JPモルガン、フィンテック革命乗り切る積極提携策

JPモルガン・チェースは3兆ドルを超える資産を持つ世界有数の金融機関だ。富裕層向けの資産管理サービスで知られるが、ここ2年は重要な買収や出資を通じてサービスを拡充している。
JPモルガンの投資活動からは、新たなテクノロジーや地域の開拓に向けた周到な戦略がうかがえる。例えば、22年に入り、欧州の中小企業を対象にした決済プラットフォーム、ギリシャのビバウォレット(Viva Wallet)の株式を取得した。さらに、デジタル資産のコンプライアンス(法令順守)プラットフォーム、米TRMラボ(TRM Labs)に出資した。
今回はCBインサイツのデータを活用し、JPモルガンの20年以降の買収、出資、提携から4つの重要戦略を抜き出した。この4つの分野でのJPモルガンとのビジネス関係に基づき、企業を分類した。
・銀行
・ブロックチェーン(分散型台帳)
・決済
・トレーディング&投資

銀行
JPモルガンは商業銀行業務からプライベートバンキング(富裕層向け資産管理)、投資銀行業務に至るまで様々な金融商品を提供している。だがここ数年、銀行機能は大手金融機関からデジタルウォレットや貯蓄アプリなどのニッチな特化型企業に移行し始めている。JPモルガンが市場シェアを獲得し、維持するには、こうした分野のフィンテック企業と有意義な関係を築けるかがカギとなる。
JPモルガンは20年以降、一部事業に特化した金融システムやサービスを手掛けるスタートアップに相次ぎ出資している。例えば、21年6月には英ロンドンに拠点を置くBtoB(法人向け)ソフトウエア企業、テンエックス・フューチャー・テクノロジーズ(10x Future Technologies)のシリーズCラウンド(資金調達額1億8700万ドル)に参加した。テンエックスは銀行がクラウドプラットフォームを活用して顧客体験を管理するのを支援する。
さらに、21年9月には「チェース」ブランドで英国の個人向け(リテール)金融サービスを構築するため、テンエックスと提携した。この提携により、JPモルガンはオープンバンキングや人工知能(AI)の活用などリテール銀行の変化の最前線にとどまっている。チェースの英デジタル銀行事業はサービス開始から約8カ月後の22年5月には、利用者50万人、預金額100億ドルに達したもようだ。
まずは資本を注入し、それから技術やサービスを統合するというテンエックスとの関係は、JPモルガンの投資戦略の典型だ。
ブロックチェーン
JPモルガンは数年前から、ブロックチェーンのエコシステム(生態系)の構築と投資を積極的に進めている。16年にブロックチェーン「クォーラム(Quorum)」を稼働し、この分野に参入した。19年には米ドルに連動するステーブルコイン「JPMコイン」をクォーラム上に開発した。
クォーラムは20年、ブロックチェーンのインフラ基盤を運営する米コンセンシス(ConsenSys)によって買収された。コンセンシスはクォーラムの買収時に、JPモルガンと提携してブロックチェーンを開発することも約束した。
JPモルガンは21年にブロックチェーン企業3社に出資した。まずは2月、主に大手金融機関に資本市場業界でのブロックチェーンサービスを提供する米アクソニ(Axoni)のシリーズBに参加した。4月にはコンセンシスの転換社債ラウンドに加わり、11月には金融向けのブロックチェーンインフラを開発する米ブロックデーモン(Blockdaemon)に出資した。
この分野への最新の投資は22年2月のTRMラボによるシリーズBエクステンションラウンドだ。TRMラボは法人を対象に、デジタル資産管理のコンプライアンスとリスク分析を手掛ける。JPモルガンから調達した資金は、仮想通貨のコンプライアンスとリスク管理テクノロジーの強化に振り向ける。これはJPモルガンが大きな関心を抱いている分野だ。
JPモルガンは仮想通貨の取引に不安を示しているが、TRMラボへの出資からは同社の商機を確信し、仮想通貨市場ではセキュリティーを最優先する姿勢がうかがえる。
決済
JPモルガンは米国ではすでに強力な決済サービスを築いているが、世界市場のチャンスはまだ生かし切れていない。世界の中小企業市場でシェアを高めることがこの分野の最優先課題だ。17年に中小企業の取引を円滑化する決済ネットワーク、米ウィーペイ(WePay)を買収したのが、この分野での最初の動きの一つだった。
22年1月にはビバウォレットの少数株を取得した。ビバウォレットは欧州の中小企業を対象にした決済プラットフォームで、タッチ決済やデジタルデビットカード、会計・財務管理サービスなどテクノロジーを活用した様々なサービスを手掛ける。JPモルガンはこの出資により、欧州23カ国のビバウォレットの顧客にアクセスできるようになった。
さらに、中南米の決済市場でのシェアを高めるためにブラジルのフィッチバンク(FitBank)と資本提携した。
トレーディング&投資
JPモルガンは移り変わりの激しいトレーディング&投資市場で競争力を維持するため、多くのフィンテック手段を模索している。20年以降、取引プロセスの効率化や投資顧問会社向けのデータ管理など様々な分野の企業5社に出資し、2社を買収している。
21年6月には資産管理・貯蓄アプリの英ナツメグ(Nutmeg)を10億ドルで買収した。これによりJPモルガンが英国での事業拡大を計画し、個人資産管理に着目していることが明らかになり、大きく注目された。買収当時のナツメグの顧客は14万人、資産は50億ドル弱だった。
21年6月にはESG(環境・社会・企業統治)に特化した個人向け運用サービスを手掛ける米オープンインベスト(OpenInvest)も買収した。投資先企業が社会や環境に及ぼしているインパクトについて理解を深めたいとの需要が消費者の間で高まっており、これに対応するのが狙いだった。
その他
JPモルガンは20年以降、4つの重要戦略の他にもいくつかの分野に戦略投資している。
富裕層向け資産管理:金融機関は投資戦略の開発に伴い、手作業によるプロセスの煩わしさや制約を減らそうとしている。これはAIを活用することで推進できる。JPモルガンは法人向けフィンテック企業の米55ipなどを買収し、このトレンドの最前線にとどまっている。55ipは節税効果のあるAI投資戦略を投資顧問会社に提供している。
レグテック(規制対応を効率化する技術):JPモルガンは22年3月、米サファイア(Saphyre)のシリーズA(1900万ドル)に参加した。サファイアは高度なセキュリティーが必要な金融機関同士のデータ交換サービスを手掛ける。JPモルガンはかつて、クライアントの資産管理(カストディー)企業の研修でサファイアのサービスを利用していた。
金融データの集約管理(アグリゲーション):JPモルガンは20年2月、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース=システム同士が相互に連携するための技術仕様)を介して金融機関同士の安全なデータ交換を円滑化する米アコヤ(Akoya)の株式を取得した。アコヤは米資産運用大手フィデリティ・インベストメンツから分離独立した企業だ。この出資は金融業界のデータの透明性向上を支援する動きといえる。この問題はサービスのデジタル化に伴い、消費者と企業の間で頻繁に話題に上るようになっている。
リスク管理:JPモルガンは20年末、米リスク管理会社アクセスフィンテック(AccessFintech)のシリーズB(2000万ドル)に参加した。18年以降で3回目の出資になる。アクセスフィンテックは金融取引をまとめて可視性を高めることで、融資データの管理や現金決済のマッチングなど各行に応じたデータシステムを提供し、銀行のリスクを軽減する。同社は銀行と買い手企業との間に位置することから、JPモルガンの戦略投資の対象になっている。
法人向け会計&請求:JPモルガンは21年、米トロバータ(Trovata)など法人向け会計フィンテック企業3社に出資した。トロバータは様々なレベルで財務データ管理を円滑化するキャッシュ管理自動化ソフトウエアを開発している。JPモルガンは18年にトロバータのシードラウンドに唯一参加して以来、22年6月のシリーズB(2700万ドル)など4回にわたり追加出資している。JPモルガンはここでも「投資先企業と提携する」とのモットーから、財務・資金管理(トレジャリー)サービス部門のAPIを介してトロバータの試験プログラムに金融データを提供していた。
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