼陀羅屋敷」と呼ばれるようになった。この曼陀羅屋敷が古まんのルーツだ。以前は創業時期を奈良時代の「養老年間」としてきたが、民夫氏の代から道智が屋敷に住み始めた養老元年を創業年とするようになった。

城崎温泉は早くから都周辺でも知られていた。城崎温泉観光協会によると、藤原定家が記した「明月記」には、鎌倉時代の城崎温泉での湯治について記述があるという。

曼陀羅屋敷は、江戸時代の初めには「曼陀羅屋」の屋号で宿屋を営んでいたことが代官所の記録に残っている。当時は農家のかたわらで宿屋を営むのが一般的。曼陀羅屋も観光用の温泉旅館ではなく、湯治宿の色合いが濃かったようだ。

江戸時代、城崎にはこうした湯治宿が何軒もあり、各地からお客がやって来た。あらかじめ大阪と京都の「会所」に荷物を持っていくと城崎の会所に送ってくれる仕組みがあり、関所を越えて城崎に到着した人はまず荷物を受け取るために会所に立ち寄った。ここで宿泊する宿屋が割り振られ、温泉寺ではお湯をくむ「湯しゃく」が渡されたという。客を城崎に呼び込み、さばくための色々な仕組みが生まれていた。

それでも1000年以上の事業の継続は一筋縄ではいかない。他の創業1000年を超える企業たちも、それぞれ困難に直面しながら乗り越え、今に至っている。

古まんの場合、江戸時代末期に疫病の流行などのため経営が厳しくなった。

曼陀羅屋と古曼陀羅屋が隣り合ったことも

ピンチを前に、当時の日生下家の当主は大きな決断をする。創業からこの時点で既に1000年ほど続いていた屋号、そして曼陀羅屋敷から始まる創業地をほかの人物に譲り渡したのだ。その上で、創業地の隣に別の温泉旅館をつくり、ファミリーのビジネスを継続した。

このときに日生下家がつくった旅館は、ファミリーが古くから曼陀羅屋を営んできたことを踏まえ、屋号として、古い曼陀羅屋=「古曼陀羅屋」を名乗るようになった。所在地はもともと曼陀羅屋の隠居屋敷があった場所だった。屋号を変え、事業地も移すという約250年前のギリギリの経営判断によって窮地を脱した日生下家は、家業を次の世代に引き継いだ。

日生下家から屋号と創業地を譲り受けた曼陀羅屋も、新しい経営者の下で事業を継続した。このため、城崎温泉では隣り合う曼陀羅屋と古曼陀羅屋がそれぞれ営業する状態がしばらく続いた。宿の屋号は1文字違いのため、訪れる客が宿泊する宿を間違えることもあったという。

日生下家が経営する古曼陀羅屋はいつしか名前を略して「古まん」と呼ばれるようになった。戦後の1953年に株式会社化。このタイミングで屋号も古まんに改めた。現在は古曼陀羅屋がルーツの「千年の湯古まん」のほか、同じ城崎温泉で「千年の湯権左衛門」も経営する。日生下家が経営を離れた曼陀羅屋はその後、何度か経営主体が変わり、曼陀羅屋敷があった創業地は今では駐車場になっている。

温泉街のルーツとなった曼陀羅湯は今、共同浴場の「まんだら湯」となっている。川を挟んで古まんの裏にあり、日生下家が長く湯守を務めた。現在は城崎温泉のほかの源泉とともに豊岡市城崎町湯島財産区が管理する。城崎温泉は外湯が7カ所あり、宿泊客は温泉街をそぞろ歩きながら外湯を楽しめる。その1つであるまんだら湯は、自然豊かな景色を眺めながら入る露天風呂が人気を集めている。

開湯の伝承から、曼陀羅湯は仏教との関わりが深い。ファミリーにとって曼陀羅湯のある川の向こう側は「聖なる地」のため、牛や馬を連れて入ったり肉料理を提供したりしてはならないとされている。日生下氏は父から「守らなければ家が滅ぶ。ありがたい温泉なので、感謝してから入りなさい」と言われながら育った。

地元では一昔前まで拝んでから温泉に入る習慣があり、城崎温泉観光協会は古式の入浴作法としてウェブサイトで紹介している。入浴に当たってはまず、道智の霊前に参拝して湯しゃくを受け取る。湯しゃくの湯で口をすすぎ、頭から全身に湯を浴びた後、心静かに入湯する。湯つぼに入ってからは仏教の教えを唱えることになっており、湯しゃくは入湯中も湯つぼにつけず丁重に扱う。

「皆が街を中心にしながら商売をしている」

城崎温泉には旅館約80軒のほか、土産物店約40軒、飲食店約50軒などがある。古まんほどでないものの業歴の長いところが多数あり、40軒ほどは江戸時代以来の屋号を引き継ぐ。ほとんどが家族経営であり、中小規模の施設が大半を占める。共存共栄の意識が強く、地域のつながりは深い。コロナ禍の前まで経営者は旅館組合や観光協会の会合などで頻繁に顔を合わせていた。

地元観光協会などの役員を務める日生下氏は「自分勝手なことをしないで、皆が街を中心にしながら商売をしている。温泉街全体で一緒になって進んでいる」と胸を張る。長寿企業に詳しい日本経済大学大学院の後藤俊夫特任教授は城崎温泉について「着実な事業展開の一方、過去の経験に学び、地域ぐるみで課題に対応する姿勢に強い感銘を受けた」と話す。世代交代は順調に進んでおり、日生下氏の同級生にも旅館の経営者が2人いるほか、地元団体の幹部には比較的若い世代が目立つ。

開湯1300年をコロナ禍が直撃

城崎温泉は20年に開湯1300年を迎えたが、コロナ禍が直撃。同年4月からスタートする予定だった大規模なイベントは多くが中止や延期となった。同年4月末から5月終わりにかけては全旅館が休業し、飲食店は利用を地元客に絞ってサービスを実施する事態となった。古まんは同年7月に事業を再開したが、コロナ禍はその後も続き、21年も5~6月に休業した。

それでも長く続いた温泉街には様々な経験の蓄積がある。大正時代の北但馬地震のときは、大半の温泉宿が1年後には事業を再開したという。今回のコロナ禍でも、温泉街が結束して早くから観光ガイドラインの作成を進めたほか、全国の観光地に先駆けてワクチンの職域接種にも取り組んだ。

10月に入ってからは、兵庫県による地元民向けの宿泊施設支援の旅行キャンペーンが始まり、追い風も吹いてきた。日生下氏は「1300年を超える中では大変なこともあったが何とか踏みとどまった。コロナ禍も地域とともに力を合わせて乗り切りたい」と話す。

(日経ビジネス 中沢康彦)

[日経ビジネス電子版 2021年10月25日の記事を再構成]

日経ビジネス電子版セット

週刊経済誌「日経ビジネス」の記事がスマートフォン、タブレット、パソコンで利用できます。「日経ビジネス電子版」のオリジナルコンテンツもお読みいただけます。日経電子版とセットで月額650円OFFです。

お申し込みはこちらhttps://www.nikkei.com/promotion/collaboration/nbd1405/

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

日経ビジネス

企業経営・経済・社会の「今」を深掘りし、時代の一歩先を見通す「日経ビジネス電子版」より、厳選記事をピックアップしてお届けする。月曜日から金曜日まで平日の毎日配信。

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン