ESG投資に逆風 高まる「グリーンウオッシュ」批判
Earth新潮流 日本総合研究所常務理事 足達英一郎氏

環境・社会・ガバナンスの要素を投資への意思決定プロセスに組み込むESG投資に、2022年から逆風が吹いている。背景にはロシアによるウクライナ侵攻やエネルギー危機、物価上昇などで、多くの人々が近視眼的になったことと、そうした状況に危機感を抱く人々の意識が先鋭化したことがある。
米国では、年金基金や運用機関がESG投資を採用するのは間違っているという主張が勢いを増す。その内容は「ESG投資は政治的意図を内包し、受益者の収益を犠牲にしている。年金基金や運用機関は他事考慮を改めなければならない」というものだ。
取引停止を示唆
複数の米メディアは、22年12月16日に開かれたテキサス州議会・上院国務委員会公聴会の様子を伝えている。2つの米運用機関大手から幹部が出席を求められ、両社の気候変動関連の声明や具体的な取り組み、議決権行使、気候変動に焦点を当てた投資家団体「クライメート・アクション100プラス」への参加などに関して、共和党議員から執拗な追及を受けたという。
両社は投資先企業の重要なESG要素について、顧客のために運用する投資パフォーマンスに影響を与える可能性があると説明した。ESG投資は顧客に対する受託者としての役割に基づくもので、長期的なパフォーマンスが唯一の根拠であると応じた。
このほかテキサス州の会計監査官は、化石燃料の関連企業への投資を敬遠し温暖化ガス排出量を実質ゼロにする「ネットゼロ」を追求する運用機関との取引停止をほのめかしている。実際に「ネットゼロ・アセット・マネジャーズ」という連合体から脱退する運用機関も出てきた。
一方で欧州やオセアニアなどの地域では、ESG要素の採否について明確な考え方や基準を持たず、実体経済に対して何も影響力を発揮できない「名ばかりESG投資」が横行しているという批判が広がっている。批判の声の主は、世の中が近視眼的になっていることに危機感を抱く人々だ。地球や社会の持続可能性に真に貢献する経済活動を行う企業にこそ、資金を誘導すべきだという主張だ。「名ばかりESG投資」が排除されるよう、金融監督当局に規制強化を迫っている。
欧州銀行監督機構(EBA)や欧州証券市場監督機構(ESMA)、欧州保険年金監督局(EIOPA)は22年11月から23年1月にかけて、管轄下にある金融機関や個人投資家、消費者団体など様々なステークホルダーに、「グリーンウオッシュ(見せかけの環境対応)」と考えられる事例について提供を求める呼びかけを行った。
グリーンウオッシュへの批判は「表明していることと実践していることが違う」という狭義の批判と、「表明・実践しているとしても、その取り組み自体が環境保全の観点から的外れである」という広義の批判があるとされる。欧州の3監督当局は様々な意見を聴取・集約したうえで、今後発行予定のリポートにまとめる方針だ。集まった事例を反映するとともに、監督指針などを今後強化していくとみられている。
金融庁が行動規範を公表
日本では22年12月に、金融庁が「ESG評価・データ提供機関に係る行動規範」を公表した。当該機関について期待される役割が増す中で、評価の透明性や公平性などの課題があるという認識が策定の前提となった。興味深いのは、ESG投資で被評価対象となる事業会社側の憤まんやるかたないストレスが、ESG投資への逆風の起点になっていると思われることだ。

6つの原則のもとに示された規範行動が広く普及していくなら、事業会社側には以下のメリットが生じることになるだろう。①評価のブラックボックス状況が改善される②コンサルティングなどマッチポンプのような付帯業務の出現が抑制される③事業会社から評価・データ提供機関への抗弁の機会が部分的に正当化される④調査票への回答などの事務負担が軽減される――などだ。
とりわけ日本国内の上場企業にとっては、海外からのESG評価やESG投資は評価尺度が画一的で、日本的な経営から見た違和感が長らく存在し続けてきた。
安易な設定には抑制も
さらに22年12月19日、金融庁はESG投信に関する「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」の一部改正案を公表し、23年1月27日までの意見公募を開始した。
その意義について「名称や投資戦略にESGを掲げるファンドが国内外で増加しており、運用実態が見合っていないのではないかとの懸念(グリーンウォッシング問題)が世界的に指摘されている」とした。こうした中で「ESGを投資戦略の主要な要素として掲げる我が国の公募投資信託について、市場の信頼性を確保し、ESG投資の促進及び持続可能な社会構築を図る必要がある」としている。
そのうえで一部改正案では「ESGを投資対象選定の主要な要素としており、かつ、交付目論見書のファンドの目的・特色欄にその旨を記載しているものをESG投信とする」「ESG投信に該当しない公募投資信託の名称又は愛称に、ESG、SDGs、グリーン、脱炭素、インパクト、サステナブルなど、ESGに関連する用語が含まれないようにする」などの方向性をうたっている。日本のESG投資は15年から右肩上がりに拡大してきたが、今後は公募投信を中心に安易な設定は抑制されることになるだろう。
市場関係者のなかには、ESG投資はこの先低迷が続くだろうという見方がある。ただ、必ずしもそうとは限らないのではないか。むしろ、足元のESG投資への逆風は、その手法をより洗練し、改善させていくことに作用する可能性もある。そう考える理由は、環境問題がより深刻化していく中で経済活動の負の外部性は大きくなる一方であり、資本市場がそのことを無視し続けることはできないと判断するからである。
[日経産業新聞2023年1月27日付]
