アスクルに学べ 物流危機克服、急務な荷主の意識改革 - 日本経済新聞
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アスクルに学べ 物流危機克服、急務な荷主の意識改革

トラックドライバーの残業規制導入で荷物が運びきれなくなる「2024年問題」。国の有識者会議は、荷主に対しても物流効率化を義務付けるべきだとの提言を出した。電子商取引(EC)事業者のアスクルは、配送しやすい商品の企画・開発や購入者に対して配達日を遅らせるインセンティブを提供するなど、物流の現場の負担軽減に取り組んでいる。

「小売事業者として、直ちに納得することができない内容が含まれている」。国土交通省、農林水産省、経済産業省が立ち上げた有識者会議「持続可能な物流の実現に向けた検討会」が2022年12月に公表した中間とりまとめ骨子案を巡り、23年1月、スーパーマーケットなどの業界団体が意見書を提出した。

有識者会議では「2024年問題」など物流の危機的状況に対する荷主企業の理解が不十分であることが指摘され、着荷主(小売業のように荷物を受け取る企業)に対しても物流改善の取り組みを義務付ける必要性が提言された。中間とりまとめ骨子案で「規制的措置等、より実効性のある措置も検討すべきだ」と明記されたことに対し、小売業界が反発しているのだ。意見書では「より強い自覚と協力が求められていると認識している」としつつも、「国の政策の対象となることには(中略)到底、納得できません」とする。

しかし物流業界からは「荷主企業の理解なしには根本的な改善は望めない」という悲痛な声が聞こえてくる。「何時までに持ってこい、と言われれば遅れは許されない。余裕を持って早めに着くしかないが、その待機時間に対する費用は支払われない」(ある運送会社)。野村総合研究所でトラックドライバー不足数の将来推計を行ったモビリティ・ロジスティクスグループの小林一幸グループマネージャーは「物流に対する責任は運送会社にあり、運べないなら他の運送会社に変えればいい、という反応の荷主企業が多い」と指摘する。

人材サービス大手のパーソルホールディングス(HD)が経営者と会社員1000人に対して行った調査では、2024年問題について「知らない・わからない」と答えた人が半数を占めたように、当事者意識は希薄と言わざるを得ない。

そんななかで先進的な取り組みをしているのがEC事業者のアスクルだ。同社は企業のオフィスや個人事業主、個人に対して文具・事務用品・日用品などを販売する小売事業者だが、自社で物流倉庫を運営し、配送の一部も手掛ける物流事業者としての側面も有する。伊藤珠美ロジスティクス本部長は「商品企画から販売、物流までを垂直統合していることで、バリューチェーン全体での取り組みが必要であることに気づけた」と語る。

例えば、商品開発の段階から物流の改善を意識している。プライベートブランド(PB)のミネラルウオーター「LOHACO Water(ロハコウォーター)」は、2リットルのペットボトルが5本組み。もともと扱っていた飲料メーカーの商品は1箱6本だが、配送に使う段ボールに収まらないため、他の商品と別々に配送する手間が生じていた。5本にすれば、段ボールの底面にぴったりと収めることができる。そこで独自開発に踏み切った。

アスクルという社名は「明日来る」、つまり翌日配送から取られた。しかしそれすら見直そうとしている。22年8月から、個人向けのEC「LOHACO(ロハコ)」で、配送指定日を遅らせるとポイントを還元する実証実験「おトク指定便」を始めたのだ。

当時、毎週日曜日にポイント還元のキャンペーンを行っていたため、注文が集中する傾向があった。その結果、倉庫内でのピッキングや梱包作業、各家庭に届ける配送まで、スタッフを増員して対応しなければならない。しかし人材の確保が難しくなっていることから、ポイント還元により配送日を分散させることで作業量の平準化を狙った。

実証実験では付与ポイント数を細かく変えて、利用者がどの程度利用するかを確認した。その結果、最大30円相当を付与した場合は全体の54%、最大20円、15円相当の付与でも48%が配送指定日の後ろ倒しを選択することが分かり、現在もサービスを継続している。「ポイント付与の費用はかかるが、夜勤スタッフを手配せずに済むなど、コスト低減の効果が上回っている」(伊藤氏)

配送には物流子会社「ASKUL LOGIST(アスクル ロジスト)」の他、中小の運送会社もパートナー企業として活用している。中小運送会社はデジタル投資の余力に乏しいことから、アスクルが開発した配送システム「とらっくる」をパートナー企業にも開放。しかも、アスクル以外の荷物の配送にもこのシステムの利用を認めている。人工知能(AI)による配送ルート生成や再配達のリアルタイムな指示など、高度な機能を利用できるのは、中小運送会社にとってアスクルの配送を請け負うメリットにもなっている。

地方では半分の荷物が運べなくなる

アスクルの取り組みから分かるのは、物流の効率化には荷主企業の協力が欠かせないということだ。運びやすい商品を作る、急がない需要をつくるといったことは、運送会社単独では実現できない。

野村総研は、ドライバー数ベースで25年に28%、30年には35%の荷物を運びきれなくなる可能性があるとの試算結果を発表した。これは全国平均であり、人口減少が顕著な地方のトラックドライバー不足はより深刻だ。

試算で最も厳しい秋田県での需給ギャップは30年にマイナス46%に達するという。人口密度が高い地域を優先するなら運べるのは、秋田市、潟上市、八郎潟町、横手市、能代市に限られてしまい、「人口密度が低く効率が悪いその他の地域は、運賃が上乗せされる『離島扱い』になる可能性がある」(野村総研の小林氏)。

しかし、それを防ぐ方法がある。異なる荷主の荷物を同じトラックで運ぶことで積載効率を上げる「共同配送」だ。連載の第1回、第2回で取り上げた通り、現在の積載効率は4割以下に低迷している。これを30年に55%まで高めると、全国でマイナス7%、秋田県ではマイナス22%まで需給ギャップを縮小できると野村総研は試算する。

小林氏は「共同配送の余地があるのは納品物流だが、条件を決める荷主の関与が非常に重要。配送条件を多々見直さないと実現できない」と指摘する。例えばA社もB社も午前9時に納品するよう指定していては共同配送は実現しない。A社は8時30分、B社は9時30分、というように双方が「痛み分け」しなければならない。

「17年の『宅配クライシス』以後、消費者の意識は変わったと実感している。以前は配達の指定時間に遅れると怒られたが、最近は荷物が増えて大変だねとねぎらわれる」とある運送会社は話す。消費者と同様、企業も意識変革を求められている。宅配の需要は2〜3兆円だが、企業間物流を含む市場規模は16兆円といわれる。

あらゆる業界のステークホルダーが「自分事」として捉えなければ、物流クライシスは現実のものになりかねない。

(日経ビジネス 佐藤嘉彦)

[日経ビジネス電子版 2023年1月24日の記事を再構成]

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