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製造業、高揚感なきV字回復 円安水準も先行きに不安

日経ビジネス電子版
円相場が対ドルで20年ぶりの円安水準となっても、輸出主体の製造業は先行きへの警戒感を緩めない。世界景気の腰折れ懸念に加え、輸入物価の上昇で日本経済が打撃を被る「悪い円安」への不安が募る。受益者とみられてきた製造業で「円安歓迎論」が盛り上がらない事態は、産業構造の変質を象徴する。

「円安の恩恵を享受できるが、望んでいるのは安定。急激に(円相場が)右に、左に振れるよりも安定するのが一番大事だ」。5月12日の決算会見で、2023年3月期(今期)の連結営業利益が前期の2倍以上になるとの予想を発表したSUBARU(スバル)の中村知美社長は、こう強調した。

為替レートの前期実績は1ドル=112円。今期は1ドル=120円を想定し、スバルでは為替差益が800億円超の営業増益要因となる見込みだ。それでもなお決算発表当日の実勢からは9円前後も円高の水準だ。今期、米国市場での販売が好調な上、円安は言うまでもなく追い風になる。なのにトップに浮かれる様子はない。

国内製造業の多くは前期に好業績を記録し、新型コロナウイルス禍からのV字回復を印象付けた。三井住友DSアセットマネジメントチーフマーケットストラテジストの市川雅浩氏は「22年3月期は東証株価指数(TOPIX)構成銘柄で2桁の増収増益を達成し、製造・非製造業ともに全体的に好業績だった。新型コロナウイルス感染拡大の影響を大きく受けた前年度業績からの反動も大きい」と話す。

トヨタ自動車は本業のもうけを示す連結営業利益(国際会計基準)が2兆9956億円と日本企業で過去最高となった。ソニーグループ村田製作所なども営業最高益を更新した。

日米の金利差拡大などが意識されて円安が急速に進んだのは3月以降だ。円相場は4月下旬に約20年ぶりとなる1ドル=130円台を付けた。足元でも1ドル=130円前後を推移している。その影響が、多数派である3月期決算企業の収益に表れるのは今期からだ。本来なら日本経済への楽観的な見方が広がっていてもいい。ところが起点となるはずの製造業各社は慎重姿勢を崩さない。

想定為替レートにばらつき

米金利上昇に加え、資源高、長引く中国・上海の都市封鎖(ロックダウン)、終わりが見えないウクライナ危機などで、世界景気が腰折れする懸念が高まっている。為替相場も反転するかもしれない。これが企業が目の前の円安を喜んでばかりもいられない短期的な事情だ。

こうした懸念を象徴するように企業の想定為替レートにはばらつきが目立つ。「さまざまなファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)の悪化が懸念されており、これほど想定レートが小刻みに散らばるのも珍しい」(ニッセイ基礎研究所金融研究部の井出真吾氏)。全体の傾向として、多くの企業は1ドル=115~120円と、実勢よりも円高にみている。

トヨタは1ドル=115円に設定。直近の相場の推移から機械的に算出しているが、この水準から1円円安に振れるごとに営業利益は450億円押し上げられる。仮に年間で1ドル=130円で着地すると6800億円近い営業増益の余地が生まれる。

今期1ドル=122円と想定し、純利益が前期比1%増の750億円になるとの予想を発表した三菱自動車は「世界景気の悪化懸念もあるので、(市場は)調整基調に入るとみている」(池谷光司副社長兼CFO=最高財務責任者)と話す。今後の業績について、同社の加藤隆雄社長兼CEO(最高経営責任者)は、半導体不足や物流コスト上昇の問題などを踏まえ「解決に時間がかかり、先を見通すのは困難だ」と語った。

ホンダの想定は1ドル=120円。「円安は収益が大きくなるのでウエルカムなのだが、(円安の原因となっている)日米金利差や地政学の問題などが経済に与えるインパクトを考えると、単純に喜べない」。ホンダの竹内弘平副社長は決算発表の席で複雑な胸の内を吐露した。

大手総合化学メーカーでも想定レートはばらついている。1ドル=115円と最も保守的にみる旭化成は「現状のレートとの為替換算差はリスク要因としてフォローしたい」(堀江俊保常務執行役員)と説明。1ドル=120円の三井化学は「今は突発的にドルが上がっており、通期ではこのレベルに落ち着くのではないか」(中島一CFO)との見立てだ。

クボタは22年12月期の通期想定を1ドル=114円と、21年12月期通期の実績値のまま据え置いた。クボタは海外売上高比率7割、海外生産比率3割と輸出型で、円安は業績にプラスに働くが「度重なる業績見通しの変更で混乱を避けたい」としている。

薄れた円安メリット

実は、1年前の3月期決算が出そろったこの時期にも、新型コロナ禍への先行き不透明感から、保守的な見方をした企業が多かった。「21年は4~6月期決算発表の際に(通期業績見通しを)上方修正した企業の割合が、新型コロナ前の4倍になった」(ニッセイ基礎研の井出氏)。

井出氏は今期についても「大きな経済的混乱がなければ上方修正する企業は相次ぐのではないか」とみる。円安は特に輸出企業の業績にはプラスなはずだが、経営者の姿勢は慎重だ。

景気円安歓迎論が盛り上がらない背景には、日本の産業構造が大きく変化していることもある。円安は総じて輸出産業の業績にプラスに働くのは確かだが、日本経済全体を見たとき、そのメリットが薄れているのだ。

「失われた30年」とも呼ばれる日本経済の低迷、中国を中心とするアジアの経済成長、為替の円高などの要因が重なって、企業は海外での「地産地消」戦略を推し進めた。内閣府の調査によると、製造業全体の海外現地生産比率は1980年代の3%台から2000年前後に10%になり、20年は22.4%に及んだ。

例えばトヨタは21年に世界で生産した858万台のうちの66%、570万台が海外製だ。海外生産比率は11年の60%から6ポイント上がった。マツダの21年の海外生産比率も31%と10年前に比べて上昇した。

円安で企業の連結業績は改善しても、海外での稼ぎの多くは現地での従業員給与や再投資に回り、日本国内での投資や賃上げ・雇用創出につながらない。それどころか円安によるエネルギー資源や原材料の輸入コストの上昇が国内景気の足を引っ張る「悪い円安」への不安が広がる。

そうなれば各社の国内の販売活動にとってはマイナスだ。20年ぶりの円安水準を素直に喜べない製造業の姿は、足元の世界情勢の不安定さと「輸出主導型」からの日本経済の変質を映し出している。

(日経ビジネス 小原擁)

[日経ビジネス電子版 2022年5月24日の記事を再構成]

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