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PayPayの店舗手数料有料化は良い施策か

ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

QRコード決済で国内最大手のPayPay(ペイペイ)が店舗手数料を有料にすると発表しました。この動きについて、グロービス経営大学院の嶋田毅教授が「プライシング」の観点で解説します。

【解説のポイント】
・QRコード決済で盤石なシェアを獲得したがクレジットカードには及ばない
・収益確保にシフトし長い目でQRコード決済市場の拡大に取り組む判断は妥当

「加盟店増→保有者増」の循環

プライシングの議論に入る前に、QRコード決済に代表されるスマートフォン決済のビジネスモデルの特徴について確認しておきましょう。スマホ決済はいわゆるプラットフォームビジネスであり、その中でもツーサイドプラットフォーム(マルチサイドプラットフォームのうちユーザーグループが2種類あるケース)に該当します。

ツーサイドプラットフォームはそれぞれのユーザーグループの数が増えると利便性が増し、加速度的にユーザーが増えるという特徴があります。いわゆるネットワーク効果です。

スマホ決済とよく似た特徴を持つクレジットカードを例に考えてみましょう。カード保有者からすると、当然、使える店が多いほど魅力的です。一方、加盟店の側としても、保有者数の多いカードほど売り上げ向上につながるためありがたく感じます。こうして「加盟店が多い→保有者が増える→加盟店が増える→保有者が増える…」という好循環が生まれるのです。VISAやマスターカードのようなグローバルに浸透したカードはこの好循環を実現した例といえるでしょう。

ポイント還元やサービスもカギ

スマホ決済にもこれが当てはまります。ユーザーとしては使えるお店が多いことがサービスを選ぶうえでの重要項目の1つなのです。比較する項目はおおむね①使える店が多い②アプリが使いやすい(操作感や機能)③ポイントの還元率が高い④連携サービスが充実している――などでしょう。

クレジットカードの場合は保有者が一種の「ステータス」を感じられるかも重視されます。アメリカン・エキスプレスのゴールドカードなどはその例といえるでしょう。VISAやマスターカードに比べると使える店は減りますが、それでもステータスシンボルとして保有する人は少なからずいます。スマホ決済はその要素は現時点では小さいですが、いずれ打ち出してくる企業が現れるかもしれません。

「最強の後発参入者」

2018年に他社に遅れてスマホ決済に参入したペイペイは「最強の後発参入者」などと呼ばれました。プラットフォームビジネスではユーザー数と加盟店数がカギですから、とにかく数で逆転しないことには話になりません。そこで打ち出したのが加盟店の手数料無料や「100億円あげちゃうキャンペーン」です。そのうえで、強力な営業部隊を構築し、潜在的な加盟店にローラー作戦を展開しました。これによって一気に加盟店数とユーザー数を激増させたのです。

加盟店に対する手数料無料は、マーケティングでいうところの「ペネトレーション・プライシング」に該当します

訳語である「市場浸透価格戦略」の名の通り、将来の利益を見込んで数年間は赤字覚悟で価格を引き下げ、市場シェアの獲得を狙う方法です。競合がさらなる値下げで対抗するなどして、想定よりも市場シェアがとれなかった場合は大きな赤字が残るというリスクもあります。ただ、うまくいけば一気に市場でのプレゼンスを築けます。

こうした価格戦略は製造業などでは最近あまり見られなくなりました。しかし「単年度の利益ではなく中長期の視点で考えることが成功のカギ」となるプラットフォームビジネスでは、現在でもしばしば用いられます。

条件は資金力や別の収益源

この手法を用いることが多いのは①資金力や別の収益事業を備えたうえで新規ビジネスに乗り出す企業②莫大なリスクマネーを調達し一獲千金を狙う企業――などです。中途半端な資金しかない企業には非常に取りにくい戦略です。ペイペイの場合は①に該当し、親会社のソフトバンクグループ(SBG)を軸に、既にマネタイズができている別の事業に顧客や利益を誘導できる大企業です。

さて、ペイペイは当初から「3年間の手数料無料」をうたっていたため、このタイミングでの有料化は既定路線です。ただ、その気になれば延長もできました。このタイミングは本当によかったのでしょうか。

1つの考え方は、いくら初期の赤字は先行投資で想定内とはいえ、さすがにこれ以上の赤字は許容しにくいというものです。ペイペイがQRコードによる決済取扱高で68%のシェアを達成したのであれば、十分に市場のプレゼンスは獲得できており、収益化フェーズに入っていこうという発想も理解できます。SBGなど日本を代表する大企業グループの後ろ盾があるとはいえ、年間700億~800億円規模の赤字が続く状況は確かにきついでしょう。

キャッシュレス全体では非主流

一方で、QRコード決済の浸透率はクレジットカードに大きく水をあけられ、交通系電子マネーにも及びません。ペイペイはQRコード決済という市場では圧倒的ですが、キャッシュレス市場全体でQRコード決済を柱にしたいのであれば、もう少し「市場育成のための投資」として手数料無料を続けるという考え方もあったかもしれません

公正取引委員会の資料によると、19年4月~20年1月、現金決済のシェアが52.6%から41.6%へと11ポイント下がったのに対し、クレジットカードは30.9%から34.7%へと3.8ポイント、QRコード決済は1.8%から7.3%へと5.5ポイント高まっています。この傾向は現在も続いていることでしょう。

ただ、ここからいえるのは、実はQRコード決済は現金決済からシェアを奪っているものの、相変わらずクレジットカードも強く、一気に差を詰めることは難しそうだということです。

クレジットカードならではの魅力としては「ステータス」のほか①保険などのサービスが充実している②高額の買い物ではリボ払いができる③使える店舗が多い――などがあります。ペイペイの体力をもってしても、これらの差をそう簡単に縮めることはできません。そうであれば、赤字の解消にシフトして収益を得つつ、もう少し長い目でQRコード決済を浸透させていく方向にかじを切ったのは妥当といえるでしょう。

リーダーの戦略とは

すでにQRコード決済で7割近いシェアを持つペイペイにとっては、QRコード決済市場でのシェアを高める以上に、業界の規模全体を伸ばす方が重要となってきます。いわゆるリーダーの戦略です。業界の規模が伸びれば一番潤うのはリーダーだからです。典型的なリーダーの戦略としては①過度な価格競争に走らない②周辺需要の拡大③2位以下のライバル企業による差異化を模倣する――などがあります。

価格については、1.6~1.98%の手数料は妥当だと感じられます。業界で最も安く、クレジットカードにも十分対抗できる価格だからです。競合他社よりも安い分、収益化は遅れるかもしれませんが、これまで開拓してきた中小の小売店が離れるリスクもある程度抑えられそうです。

利益率が数%の中小店にとって1.6%の手数料は決して安くはないですが、集客力が高まって売り上げ増を見込めるならば容認してもらえるかもしれません。競合に比べてもNTTドコモやau(KDDI)が安易には追随できない水準だと思われます。

「新たな価値」どう提供

需要を拡大しながらシェアを守るという点で、ペイペイにとっては新たに提供できる価値をどうつくるかがポイントとなるでしょう。例えばQRコード決済の弱点とされているのは、ソフトの立ち上げ時間です。意外に手間取るという声はよく聞きます。これをより短くできれば、対クレジットカードでも優位に立てるかもしれません。ほかにも、より柔軟な支払い方法など様々なニーズが眠っていそうです。

SBGは子会社のZホールディングスを通じて「LINEペイ」にも関与し、ペイペイとは国内決済サービスを統合する方向です。グループの多様な収益源を背景に、決済情報という極めて重要なビッグデータを得られるQRコード決済事業をどう進化させていくのか。今後も注目されるところです。

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修

「プライシング」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/115c84fb (「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)

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