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防災テック、住民の身近に 東北のスタートアップが担う

3月11日を忘れない

NIKKEI BUSINESS DAILY 日経産業新聞

人工知能(AI)やドローンなどを使い災害から身を守る「防災テック」が、住民に身近な技術になってきた。建屋の倒壊リスクなど災害予測にこれまで使われてきたが、避難指示や避難所の管理など災害から住民をじかに守る技術として東北のスタートアップから生まれている。東日本大震災で被災の経験を持つ起業家が、日本国内にとどまらず、世界各地で起きる大災害の備えになろうと奔走している。

全国瞬時警報システム(Jアラート)が発令されると、2機のドローンが仙台市内の格納庫から海岸地帯に向けて自動で飛び立つ。海岸上空ではドローンに搭載するスピーカーから避難を呼びかける。また、搭載カメラで避難状況を上空から撮影して災害対策本部に情報を届ける。

仙台市は2022年10月から、ドローンを使った避難広報システムの本格運用を始めた。システムの構築を担ったのはソフト開発のアンデックス(仙台市)だ。ノキアソリューションズ&ネットワークスや日立国際電気などと連携してシステムをつくった。津波の情報を市民にいち早く伝え、素早い避難につなげる。

地域無線を活用

アンデックスは無線通信システム「地域広帯域移動無線アクセス(地域BWA)」の利用で仙台市と同意書を結んでいる。地域BWAは特定の周波数帯を使い、防災や公共サービスに使われる。自治体単位で特定の事業者に免許が与えられる。避難広報システムは地域BWAを活用した。

アンデックスは地域BWAを使い、避難者管理システムも開発した。仙台市と小学校の体育館で実験を始めた。

災害時に避難所では自治体の災害対策本部への連絡や避難物資の配分のため、避難者の人数やその性別・年齢といった属性の把握が求められる。しかし、多くの人が紙の受付簿にプロフィルを記入するのは時間がかかる。避難所の運営者も受付簿を集計し、記載された項目をシステムに打ち込み直す必要がある。

アンデックスは画像解析のニューラルポケットと協力し、AIカメラを搭載したサイネージを避難所入り口に設置して避難者の属性を収集する。時間別に避難所に来た人の年齢層や性別を推計し、避難所に設置した環境センサーから温度や湿度を測る。「災害時に利用できる通信インフラをつくりたい」。アンデックスの三嶋順代表は話す。

三嶋代表は仙台で生まれ、高校時代には野球で甲子園にも出場した。アンデックスを08年に立ち上げた。東日本大震災のときは、避難所に家族を迎えに行き、避難物資が効率的に届いていない様子を目の当たりにした。「自分たちの技術で何かできるのでは」と思ったことがこのシステムの開発のきっかけだ。「地元の声援を受けて生きて、その後震災を経験した。防災・減災に貢献できるソリューションを仙台や全国、世界に届けていきたい」と語る。

トルコから動画視聴

東北大学は半導体や電子工学で多くの研究実績をつくってきた。電子技術を防災に活用する東北大発スタートアップも出てきた。仙台スマートマシーンズ(仙台市)はMEMS(微小電子機械システム)を使った振動発電デバイスを手掛けている。

デバイスは振動で発電し、搭載したセンサーで遠隔で情報を送る。これまで高速道路の点検企業などと、自動車に取り付けて振動の変化から道路の異常を検知するといった用途に使われてきた。希少金属の一種であるハフニウムなどを使い、一般的な振動装置よりも発電効率が10倍高い。大きさも100円玉程度だ。

同社は現在、災害時の避難者の健康管理で活用を構想している。ばんそうこう程度の大きさのデバイスを避難者の体に貼り、振動で発電してセンサーから酸素飽和度を計測する。高齢者などの健康状態を遠隔でみて、異常を検知すれば、迅速に対応できる。

同社の桑野博喜最高経営責任者(CEO)は東北大名誉教授でもあり、震災時は東北大で避難所の開設にあたった。その時に「医師が足りず、高齢者の健康管理に不安がある」と感じていた。先進技術を防災に適用し「非常時にはトリアージ(重症度や緊急度に応じた患者の振り分け)が必要になる。そのために技術を活用できる」と語る。

震災後の12年間で普及したITサービスの一つは動画だ。短い動画をつくり世界から多くの視聴者を集める。防災の分野でも動画の存在感が高まっている。

「トルコからも視聴アクセスがある」。防災計画策定コンサルのいのちとぶんか社(福島県浪江町)の葛西優香取締役は話す。同社はシステム開発のsoeasy(東京・千代田)と組み、約200本のショート防災動画を制作・配信している。

共助築き、備蓄負担を軽減

いのちとぶんか社(福島県浪江町)とsoeasy(東京・千代田)が提供する「防災ノウハウ ショート動画集」は、15秒から1分の動画を配信している。ツナ缶を使ったランタンの作り方など避難対策から、地震発生時にまず家で取り組むべきこと、水害対策など12カテゴリーで解説動画を流している。

「ショート動画により、若い人にとって防災対策が身近なものになってほしい」。soeasyの鈴木玲音編集長は話す。2021年7月から動画配信を始めた。現在はユーチューブのほか、「TikTok(ティックトック)」、soeasyの企業向けSNSサービスでも見られる。ユーチューブのチャンネルの登録者数は約5千人で、動画は延べ200万回再生された。

インドネシア語に対応

日本語のほか、英語とインドネシア語にも対応している。地震の多い東南アジアからアクセスがあるほか、「2月に入りトルコからの視聴もあった。多言語対応しているが、ショート動画は言葉の壁を越えられる」(鈴木編集長)とみている。

コンテンツの監修をするのが、いのちとぶんか社の葛西優香取締役だ。葛西氏は防災士であり、東日本大震災・原子力災害伝承館で常任研究員も務めている。「防災には自助、共助、公助が必要だ。日本では共助を浸透させる必要がある」と葛西氏は話す。いのちとぶんか社は防災動画の作成のほか、地区の防災計画の策定支援を手掛けている。

自助とは自分で自分の身を守ること、公助は行政が防災対策を講じることだ。共助とは近隣の住民やコミュニティーが地域の安全を守ることを示す。

災害物資を備蓄する家庭は増えているが、大規模災害時、国や自治体から支援が来る前に地域でどう救助や救援できるか。ショート動画を通じて防災を身近な問題として考えてもらう機会を提供しようとしている。

葛西氏は大阪府出身だ。阪神大震災を経験した。東日本大震災時は都内に住んでいた。17年に浪江町に仕事で行くと、避難指示が解除されたにもかかわらず、国道の両脇はフェンスが立ち、その奥はがれきの山となっていた。地域で災害から守る仕組みを日本で広げようと、20年に起業した。

1人月額150円から

地域で協力しながら防災する。そんな動きは東北以外でも広がっている。

JR神田駅(東京・千代田)から徒歩4分にある新築賃貸マンションの共有倉庫に、災害用の備蓄物資の入った袋がずらっと置かれている。だが賞味期限の確認など物資を管理するのは入居者でも、マンション所有者でもない。スタートアップのLaspy(東京・中央)が担っている。

Laspyは21年2月に設立し、防災備蓄をサブスクリプション(定額課金)で提供する。マンションやオフィスビルの一角に備蓄を置いて、食品は賞味期限がきたら取り換える。料金は1人当たり月額数百円からだ。マンションの共益費などに組み込めば、住人は費用の負担をそれほど感じずに備蓄品を確保できる。

マンション開発業者のほか、都心部の再開発に取り組む大手不動産などから引き合いがある。すでに20社ほどで導入が決まっている。

Laspyを創業した藪原拓人社長は三菱UFJモルガン・スタンレー証券やKDDIで金融商品を企画などしていた。起業の直接のきっかけは、2020年の新型コロナウイルスの流行に伴う緊急事態宣言だった。

在宅勤務や休校で自宅待機となる中、スーパーの店頭で品不足が相次いだ。生産しているのに円滑に分配できず、商品の買い占めが発生した。

藪原社長は、東日本大震災のときに都内で帰宅困難者が多く生じたことを思い出した。「ビルやマンションで備蓄が必要なことは誰もが認識している。だが自分たちで管理し、まとまった費用がかかることに戸惑う人も多い」(藪原社長)。ビルやマンション単位で災害物資は備蓄するが、普段の管理はLaspyに任せる。そんなビジネスモデルを生み出した。

東日本大震災から12年がたつ。その間、コロナ禍で人が集まる機会が薄れたこともあったが、足元では再び人がリアルで集まれるようになった。それだけに大災害が発生した際に人々が混乱をきたさず、安全に避難して生活できる仕組みは必要だ。震災の教訓は現在も生きている。

(結城立浩、榊原健)

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