ENEOS・出光、新陳代謝は一日にして成らず

脱炭素のうねりが企業をのみ込む。主要国政府や金融業界は温暖化ガス排出量が多い事業への資金提供や融資の停止を検討する。一方、企業は知恵を絞って化石資源に依存した事業構造見直しを急ぐ。
5月20~21日にかけて開催された主要7カ国(G7)の気候・環境相会合で、2021年末までに石炭火力発電建設への政府による資金提供を停止すると決まった。金融機関も温暖化ガス排出量が多い事業への新規融資停止を相次いで表明し、機関投資家は気候変動に悪影響を与える企業からの投資撤退(ダイベストメント)に動く。
だが「実業」である産業界は即時撤退というわけにはいかない。顧客への供給責任、雇用維持の役割をどう果たすのか。そして事業撤退で落ち込む売上高や利益を補う戦略も用意しなければならない。
つまり、新陳代謝につながる「代案」なくして撤退はあり得ない。これを実践したのがENEOSホールディングスだ。
「新たな息吹」のためにM&A
「環境問題の大きな流れからして、将来のコア事業として(権益を)持つ必要はないと判断した」。5月12日の決算説明会で、大田勝幸社長は石炭事業からの撤退を明らかにした。保有する海外炭鉱の上流権益を売却し、顧客の需要家に相談しながら将来的には石炭の販売からも退く。石炭や石油の上流資産などを売却し2200億円キャッシュフローを積み上げる。
ENEOSは「新たな息吹」を入れるため、JSRから合成ゴム「エラストマー」事業を買収すると発表した。高機能素材メーカーとして世界的存在になるための大型M&A(合併・買収)となる。
電気自動車(EV)は電池を積んだ分だけ車体が重くなり、燃費を改善するには軽量化素材が欠かせない。JSRのエラストマー事業の主力製品である溶液重合スチレン・ブタジエンゴム(SSBR)は低燃費・高性能タイヤの原材料に使われ、成長が見込める。さらにENEOSのエラストマー原材料の研究開発技術と、JSRの合成ゴム変性技術を組み合わせて環境負荷を減らす素材の開発力を引き上げる。
ENEOSの投資額は1000億円を上回る見通しだが、事業撤退とM&Aを同時期に行うことで、事業ポートフォリオの組み替えが一気に進む。
しかし企業経営の「攻守」が同じタイミングでかみ合うことはまれだ。

「石炭事業に否定的な投資家は少なくない」「他に稼げる代わりの事業はあるのか」。2019年のことだ。出光興産の取締役らは石炭事業の方向性を中期経営計画にどう盛り込むか議論を交わしていた。電力会社、鉄鋼会社という安定した顧客を抱える石炭事業は、安定収益を稼ぐ「キャッシュカウ」事業。温暖化ガス削減の潮流が押し寄せていたが、仮に石炭事業を撤退したとして利益を埋められる新たな事業候補もなく、事業存続を決めた。
それから2年後の21年5月。脱炭素の急加速を受けて出光なりの「現実解」を出し、中計見直しに盛り込んだ。石炭事業は「供給責任を果たしながら技術革新によって環境負荷を下げ、将来的なフェードアウトに備える」(出光経営幹部)。木材を半炭化したバイオマス燃料である「ブラックペレット」や、二酸化炭素(CO2)を出さない発電燃料のアンモニアとの混焼技術を確立させ、石炭火力発電の低炭素ソリューションを顧客に提供する。石炭の鉱山生産規模も縮小する。
政府、金融界は「我慢の時期」に支援を
さらに、新規事業として注力するのが次世代電池の全固体リチウムイオン電池向け固体電解質である。固体電解質の小型量産設備を新設し、21年度中の稼働開始を予定する。
全固体リチウムイオン電池は現行のリチウムイオン電池と比べ、エネルギー密度が高く同じ重さの電池でより多くの電力を蓄えられるため、EVの航続距離を伸ばせる点が注目される。商業生産はこれからだが、出光幹部は「化石燃料から先端マテリアルへと将来のポートフォリオ転換のけん引役として大いに期待する事業だ」と気を引き締める。
既存事業を明日からすぐやめることはできないし、代替の新規事業を育てるのにも時間がかかる。変革にはM&Aや技術革新、設備投資に多額の資金がかかる。政府、金融業界には北風ばかりでなく、脱炭素に向けて産業界が臨む「我慢の時期」を共に乗り切るための支援が期待される。
(日経ビジネス 岡田達也)
[日経ビジネス電子版 2021年5月24日の記事を再構成]
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